第5話 反転攻勢
手勢が劣勢と見た魔騎馬は、キヨラに狙いを定めて突進を開始する。
「本命が来ましたね」
キヨラが呟き、その大きな蹄で地面を抉りながら猛進してくる魔騎馬を迎える。
魔騎馬は進路上の岩魔をものともせず踏み砕きながら突き進み、岩魔が慌てふためいて魔騎馬から遠ざかる。
二メートル半以上ある巨体の魔騎馬が頭上で槍を旋回、キヨラを間合いに捉えると疾走の勢いを乗せて刺突を繰り出す。キヨラは防御を選ばず右半身になって一撃を避けつつ、擦れ違いざまに右剣で横薙ぎを放った。
「くッ!」
攻撃を当てたはずのキヨラの方がよろめいた。魔騎馬の厚い毛並みが刃を弾いたのだ。
魔騎馬は後方まで走り抜けると地を削りながら転回し、再びキヨラへと突撃をかける。キヨラも先手をとろうと、加護を発現して超速で魔騎馬の横へ回り込んだ。
驚くべきことに魔騎馬はキヨラの高速移動に即応。その広い視野でキヨラを捕捉すると、三つの目が発光し赤い光芒を発射した。
高速移動を終えたキヨラが現れた地点に三条の細い光が着弾。爆炎がその身を飲み込んだと見えたが、危ういところで加護を発動して回避していた。
超速で駆け抜ける影を追って光条の群れが飛来し、連続して爆破が起こる。その爆発が赤い影に追いつき、華奢なキヨラの身体を衝撃が押し包んだ。
キヨラが立ち上る土煙のなかから飛び出し、受け身をとりながら地面を転がる。爆発に巻き込まれたが、被害は最小限に留めたようだ。
「さすがに簡単に斬れる相手ではないですね……!」
片膝立ちになっているキヨラへと魔騎馬が迫る。
キヨラの背後から飛んできた光弾が魔騎馬を急襲。魔騎馬が槍で撃ち落とすも、防ぎ切れなかった数発が魔騎馬の肉体を直撃した。爆光のなかで魔騎馬の苦痛の叫びが上がる。
後退したキヨラがウタカに声をかけた。
「助かりました。並みの斬撃が通用しないのでは、手こずりますね」
「ウタカがやろっか? それともクシズちゃん?」
「もうー、わたしじゃ無理だよー」
「私に任せてください。『並みの斬撃』でなければいいのですから」
「じゃ、援護しまーす」
短い作戦会議を済ませると、三人は魔騎馬の姿を三色の瞳に映す。
すでに体勢を立て直した魔騎馬は、粉塵を巻き上げて疾走していた。どんどん視界のなかで大きくなる魔騎馬を躱すのが先決である。
キヨラが加護を使用して逸早く離脱し、ウタカも軽快な足捌きで、魔騎馬の爆走進路から外れる。残されたクシズが「待ってー!」と泣きながらウタカの後を追った。
最後方に位置していたハルトシが逃げ遅れた。すぐそこまで魔騎馬が詰め寄っている。
「うわ! ちょっと誰か!」
棒立ちのまま、振り下ろされる槍を待つだけのハルトシが頬を引きつらせる。その槍がハルトシの情けない顔を粉砕する直前、赤い閃光がその身体を横から攫っていった。
高速移動で安全圏まで逃れたキヨラが急停止、勢い余ってハルトシが地に投げ出される。顔面を地面に打ちつけたハルトシが砂まみれの顔を上げた。
「ど、どうも……」
「高くつきますよ」
珍しく軽口を飛ばしたキヨラが両手の剣を掲げ、魔騎馬へと高速接近。魔騎馬の左脇腹へと二条の剣閃を走らせ、そのまま魔騎馬の右側へと駆け抜ける。
振り向いたキヨラが魔騎馬の様子を観察する。斬撃では損傷を与えられなかったが、その注意を自身に引きつけることはできたようだ。魔騎馬がキヨラへと顔を向ける。
キヨラが紅の颶風と化して肉薄し、魔騎馬が迎え撃った。霞となって薙がれる槍の穂先をキヨラが跳躍して回避、着地した瞬間には加護を発現して魔騎馬の横に回り込む。
魔騎馬の左腕と腹部へと矢継ぎ早に刃先が閃光となって走るが、分厚い毛並みに刃が弾かれる。向き直った魔騎馬が槍を回転させてキヨラを振り払った。
間合いを広げた魔騎馬が縦横無尽に槍を揮う。
斬り下ろされた槍を避けたキヨラへと、連続する刺突が繰り出された。銀色の奔流のなかを泳ぐように躱すキヨラが剣を一閃、魔騎馬の指が斬り落とされる。
指から青黒い血液を迸らせた魔騎馬が雄叫びを上げた。毛並みの薄い指には斬撃が有効だったのだ。
動きに遅滞が生じた魔騎馬へと怒涛の光弾が襲来する。ウタカの援護射撃だ。
炸裂する光のなかで、魔騎馬が眼から苦し紛れの光線を射出した。ウタカたちへと放たれたその攻撃をキヨラは見向きもしない。クシズの日傘がみんなを守ることは自明だった。
背後で爆音を聞きながらキヨラが跳躍し、魔騎馬の胸に剣を突き刺す。
「これで終わりです」
キヨラの右手の剣が眩く発光する。
体内の〈ハナビラ〉を剣に集中させ、一気に放出することで対象を粉砕するキヨラの必殺技が発動。
小太刀が突き立った部位から赤い閃光が溢れる。それと同時に内部から爆裂する破壊の力を受け、魔騎馬の五体が破裂する。鮮血にも似た深紅の光が魔騎馬の背中や頭部から噴出し、魔騎馬の肉体が内部から爆散。
魔騎馬の巨体を黒き灰塵へと帰さしめたキヨラが着地し、数秒間を経て構えを解いた。
両手の小太刀を軽く振り下ろすと、キヨラを中心にして足元の雑草がたなびき、それに合わせて紅茶色の髪も風に揺れる。
「やはり斬るなら簡単です」
キヨラが振り向くと、残りの岩魔を掃討して駆け寄ってくる三人の姿がその瞳に映った。
「だから、俺たちは襲われたんですよ!」
執務机に乗り出して言い放つハルトシが言い放ち、剣幕に圧倒されたノギ隊長が身を引いた。
「あー、分かった。確かに、この時期にヒカリヨ周辺で〈喰禍〉が出没するのは不可解だな。特に魔騎馬なんか、ヒカリヨに出現するのは稀有なことだし」
ずれた眼鏡を指先で直したノギは真剣な表情を作る。
ハルトシたちは〈花の戦団〉本部に帰還した直後、ノギ隊長と面会していた。
カンパネルラやメネラオスと面会した翌日に、ハルトシたちを待ち受けていたとしか考えられない〈喰禍〉の襲撃に遭ったのだ。
この襲撃の裏には、カンパネルラの意思が働いていると推測するのは容易なことである。
「とにかくカンパネルラは私たちと戦う気です。ここは一気に攻勢をかけて……」
「怖いですよ、ノギ隊長ー! 何とかしてくださいー!」
「あんな辺鄙な場所に誘き出したくせに、カンパネルラが姿を見せないのもおかしいよね」
勝手に騒ぎ立てる一同に向けて掌を掲げて静かにさせると、ノギは自身の考えを述べる。
「分かった、分かった。君たちが言うように、〈喰禍〉の出現はカンパネルラの差し金だということに間違いなさそうだ」
「それじゃあノギ隊長……!」
「まあ、待ちたまえ。やはり証拠が無くては、戦団としても表立って動けないよ。カンパネルラは〈禍大喰〉とはいえ秩序派の代表だ」
「そんな!」
「それに前も言ったが、〈花の戦団〉の戦力の多くは遠方に出征していて、増援に回せる部隊はいないんだ。〈プラツァーニ戦役〉で負傷した人員も回復しきっていないし」
ハルトシは呻いた。
「それじゃあ、俺たちはどうすればいいんですか?」
「知性類会議は明日の昼には終了するから、否が応でもカンパネルラは昼過ぎにはヒカリヨを立ち去らなければならない。それまでは〈光の民〉も滞在しているし、心配はないはずだが」
「しかし、実際に私たちは〈喰禍〉に襲われています」
「むう。メネラオスはカンパネルラと共謀しているにしても、どうやってサカキの目を盗んで襲撃をかけたんだ?」
「サカキさんも目を離すときはありますよ。今日だって、昼食のときには外出していましたし」
「……分かった。とにかく明日を凌ぐまでは誰か増員しよう。カンパネルラがヒカリヨを離れて君たちの安全が確保されてから、正式に調査部隊を編成する」
「ありがとうございます!」
ハルトシは喜色を浮かべたが、ウタカが疑問の声を上げる。
「増員と言っても、三番隊に余裕は無いですよね?」
「そこなんだが、四番隊のマリカ君に応援をお願いしようと思っている。今のマリカ君は一人だし、今日の〈喰禍〉出現の情報も初報を入れてくれているからな」
マリカの名前を聞いて、最後尾で涙目だったクシズが進み出る。
「マリカちゃんには一連の流れを話していますー。私も安心ですー」
「それは運がいい。私から四番隊に要請しておこう」
再びずれた眼鏡を直しながら、ノギは一同に労いの言葉をかける。
「今日は休んだ方がいい。君たちの自宅までカンパネルラは把握していないだろう」
「それじゃあ、そうさせてもらいます」
ハルトシが一礼すると、背後の三人もそれに応じる。
それからハルトシたちは一抹の不安を抱えながらも、各自の住居へと解散していった。
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