第9話

 医者には、適応障害だと言われた。

 ストレスの元を聞かれたとき、美麗は頑として首を横に振って、なにも言わなかった。

 ―――私は大丈夫。

 心の中でそう言い聞かせて、心臓の辺りの服を握った。

 あと一日の検査入院を終えたら、学校に行かなくては。ひとり、病室で決心する。

「しつれーしまーす」

 だらーん、とした声がして、美麗の個室のドアが開かれた。

「よ」

「はい、お見舞い」

「……カフェのスコーン。美味いから食べて」

 あの三人が、カフェの紙袋を持ってやってきた。美麗もお礼を言って、紙袋を受け取る。

 理生は無言で美麗の顔を見つめると、おもむろに口を開いた。

「なぁ、限界じゃないか?」

 美麗も無言で理生を見た。

 ―――どうして、そんなことを言うんだ。

「へい、き。大丈夫」

 心臓は音をたてるけど、息は切れるけど、どうしても嫌だけど。

「大丈夫」

「なぁ、もう限界だって―――」

「やめて!……お願い」

 美麗が大声で遮ると、理生はようやく押し黙った。

 美麗は、普段使わない大声で、か細く叫ぶ。

 まだ、自分の環境が良くなると信じて。他のものを遮断して。

 まだ、大丈夫だと。

「私は、平気、なのっ。まだ、大丈夫……」

 握りしめた手の甲に、雫が零れ落ちる。

 まだ、大丈夫。

 美麗はそう信じたくて。

「美麗ちゃん、見てる俺たちも辛いよ……」

 彩華がそう言うと、迅も美麗の固く結ばれた手を解いて、握った。

「塚田、逃げよう。俺たちと一緒に」

 迅が美麗の目を覗いて、言う。

 ふるり、と美麗の肩が震えた。

「塚田、ごめんな」

 唐突に理生が謝った。理生が俯くと、茶髪がさら、と揺れる。

「助けるとか言っておいて、塚田がやってほしいことが分からねぇ」

 だけど、と理生が顔を上げて続けた。

「逃げてほしい、塚田に。辛くない場所まで、一緒に連れて行ってやりたい」

 パタパタと雫は零れ落ちる。迅が美麗の手を握りなおした。

「辛いよ……」

 迅の手や、理生や彩華の言葉が暖かくて。

 小さく、小さく言葉を落とした。

 家族にも言わなかった、誰にも言わなかった、本音。

 涙のように、零れ落ちる。

「学校、行きたくない……。死んじゃいたい、」

 ぽつり、ぽつり。

「助け、て……。お願い、します……」

 ぽつん。

「よしきた! 任せとけ」

 理生も迅も、彩華も笑う。ちょっと悪そうな笑みだけど。

「迎えに行くねー」

 ニヤッと笑う彩華が、一番悪そうな顔をしている。

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