第5話
学校、休む、とだけ伝えて、ベッドに潜り込んだ。
母親はうん、と頷いて、美麗の顔を覗き込んだ。
「顔色は、悪くないけど。何かあったら電話しなさいね」
と言い含めて、部屋を出て行く。しばらくしてから、玄関のドアが開いて閉まる音がした。
ふ、と小さく息を吐いて、起き上がる。カーテンが閉まって薄暗い部屋で、時計を見つめた。文字が見えにくいが、もう授業が始まっているはずの時間だ。
適当な私服を選んで、腕を通す。下の階に降りていくと、テレビの音が聞こえてきた。
「おー、美麗。大丈夫か?」
「うん、ちょっと外出てくる」
兄はゆるく頷いて、またテレビに視線を戻した。サボり魔の兄だからこそ、不審には思わないのだろう。
「あ、今日は父さんが帰ってくるのいつもより早いらしいから、気をつけろよ」
しれっ、と美麗の考えを見透かして言った。美麗も小さく頷いて、玄関のドアを開けた。
今日も、海に行く。彼らが居るのかは分からないが、行ってみようと思った。
「塚田ー」
防波堤の上でスマートフォンを弄っていた迅が顔を上げて、大きく手を振ってきた。
「今日、塚田が来るか分からないから、理生と彩華は呼ばないでおいた」
胡座をかいた足に肘をついた迅が、ニヤ、と笑った。
「良かったじゃん。休むのは大切だから」
二人も呼ぶかー、と迅が笑うから、美麗は慌てて止める。
「いいよ、迷惑、でしょ」
「平気だろ」
迅は言って、本当にスマートフォンを手に取った。メッセージをポチポチ送って、またズボンのポケットに閉まう。
目を細めて笑い、袖を捲くった。
「サボって遊ぼう」
思い出したようにスマートフォンを取り出して、防波堤の安全そうな場所に置く。同じ場所に、薄手の上着と靴と靴下も置いた。
砂浜まで降りていって、足だけ海に付けて、身体を震わせる。さっむ、と呟いて、足元の波を蹴る。
「あとで理生と彩華も来るから。遊ぼ」
美麗もジーパンの裾を捲りあげて、袖も上にあげておいた。迅を追いかけて砂浜に降り、足を付けた。
迅はバシャバシャと水を上げながら、海を歩いている。
しばらく海に浸かっていると、二人の声が聞こえてきた。
「いいなー、俺も最初っから休んどけば良かった」
「俺、今日頭痛い設定だからね」
彩華はわざとらしく頭を抑えて言う。理生は早速靴と靴下を置いて、海に入ろうとしていた。理生が海に入ると、彩華もしれっとした顔で靴と靴下を脱いで、海に入った。
「水、掛けないでね。外に出てるの、親にバレたらヤバい、から」
美麗が念の為に言うと、理生は仕方なさそうに頷く。どうやら、本当に水を掛けてくるつもりだったらしい。
「美麗ちゃんは、今日学校休めたんだね」
「うん、兄ちゃんには、バレた、けど」
「塚田、お兄ちゃんいるの」
理生が美麗を見て言った。美麗も小さく頷いた。
「ふーん、塚田って一人っ子だと思ってた」
理生が言うと、彩華も賛同するように、足元の波を蹴って美麗を見た。
「分かる。美麗ちゃんって、なんかマイペースなんだよね」
あまり自覚が無いので、曖昧に首を傾げておく。
「みんな、は……?」
「俺は姉ちゃんいる」
理生が言うと、彩華も手を上げて言う。
「俺のとこは妹二人いるよ」
彩華が女慣れしているのはそのせいなのかもしれない。美麗は少し納得した。
「うちには兄貴」
迅はそう言って、波を踏んづける。兄に対して何か恨みでもあるのだろう。
迅を見た理生は、同じように波を踏んづけて、ちらりと彩華を見て笑った。美麗はそっと海から離脱しておく。
美麗の予想通り、理生は彩華に水をぶっかけた。制服のシャツをびしょ濡れにされた彩華は、一瞬固まって、凄い速さで理生の腕を引っ張る。それと同時に、足を引っ掛けて海へと転ばせた。
「塚田、急いで逃げよう」
いつの間にか移動してきた迅がそう言って、俊敏な動きで防波堤まで走る。走りにくい砂浜をもたもたと走っていると、美麗の分の荷物を持った迅が戻ってきた。
美麗に荷物を手渡して、自分は足の砂を軽く払って靴下と靴を履き直した。美麗も靴を履いて、上着に袖を通して走り出す。
「おい、塚田! 迅! お前らそのままで居られると思うなよ!」
「逃げんな、迅!」
言い争いをしていた理生と彩華が、逃げる迅と美麗を見つけて怒鳴った。彩華が怒鳴るのを始めて見るが、あの見た目なら妙な迫力がある。
二人は海から出てきて追いかけ始めたが、流石に靴がないと危ないと判断したのか防波堤まで戻った。その間に迅と美麗は道路まで逃げているので安心だ。
手すりに肘をついて、二人を待つ。
「くっそ…………!」
理生と彩華が悪態をつきながら、道路まで登ってきた。迅は肘を上げて、冷たい目で二人を見る。
「飯でも食いに行くか」
迅はしれっと言って、理生と彩華は濡れた頭をぶんぶん振り回した。
「ふざけんな」
「着替えてくるわ」
二人とも口を尖らせて、水を軽く飛ばした髪をかきあげる。その仕草をじっと見ていると、理生がニヤリと笑った。
「どうしたの、塚田。惚れちゃった?」
前髪をあげた彩華が理生を鼻で笑う。
美麗も首を振って、また頭を見た。
「ちがう。髪の毛、すごい色だな、と思って」
理生は小さく首を傾げて、美麗の髪を見る。自分の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、
「塚田も染めれば?」
と言う。
また首を振って、自分の髪を見た。
「学校で、目立つ、から」
「ふーん、いいじゃん」
理生は不思議そうに言ったが、美麗は小さく唸って、また首を振る。
「塚田、こいつら放っといて、先に前のとこ行こう」
美麗は少し間を開けて、
「一回、帰る。あのカフェに、行けばいい、んでしょ」
と言って踵を返した。迅も頷いて、二人に向けて手を払った。しっし、とでも言うように。流石に、びっしょりと濡れているのは気になるらしい。
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