第4話

「ねぇ、昨日の誰?」

「し、知り合い……」

「何? どれか狙ってんの?」

「あはは、お前さぁ、めっちゃブスのくせに」

 昨日の女子たち。大勢に囲まれて、美麗は萎縮してしまう。

 怖い、嫌だ、助けて。

 必死にこの時間が終わるのを願う。その声が届いたのか。

「あ、いたいた! 美麗、さっき先生呼んでたよ!」

 美麗の幼なじみ。彼はいつも助けてくれるけれど、空回りをする。

 彼女たちは嘘だと気づいているだろうが、撤退する。舌打ちをして行ったり、美麗を睨んだりしながら去っていく。

「大丈夫? 美麗」

「……もう、いいよ。みつきが助けてくれても、いじめなんて無くならないの」

 完全な八つ当たりだな、と思ったが、これで関わってこないと思うと、謝る気もおきなかった。それでもいたたまれなくなって、走って昇降口まで行く。

 ―――みつきは何も言わなかった。

 まだ授業はあったが、もういいやという思いで靴に履き替えた。

 走りにくい革靴で、カタカタと音をたてながら走る。スカートははだけているが、どうせこの時間なら人はほとんどいないのだ。

 別にもう死ぬ気もなかったのだが、脚は海へと向かう。防波堤に腰掛けて、脚をぶらぶらさせた。スカートから出た脚に、砕けた波の破片が当たっていく。

 バッグは忘れたものの、ポケットに入っていたスマートフォンにイヤフォンを刺して、音楽を流した。

 いつの間にか、涙が出ていた。

 ―――何で、私だけがあんなことされなくちゃいけないの? 私は何もしていないのに。

 悔しい。消えてしまえばいいのに。……消えてしまいたい。

「……泣いてるの? 大丈夫?」

 あまり聞いたことのない低い声。だけど、この声は確かに迅の声だった。

 涙を適当に拭って顔を上げると、戸惑ったように見下ろす迅がいた。

「泣いてない」

「そう……」

 のそのそと大きな身体を美麗の横まで移動させて、防波堤に座った。

「何で、ここに居るの」

「停学くらった」

「え」

 つい横を見ると、迅は何でもないような顔をして海を眺めていた。迅も美麗を見ると、首を傾げた。

「塚田も?」

「そんなわけ、ない、でしょ」

 ふぅん、とだけ言って、あとは何も聞いて来なかった。美麗も、何も言わなかった。

「ねぇ、逃げれば?」

 沈黙の中で、迅がいきなりそう言った。遠くをぼんやりと見つめながら、口を開く。あまり感情の感じられないトーンで、淡々と話す。

「辛いなら、逃げればいいのに」

「……できる、わけ、ない」

 ふぅ、と小さな笑みをこぼして、真面目だなぁ、とつぶやく。

「逃げられるよ。居場所なんて、どこにでもあるんだから」

「無理、だよ」

 迅は目元を緩めて笑った。

「別に、毎日学校に行く意味なんて、あるの? 死んでまで?」

 ちらり、と目を細めたその表情は、何かを嘲笑っていた。パチパチと瞬きして笑みを消すと、美麗の方を見た。

 後ろに手をついて、ぐでーん、と姿勢を崩す。

「ここに来なよ、学校がいやになったら。俺たちが付き合ってあげる」

 海は死ぬ場所じゃないのに、と呟いて、ちょっと笑った。

「今日は、ずいぶん喋るんだね」

「うん、俺ただの人見知りだから」

 と言い残して、立ち上がって帰っていった。

 美麗の心臓はまだ緊張していたが、それを無視して立ち上がった。

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