第8話

「私は自分を守ろうとしただけ」

 あのとき当たった、柔らかいもの。

「服を引っ張られてびっくりしたから、手を振り回した」

 彼女たちも大事にはしないだろう。自分たちの悪行がバレるから。

 その旨を母は電話で伝えて、向こうも納得しておさめたらしい。

『まぁ、塚田は真面目ですから。あぁ、でも、最近休みが多いですね。なるべく頑張って来てください』

 ぷつりと電話を切り、母は息をついた。

「明日は行きなさいよ」


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 行かなきゃ、行かなきゃ。

 荒い息を整えて、セーラー服に袖を通す。髪の毛もいつもどおりに結んで、リュックを背負った。

 リュックの肩紐部分を握りしめながら、重い足取りを進めた。

「あ! 塚田ー。今日は学校行くの?」

 手ぶらの三人が、美麗の後ろから歩いて来て、ひらひらと手を振る。多分、海に行くのだろう。短パンにサンダルを引っ掛けて、ペタペタと歩いている。

 美麗は頷いて、またリュックをぎゅう、と握った。

 顔色の悪い美麗を見て、迅が顔を顰めて覗き込んだ。

「ほんとに、大丈夫? 顔色悪いけど」

「大丈夫。……行かなきゃ」

 そう美麗は答えたが、裏腹に、涙がこぼれた。美麗の顔を覗き込んでいた迅が物凄い勢いで身を引き、両手を上げる。ブンブンと大きく首を振って、俺じゃない! とアピールした。

「塚田! どうした!?」

 理生が焦って美麗に駆け寄る。蹲った美麗の傍らにしゃがみ、肩に手を置いた。美麗はその手をも振り払う。明確な拒絶に驚いた理生は思わず手を引っ込めた。

 美麗はずり落ちたリュックを背負い直して、走って行ってしまった。

 呆然と立ち尽くしていた迅と彩華は我にかえると走って美麗を追いかける。もとより運動が得意な二人は、一人の女子に負けるわけもなく、追いついてしまった。

 腕を掴まれて立ち止まった美麗は、荒い呼吸を繰り返しながら、膝から崩れた。

「塚田っ!!」


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「美麗っ……!」

 目を開けると、母の顔。

「なんで、学校……」

「あんた、いきなり倒れたって」

 今気が付いたのだが、病院独特の匂いがしている。寝ているベッドも、普段とはちがうものだ。

「どこにも異常は無いみたいだけど……」

「うん、ないよ」

 美麗は大人しく頷いた。

「塚田、」

 低い声に目を向けると、理生たち三人が居た。不満気に目を細めて、美麗を見つめている。

「なんでも、ないよ。大丈夫」

 穏やかに、あくまでも穏やかに美麗は笑う。

「ごめんね、心配かけて」

「ねぇ、お医者さんは精神的なものじゃないかって。あとで検査受けることになってるからね」

 母のその言葉に、美麗は一度固まったが、またこくん、と頷いてみせた。

「おい、塚田」

 理生のいつもより低い声に、美麗は小さく身を震わせる。彩華が諌めると、大人しく帰って行った。

「ねぇ、美麗。あの子たち……。あの子たちのせいではないよね?」

「うん、それは無いから」

 美麗は首を横に振って、膝を抱えて、顔を埋めた。

 心臓が狂ったように音をたてて、その存在を必死に主張している。

「お母さん、私、もう無理だよ、」

 胸の辺りを握りしめて、母に言う。母は困ったように眉を寄せた。

「死ぬわけないじゃない。変なこと言わないで」

 そうではないのだ。

 美麗は苦しさを覚えて目を瞑った。

「うん、分かってる、分かってるよ」

 ごろり、と身体を横に傾けて、母に背を向ける。

 ―――死んで、しまいたい。

「なぁ、美麗。なんかあるだろ」 

 強い圧をかけてくるのは兄だった。馬鹿な兄貴は、無駄に勘がいいのだ。

「なんもない……。なんでも、ないってば!」

 枕を兄に投げつけたが、うまく身体が動かなくて、下にぼすん、と落ちた。

「わかった。ごめんな」

 手元のシーツを握りしめながら、美麗はまた寝転がった。裂けそうなほど強く握りしめて、小さな涙をこぼす。

 誰にも、見えないように。

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