二 10000steps

 男は最近スマートウォッチを購入した。

 心拍計やカロリー計算、電子マネーのタッチ決済などいろいろ機能はあるものの、まだそれらは使いこなしていない。

 毎日時刻のほかに確認しているのは歩数だった。

 数日使っているうち、会社から帰ると四千歩ほどにおさまることがわかっている。

 ある朝、男は会社へ向かうために家を出る際、ふと歩数を確認した。

『10000steps』

 そんなはずはない。もう壊れてしまったのだろうか。それも考えられない。

 そこまで考えて、今朝はいつもより家を出るのが遅くなったことを思い出して最寄り駅まで歩いた。

 駅のそばまでくると、ある光景が目に入り、いやな予感がしてくる。

 駅の周辺に人の長い列。それは駅の前にあるバス停を先頭にした列だった。

 駅の改札のあたりにくると、予感が的中していたことがわかる。

 人だかりの視線の先には、振り替え乗車については説明する駅員の姿。

 電車が止まっているのだ。設備トラブルとのことで、まだしばらく動く見込みはないらしい。

 タイミングが悪いと思いつつも、まずは会社に遅れることの連絡を入れ、別のルートで会社へ向かう。

 以前も同様の経験があるので、うろたえることはない。

 会社へ向かうためには、バスに乗るよりも、少し歩いて別の路線の電車に乗ったほうが早い。

 男と同じ考えを持つ人で多少混むものの、設備トラブルの直接的な影響は受けていないはずだ。

 さっそく歩き、その路線の電車に乗る。

 車中、時刻を確認した際に今朝のことを思い出して、なんとなく歩数をみてみることにした。

『8213steps』

 まだ表示がおかしいらしい。いつもより歩くことになったとはいえ、八千歩も歩いてはいないはずだ。

 やはり壊れたのかと残念に思いながらも、男は電車を乗り換え、会社へたどり着いた。

 本日早くもやや足に疲労を感じている。

 しかしその日は特に忙しく、男は一息つく間もなく社内を走り回った。

 昼休みに落ち着けるかと思えば、出会い頭にぶつかりそうになった拍子に、相手のコーヒーがワイシャツにかかってしまい、近くのユニクロまで買いに走った。

 そして午後は急きょ取引先へ向かうことになりまたもや走った。

 一仕事終え、時刻のついでに歩数を確認する。

『3216steps』

 壊れている。そう思った男だったが、それを認めたくない思いで、反応を確認しようと一歩前に進んでみた。

『3215steps』

 もしや減っているのではないか。そう思い一歩進む。歩数が減る。

 間違いない。数歩進む。それにあわせて歩数が減る。

 なるほどとは思ったものの。正常ではないことに変わりはなかった。

 今日は厄日か。そう思いながら帰ろうとしたときに、ランニングで目の前を通りすぎた女性がキーホルダーを落としたことに気づき、追いかけて走った。

 女性はとても速く、そしてイヤホンをしているためか呼びかけても振り向かない。

 結局かなり走ったあとに赤信号でなんとか追いつき、キーホルダーを渡すことができた。

 そこから一番近い駅、といってもややある距離を歩き、電車に乗る。

 男は時刻より歩数を確認した。

『713steps』

 結構走ったな。疲労を感じつつも、達成感のようなものを感じる。

 その後は順調に家路につくことができ、とうとう自宅に到着する。

 上着を脱ぎ、寝室へ歩きながらネクタイを外し、いつもと具合が違うワイシャツのボタンをいくつか外し、ベッドに倒れこむ。

 男は歩数を確認した。

『0steps』

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ゼロステップ 尻餅ペタン @shirimochi

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