第四章 狂い咲く、悪意、友情、野心、正義
第1話 知性類会議閉幕
翌朝、ハルトシたちは戦団本部東棟の喫茶店、〈小鳥の集う泉〉に集合した。
早くもクシズ班が全員集合していることを考えると、やはり不安なのだろう。
「ノギ隊長の要請でマリカが応援に来てくれるから、もう少しで姿を見せるさ」
ハルトシの言葉に応じるのはクシズ。
「マリカちゃんが来てくれて嬉しいですー。すごく頼りになる娘ですものー」
「私はマリカさんのことを詳しく知らないのですが、どのような方なのです?」
「マリカちゃんはー、前衛守護型と前衛攻撃型を兼ね備える〈機縫士(きほうし)〉と呼ばれているのー。種子が衣服でー、その繊維を操って戦うのよー」
キヨラの問いにクシズが嬉しそうに語っていると、足音が四人に近づいてきた。
「あ、マリカちゃんー!」
クシズが立ち上がってマリカを迎える。
緩い巻き毛の金髪と翡翠の瞳を有し、相変わらず豪奢な衣装を着ているマリカは、朝日のなかで動く人形のように浮き立っていた。
「おはよう、クシズ。みんなも、待たせたみたいね」
「ううん、そんなことないよー」
「ま、とにかく座りなよ」
ハルトシが隣の席から椅子を移動してマリカに座るよう促した。マリカが小声で礼を言って腰を下ろす。
「今日はクシズ班の応援として働くことになるわ。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「楽しみー」
「仲良くしようね。あ、呼び方はマリカちゃんでいいよね」
簡単な挨拶が済んだところで、ハルトシが口を開く
「クシズからある程度は事情を話されていると聞いたけど」
「ええ。近くの森に〈喰禍〉が現れたこと。カンパネルラやメネラオスが怪しいというところまで聞いているわ」
「それなら話が早いや。今日は知性類会議の最終日で、昼過ぎには知性類が帰るから、それまでカンパネルラたちの監視をしておく」
「カンパネルラたちがヒカリヨを離れたら、正式に〈花の戦団〉として調査を行うのよね。ノギ隊長から話は聞いてる」
ハルトシは頷く。
「じゃ、さっそくシロガネ大聖堂に行こう」
その提案に異議を唱える者はおらず、一同は席を立って歩き出した。
シロガネ大聖堂に辿り着いたハルトシたちは、昨日の監視に使った喫茶店に陣取る。
特に動きの無いまま昼近くなると、一同は東門に続く大通りへと移動した。すでに大通り前は、会議を終えた知性類が帰る姿を見ようとする人垣に覆われている。
今回は慌てることなく、少し離れた喫茶店に腰を落ち着けて監視を継続した。
「ここからなら、〈光の民〉を見ることができますね」
「どうせ、カンパネルラはメネラオスと一緒だからね。あの二人が見えたら追いかけて、ヒカリヨの周辺を離れるまで見張っておけばいいのかな」
キヨラとウタカが卓上に並ぶ軽食をつまみながら言葉を交わす。羊肉の塩漬けの薄切りと、羊乳の
「大変だったけどー、これでこの仕事も終わりなんだよねー。〈光の民〉や〈禍大喰〉にも会えたしー、いい思い出になったかもー」
クシズは呑気なことを言いながらお茶を啜った。そんなクシズを見てマリカが言う。
「珍しいね、クシズ。機嫌がよさそう」
「分かるー? 実はー、今日の運勢は最高なのー。しかもー、開運具は日傘―!」
「へえ。よかったね。きっとクシズのことを守ってくれるよ」
「うんー。だからー、マリカちゃんのことは、わたしが守ってあげるのー」
その言葉を聞いてマリカが目を伏せる。
それと同時に人波から歓声が上がり、思わず目を向けたハルトシたちはマリカの様子に気付かなかった。
「お、あれはメネラオス以外の〈光の民〉だな」
大通りには巨体を運ぶ〈光の民〉の一団があった。刻限に厳しい〈光の民〉は、知性類会議が終了すると間もなく帰途を辿ったようだ。
それから人々の声を契機にしては大通りを確認するが、メネラオスの姿は見えなかった。
そのうち太陽が天頂から下がり始めると、人波は少しずつ減っていく。
「おかしいですね。人が解散しているように見えますが?」
「まさか、メネラオスのことを見逃したのか?」
「五人もいて見逃すなんてこと無いよ。ウタカはずっと見ていたもん」
「とにかく、シロガネ大聖堂で話を聞いてみれば?」
マリカの一言に納得した一行はシロガネ大聖堂に向かい、正門の衛兵に声をかけた。
「カンパネルラ殿たちですか? 二時間ほど前には出られましたが。ええ、北門からお帰りになるとかで」
兵士の返答を聞いた五人は礼を言ってその場を離れ、北門へと走った。
「しまったな。まさか出し抜かれるとは」
「一刻前では、すでに北門を出ている頃です。急がなければ」
「やっぱり、何か企んでいるのかな」
先行する三人が言葉を交わす後ろで、遅れがちなクシズにマリカが並ぶ。
「もうー、こんなことになるなんてー。今日は幸運の日のはずなのにー」
「しょうがないよ。東門から来たカンパネルラが、帰りは北門に向かうのはおかしいもの」
キヨラがマリカを一瞥したが、何も言うことなく再び前を向く。
北門は他の門と造りは大差なく、外郭のなかに太い木材と鉄で作られた門がある。昼の間は開け放たれている門から、隣接する都市へと続く街道が伸びていた。
先頭を走るキヨラが門番へと詰め寄る。
「ここをカンパネルラが通りませんでしたか?」
「は、はあ。つい先ほど通られましたが……。帰りはここを通過すると申請されていたのですが、何か問題でも」
キヨラの剣幕に困惑した様子の兵士が応え、礼を言って振り返る。
遅れて追いかけてくるハルトシとウタカは余裕があるが、クシズはマリカに背中を押されて足を動かす体たらくである。
このままではカンパネルラたちを見失うと考えたキヨラは、ようやく追いついたハルトシに声をかける。
「私がカンパネルラたちを追いかけます。目印をつけておきますので、みなさんはそれを追ってきてください」
「ここで別れるのはよくない。みんなで……」
「カンパネルラを見失うわけにはいきません。私がゆきます!」
「あ、おい⁉」
ハルトシの制止を聞かずにキヨラは駆け出した。
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