5話 キープされる暗殺
サーペントの調査はまずビルの倒壊原因から始まっていた。
周囲の監視カメラ、通信装置の伝達記録、衛星からの情報、警察の情報、倒壊したビルに入っていた企業のバックアップデータ、etc……その結果、ビルに侵入して支柱に近い機構に細工をした人間の存在が浮かび上がった。
『アルフレド・ナヴォ。元ベクターホールディングス支部で建築物の設計を担当していた建築士だ』
「ほぉ、傘下じゃなく支部ってことはエリートな方だな。建築士は爆弾の建築まで出来るのか?」
『はは、爆破解体は勉強してたけど製造は流石に無理だったようだ。彼はギャンググループに頼んで軍の横流し品のプラスチック爆弾を少量購入していてね。そっちから情報が割れた。テウメッサのお手柄だよ』
「成程。おおかたはオーバーエイジ計画でお役御免になった中古品の横流しだろうな」
十年前、当時唯一この地上で対等な国力を有していたパルジャノ連合と戦争状態だったジルベス合衆国は、現行兵器たちの運用期間を強引に前倒しして次世代兵器を大量投入する『オーバーエイジ計画』を実行した。
計画は上手く行ったが、結果として発生したのが引退した旧世代兵器の在庫の山だ。海外の紛争地域に格安で売ったり演習場で活用したりとなんとか有効に使い切ろうとしたジルベスだったが、オーバーエイジ計画が上手く行きすぎたせいで在庫処理問題は長引き、次第に管理がずさんになっていった。
ここ近年は特に、そうした古い兵器類が裏ルートを通して犯罪者に流れ始めている。幾らジルベスが国中を監視できる網を張っても、やはり広大な国土と人間の全ての掌握することは出来ない。アルフレドという男の手に渡ったプラスチック爆弾もその網から漏れた品ということだ。
テーブルに両肘をついて掌に顔をのせるミケが首を傾げる。
「で、ナヴォりんはなんでビルを倒壊させたの?」
「それなんだけどさ……倒壊させるつもりはなかったらしいんだよね」
テウメッサが困った様に肩をすくめる。
「まず、アルフレドのビル爆破の理由は、
「スーパーベクターピラー?」
『二年前からベクターホールディングスが売りにしている低価格建築技術の中核になっている多目的支柱だね』
サーペントがデータを送ってくる。
曰く、人間の要望と建築AIの設計を何度もぶつけ合わせて新世代の建築構造を作り出す計画によって生まれたスーパーベクターピラーは、支柱としての強度に反して恐ろしく軽く、更には付属の特殊な鉄筋を組み合わせることで建築物の骨組みを飛躍的に簡易化することに成功したそうだ。
このスーパーベクターピラーを支柱に建築物を組み立てる構造のことを建築業界ではSBP構造と呼び、これまでと建築強度的には変わらないのに工費を大幅に短縮できるこの構造による建築は低所得者層やなるべくコストをかけずに新規のビルを作りたい層に受けているという。
「そういうことか……ユアの住むこの町は元々二年前にベクターズホールディングスが新機軸都市構想とかなんとか言って作り上げた新造の町だ。その建築には当然……」
『ああ。町の建築物の九割以上がSBP構造だ。ところが開発に関わっていたアルフレドくんはこのSBP構造が売りになった後に重大なとに気付いた』
「脆弱性があったんだな」
「男の人はちょっと弱点があるくらいが可愛いけど、建物の弱点はねー」
ミケが的外れなことをぼやくのをオウルは無視した。
テウメッサはあきれ顔で説明を続ける。
「SBP構造の開発主任がAIの設計前提となる要項に手を加えて安全性の項目をいくつかノンアクティブにして、コストを過剰に削っていたんだって。だからSBP構造にはある特定の位置に衝撃を受けると極端に構造への負担が大きくなる。ジルベスでは滅多に起きない地震なんかだとリスクは跳ね上がる。まぁ滅多に起きないからもしかしたら最後まで杞憂に終わるかもしれないとは言え、病院や公共機関にまでSBP構造は使われてるんだ。彼にそのリスクは見過ごせなかった」
普通は欠点とも呼べない欠点だとしても、想定していない使い方や事態によって致命的な事故が引き起こされる可能性は常にある。分かりきった欠陥を放置するのは良識で考えれば愚策だ。しかし、この社会には正義より優先されるものが良識を捻り潰すことがある。
「なんとなく想像がつくな。上に訴えたが取り合って貰えず、逆に会社を追い出されたとかだろ?」
「その通り。開発主任がSBP構造開発の手柄でベクター本社幹部に大出世をして、SBP構造の建物は今や国中にある。今更欠陥でしたなんて言われても、立て直すにせよ対策の強度補強を行うにせよベクターの面目は丸つぶれ、大損確定だ。企業としては認めないでいた方がお得だ」
「そして正義感の強いアルフレドくんは自分がやらねばと一念発起して元気にビルを爆破したと」
真面目すぎるのも考え物だな、とオウルはアルフレドに呆れる。
どうして人は自分の欲求が叶わないと見るや過激な方法に頼りたがるのだろう。
「計算ではビル内の一つのフロアが床をぶち抜いて下の階に落下するという『不自然な壊れ方』をする筈だった。それがSPB構造の欠陥の特徴なんだそうだ。だがその予想は悪い形で裏切られた。SBP構造に使われる鉄骨の形状が低コストのものに替えられ、余計に負荷がかかりやすい構造になっていたんだ。おかげでビルは内部の連鎖的崩落によりバランスを崩し、ああなった。恐らくはSBP構造を作ったAIと鉄骨のAIがきちんとデータを同期させていなかったんじゃないかと彼は予想していたよ」
鉄骨単体では問題はなかったのだろうが、欠陥品との相性が悪いところまでベクターは検証しなかったようだ。
「AIが善意で削ったコストが地獄の道を作るってか? 爆笑ものだな」
「ニンゲンは愚かだ……ネコを崇めよ……」
「ちょっと黙ってろミケ」
オウルは町がヤバイという意味を理解したが、一方で僅かながら疑問視もしていた。
ベクターホールディングスは黒い部分は山ほどあるとはいえ表向きは超一流の企業だ。
これほど巨大な見落としを本当にベクターは気付かなかったのだろうか。
『で、どうするんだいオウル? ユアちゃんをお引っ越しさせるべきだと思うけどね』
「確かに。SPB構造は二年以内に建築された建物にしか使われていない。別の都心にでも行けばリスクは大きく減少するよ、オウル」
「ビルが倒れてくる度にユニットに変身して助けてたらオウルがキツイよ?」
サーペントは淡々と、テウメッサは促すように、ミケは心配するように意見を口にする。
オウルはしばし黙考し、やがて口を開く。
「テウメッサ、そのアルフレドはまだ生きてるか?」
「彼、罪の意識で自殺したがってるから機を見て落としてあげるつもりでキープしてるよ」
「俺の許可があるまで死なせるな。そいつの協力を得てベクターズホールディングスとSBP構造を徹底的に洗え」
それは暗殺による排除や抹消を生業とするクアッドに、証拠を掴むという七面倒くさい正攻法を使えと言っているようなものだった。
「……なぜ? 出来なくはないけど無駄な仕事に思えちゃうな」
「ユアが町を出て行かない、引っ越しもしないと言い出す可能性がある。そのための対策だ」
テウメッサは、理解できなくはないという顔をした。
サーペントとミケはまったく分かっていないようだ。
その後すぐに彼らはアプリ越しにユアに簡単な町の危険性の説明を行い、引っ越しを促した。
すると、簡潔なメッセージが返ってきた。
『Y:お父さんとお母さんが遺した家を置いていきたくないです。厚かましいとは思いますが他の方法でお願いします』
「ほらな」
うんざりしたようにテーブルの上に足を投げ出したオウルは了承のメッセージを送った。
ユアの両親は彼女が幼い頃に事故死している。今は亡き両親の思い出が詰まった家を、土地に染みついた思い出の残滓を、簡単に振り払えるほど彼女は物わかりが良くないだろうとオウルは半ば予想がついていた。
それに、ユアがいなくなったから町の欠陥がなくなる訳ではない。
事故が起きた後、真実を知ったユアは悲しむだろう。
悲しむ分には勝手に悲しめば良いが、悲しんだところで解決しない問題はそもそも最初から抱え込まない方が良い。しかし世の中には罪の意識を感じるべきなのに欠片も感じない人もいれば、感じる必要もないのに罪を勝手に作る人もいる。ユアはその後者だった。
オウルが決定した以上、サーペントもミケもテウメッサも異論は出さなかった。
「さて、上手いことベクターホールディングスにツケを払わせる方法がないものか……サーペント、どうだ?」
『一筋縄ではいかないよ。ベクターホールディングスが傾けば経済も傾いてユアちゃんも生活しにくくなる以上、トップを皆殺しにして情報を公開なんて乱暴はおすすめできない。それにジルベス政府もラージストVの不祥事にはかなり甘いからね。よほどのことでなければ隠蔽の方向で進むだろう』
大企業は大量の経済的利益を齎し、国内の雇用の安定を支えている。
ベクターほどの巨大複合企業が大きく傾けば不動産業への影響、株価の乱高下、社会不安など驚くほど多くの問題が噴出することになる。
その上で、と、サーペントは付け加える。
『逆に言えばこれだけの火種をなんでベクターは見落としたのかが気になるね。彼らは事実上の独占企業だ。欠陥設計をごり押しなんてしなくとも問題なく会社を存続出来る筈だし、最低限のダメージで切り抜けることも出来たと思うんだ。オウルもそれが気になったからテウメッサにあんな指示を出したんだろ?』
「ああ。原因が分かればやり方を絞れる」
テウメッサが得心したように頷く。
「オッケー。言われたとおりベクターホールディングスとSBP構造に探りを入れるよ。ミケも連れてっていいかい? 企業を探るにはハニートラップが便利でね」
「いいかミケ?」
「勿論いいよ。今度こそ運命の人が見つかるかもしれないし!」
ミケは事情を知らない人が見れば一目惚れしそうなほど嬉しそうに笑っていたが、他の三人は苦虫をかみ潰したような顔をした。
彼女は本気で運命の人を探しているし、だからこそクアッドで一番イカれているのを彼らはよく知っていた。
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