てがみ
主水大也
てがみ
やあ、きみ。久々に話をするね。尤も、紙の上で行われる会話だけど。ああ!今から起こる不可避のタイムラグに苛立つよ。きみからの新鮮な返答を聞きたいのに、私に届くきみからの言葉は熟睡から目覚めたものしかない。
きみにこんなものを送りつけているのは、他でもない、私の中にいる揺らめくきみの幽霊から命令されたんだ。ふわふわの髪を整えることなくそのままにして、柔らかい頬を赤らめている幽霊船の船長に!幽かな声で、羊水の底から漂って浮かんだんだ。
あの日、何年も何年も前、私たちは大海原の真ん中で、幼稚なヨットに乗って旅をしていたよね。虹の端にある金壺を目指していたんだっけ、もっと愉快で愚かなものだったような記憶もあるけど、そんなものを目指していた。地図をひっくり返したり、時にはサボってしまったりしたけど。
目指している途中に色んな島があった。その島にいちいち降りては、肥料を探していた。ああ、今思い出したよ!私は一輪のアサガオを枯らせない肥料を探していたんだ!きみだ、虹の端にある金壺を目指していたのは。私にそんな崇高な目的は持ち得ないと思っていたんだよ。そうだ、そこにいた一人の大人をきみは覚えているかい?ただ、色んな紙を燃やし続けていた奇妙な人を。私たちは「なにをしているの?」と尋ねた。するとその焼却炉は言うんだ。「命令だ」って。「だれから?」って好奇心を抱えた私たちが尋ねても、録音したみたいに同じ調子で「命令だ」って言う。クマを住まわせた真っ赤な目でひたすらに燃やしていた。あの時内緒にしていたんだけどね。燃え滓になった紙を漁ってみたんだよ、私は。色んなエッセイや子どもの写真、算数のテストとか、中には紙幣だってあった。きみがもうボートの用意をしてる時、最後に尋ねたんだ。「やめたほうがいいよ」ってさ。彼は目を見て言ってくれた。「幸せ」って。大人ってちょっと変な生き物なんだなって思った。
程なくしてからだ。きみがボートを降りたのは。無人島くらい小さい島に降りて、別れの挨拶を交わした。突然すぎて、私は涙を流すことしか出来なかったなあ。最後にきみの頬に触れておけばよかった。きっと今はカチカチでベタベタだ。
あの時わからなかったけど。今ならわかる。生真面目なきみは周りの幸せに埋もれちゃったんだ。きみはいつも雷管に火薬よりも空気を詰める人だ。風船に空気を入れるみたいに。咎めはしないよ。私もそうだから。あの後すぐ降りたもの。でも、心の中に生得的な幸せをいつまでも飼って目の前のものが画一的に見えているあたり、私はまだ足踏みをしているんだろうな。
きみは、どうなんだろう。それだけだよ。
親愛なるきみの幽霊より 過去をこめて
てがみ 主水大也 @diamond0830
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