4話 町ごと暗殺
ユアたちのスクールバスは無事に学校に着き、オウルは転校生として学校にまんまと入り込んだ。ユアは殺し屋がどんな風にクラスに馴染むのか気になってちらちら見ていたのだが、普通に男子グループに参加して談笑している。
(普通な感じに振る舞ってるけど内心嫌なんだろうなぁ)
朝のあの様子を見るに、オウルが心底この状況を楽しむ日は来ないだろう。
それでも端から見たら普通の中学生にしか見えないのだから殺し屋の演技力というのは凄い。いや、むしろそれはスパイの才能ではないのかとも思うが、どっちも出来るというのが正解なのかもしれない。
あまりにも彼を見過ぎて学校の友達に「転校生に夢中か~?」と揶揄われてしまい、恥ずかしくなったユアは必要以上に彼を見ないことにした。よくよく考えたら彼もこちらの視線にいい気はしていない筈だ。
「それにしても朝のあれ、何だったんだろうね」
「あー、私ちょっと寝てて気付かなかったんだけど、ビルが倒れてきてたんだっけ?」
「そーよ、マジ死ぬところだったんだから! 今んとこニュースにはなってないけど、あんな大事故がなんで出ないのかしら?」
「政府による情報統制ってやつじゃない?」
「ヤダぁ、主義者みたいなのやめなよ~」
ここにいる面々がもしかしたら死んでいたかもしれないと思うと、この他愛のない会話がどれほど貴重なものか実感が出来る。
(でも、確かにニュースになってないな。本当に主義者の言う情報統制なのかな、なんて思っちゃうくらい)
主義者というのは最近になってジルベス国内で陰謀論の類を固く信じる人間を揶揄して使われるようになった言葉だ。政府は情報を統制して都合の悪いものを隠し国民をマインドコントロールしている、というのは主義者の主張の代表格であり、ありとあらゆるものに政府の陰謀であるというこじつけを行う。
当然そんな人は周囲に疎まれるので関わり合いにならないのが正解だが、ニュースにならない理由は確かに気にかかる。
ユアはこっそりそのことをオウルに例の謎アプリで聞いてみた。
すると、オウルではなくSというユーザーネームから返信があった。
『S:ジルベス合衆国は実際にAIによる低レベルの情報統制を前々から行っている。でも基本的には国民がパニックに陥ったり混乱しないように行われているものだから、気にする必要はあんまりないよ。あ、ちなみにこのSはサーペントのSね。これからみんなで使うチャットだから見分けやすいようにしといたよ』
(うわぁ、主義者って部分的には正しいことも言うんだ……って、あれ。ちょっと待って)
ユアは重大な事態に気付いた。
みんなで使うということは、このアプリのメッセージはクアッド全員に筒抜けなのではないか?
ということは、バスでのユアとオウルのいちゃつきみたいなおふざけメッセージも全員にバレているのだろうか。不安と羞恥に駆られて確認を取る。
『Y:このアプリ、ミケさんとテウメッサさんも見てるんですか?』
『T:通知来るよ~。ぼくはあんまり頻繁に返信できないからごめんね』
『M:事故の後のオウルとユアちゃんのやりとりすごい可愛かったよ♡』
『S:電池切れとスマホが破壊されたときも全員に通知が行くようになってるよ。バッテリーは最新型に取り替えておいたからそうそう電池切れは起こさないはずだけど、こまめに充電してね』
勝手にオウルとしか繋がっていないと思っていたユアは無性に過去に戻りたくなった。
その後は波乱もなく、勉学の時間はあっという間に過ぎていった。
普段なら授業終了後は放課後の部活動が始まるが、この日はスクールバスの通る道でビルが倒壊したと思ったら眩い光に消し飛ばされるというよく分からないことが起きたため、部活動の一斉中止と下校が実施された。
帰りのスクールバスではオウルは学校で出来た友達――と本人は思っていないのだろうが――と昨日のテレビの内容で談笑していたが、一人、また一人とスクールバスを生徒が降りていくといつのまにかオウルと二人きりになっていた。
事故が起きた道を避けた結果、巡回路が変わってたまたまそうなったのだ。
ここでテレビやコミックなら普通の会話をしながら裏で意味ありげにスマホのやりとりをする所だろうが、生憎とユアはそんなに器用ではない。とはいえ運転手に聞こえるかもしれないのに堂々とオウルの素性を疑われる話をするのも躊躇われ、彼女は結局謎アプリに頼った。
どうしても気にかかることがあって、確かめたかった。
『Y:事故の原因って結局なんだったんですか?』
返信はサーペントから来た。
『S:どうやらラージスト
『Y:ラージストVって、ジルベスの産業の中核を担う五つの巨大複合企業でしたっけ? 学校ではそう習ったような』
ジルベス合衆国の技術発展と経済の9割を握るともされる世界有数の五つの巨大企業、それを総じて世間はラージストVと呼ぶ。海外の名だたる会社と一線を画す規模と圧倒的な資金力で独走を続け、各企業の社長は他の小国の運命をも容易に左右するほどの権力を蓄えているという噂もある。
『S:そのラージストVだよ。厳密には傘下企業だけど、この手の話すると主義者と勘違いされちゃうし、とりあえず何らかの大人の権力が働いたんだろうくらいに思っておきなよ』
いくらユアが中学生とはいえ、それらの巨大企業の社長がとんでもない権力を持っていることは想像がつく。巨大企業はその分悪い噂が立つことも珍しくない。理由が分からない不安はあるが、彼らがそう思っておけと言うからには何かあっても対処出来るという余裕の表れだとユアは解釈した。
『Y:じゃあ次にビルが壊れたときもお願いします』
『O:何度もあってたまるか。お前を狙ってビルを薙ぎ倒した訳じゃないようだし、無理だったらお前だけ連れてとっとと逃げるからな』
オウルの一言に、ユアはやっと胸のつっかかりが取れた。
もしかしたら自分の暗殺を願う誰かがあれを引き起こしたのでは――そんな不安をオウルはしってか知らずか否定してくれた。
『Y:ありがと』
『O:何がだ?』
『Y:なんでもない』
ユアの家の近くにスクールバスが止まったため、立ち上がる。
バッグをぶらさげてバスの中を歩く途中、肘をついて窓の外を見るオウルに挨拶する。
「また明日」
「ああ、また明日」
オウルがひらひらといい加減な風に手を振ったのが嬉しかった。
夕焼けが高層ビルのシルエットの狭間に落ちていく。
茜色に照らされた町を歩む中、自分の口元が緩んでいることに気付く。
ユアは殺し屋と共に過ごすことを今、楽しみに思いはじめていた。
彼らに殺された人々のことを心のどこかで理解しながらも、ユアは彼らをもっと知りたいという思いを消すことはなかった。
◇ ◆
日が沈み闇の静寂が都市の侵食を始める頃、殺し屋は動き出す。
「というわけでオウル入学記念パーティ~! どんどんぱふぱふ~!」
間抜けなパーティ用の三角帽子を被ったテウメッサが腕を振り上げると、ミケとモニター越しのサーペントが応える。
「イエーイ! ワーオ! ヒュー!」
『画面越しにおめでと~~~!!』
一方、祝われる張本人であるオウルは欠片も嬉しくなさそうに目の前に並べられたフライドチキン、フライドポテト、ピザ、炭酸飲料などの如何にもなジャンクフードの山を眺めてこめかみをひくつかせていた。
「おかしいな。俺はビル倒壊の件の調査報告をしてくれと頼んでいた筈なんだが」
「食べ終わったらケーキもあるよ!」
「テウメッサの手作りケーキたっのしみぃ!」
『あ、こちらは既に料理の一部を拝借してるのでお気遣いなく』
メインを食べ始める前にサーペントは画面越しにケーキを貪っている。
彼はこういうとき自分の欲求に忠実だった。
「俺が馬鹿な中学生の真似事をしてテウメッサが用意した今日の話題リストに従って馬鹿のフリして一日を過ごしたことがそんなに嬉しいかお前ら?」
「いやいや、君が学校に通ったことへのお祝いだよ! 考えてもみな、俺らみたいな社会の屑粉砕機がまともな学校に通う機会ってある!? いやない!! ないね!!」
「オウルが立派に成長してオカーサン鼻が高いワ! チューしちゃう!」
「せんでいい。もういい。分かったからさっさと食って本題に入らせろ」
既にテウメッサとミケは酒も飲んでないのに酔っ払い気分のようだ。
二人は演技力が高いので酒など飲まなくても酔っ払いの思考をトレースできる。
こうなるとまともに付き合う方が面倒だった。
「まぁ、ある種貴重な経験を詰めたとは言える」
「どうだった? クラスの人気者になれたかい? なんつってー! サーペントが隠しカメラから盗聴器まで学校に仕込んで監視してたから全部知ってま~す!」
「ユアちゃんとオウルのやりとりで心ぽかぽかのきゅんきゅんになったのにゃ~!」
「勝手になってろ。今のところ俺の成果は中学生がどのような愚かしさを有しているかを再確認したことだけだ」
塩分、脂質、糖分のどれを取っても過剰な料理を三人で片付ける。
殺し屋は体が資本なのでこんな食生活を送るべきではないが、たまにやる程度なら問題ない。
どうせ体力トレーニングをして筋肉を増強したところで、いざ殺す時はユニット任せだ。
「で」
テウメッサの手作りチョコケーキにフォークを突き刺し、オウルは話を促す。
「結局あのビルはなんで倒壊したんだ?」
『簡単に言えば爆破だよ。爆破の犯人はもう少し丁寧に爆破するつもりだったみたいだけど』
「ユアとの関連性は?」
『たっぷり時間かけて洗ったけどナシ。今の手持ちの情報と照らし合わせるに、たまたまだね』
「あいつの運気はどうなってるんだ」
オウルは呆れ果てた。誘拐事件に巻き込まれて間もないのに今度はビルの倒壊とは、非科学的な何かを感じたくなる。テウメッサとミケも同感なのか頷く。サーペントは苦笑して頷いた後、調査結果を報告する。
『で、報告の続きなんだけどさ。結論から言うとこの町ヤバい。いつどこでビルの倒壊と同じような崩落が起きてもおかしくない。ユアちゃんの通う学校も含めて爆破とか関係なくヤバイ』
「なんでじゃいッ!!」
オウルは反射的に目の前のケーキを拳で叩き潰したくなった。
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