第3話

今日も自分を擦り減らして、学校が終わる。

「あ、おーい。……ほら、リオ」

 派手髪三人組だ。

 ―――止めて、もう。

 校門の前に派手な頭が三つ並んでいた。

「あ、えと、ごめん。ゼンメンテキに俺が悪かった」

 しょんぼりとした様子で茶髪―――リオが謝る。

「やめて、」

「おー、美麗じゃぁん」

 ―――最悪、最悪、最悪。

「え、誰このイケメンたちは」

「美麗、知り合いー?」

 クラスのトップ層になった人たちだ。そして、あんなにも美麗を追い詰めた人たち。

 美麗が俯く。心臓が縮んで、お腹のあたりが気持ち悪くなる。

 リオが目を細めた。そこで、赤髪がリオを抑えるように、前に出る。

「ありがとー。なになに? みれーちゃんのオトモダチ?」

「そうそう! この子、めっちゃ頭いいの」

 ボロは出さない。静かに、確実に、美麗の息の根を止めてしまうのだろう。

「ごめーん、オトモダチ、借りてくね」

「えー、私たちはぁ?」

「ん、また今度ね」

 高くて、甘ったるい声。胸焼けしそう、と思ったが、無表情で済ませた。

 女の子たちの扱いは、赤髪は手慣れたものだったが、あとの二人は不機嫌そうな顔をして後ろに立っていた。

「行こ」

 と、赤髪の一言に美麗は大人しく頷いて、ついて行った。

「―――リオが、謝りたいって。……ほら」

 カフェの椅子に座って、リオが頭を下げて謝る。

「うん……。ほんとにごめん。あんなこと言われて、救われるわけないって俺も分かってたのに……」

「何で……どうしてわかったの」

「いや分かんないけど、多分死にたいんだろうなぁ、と思ったから」

 俯く。顔を見られたくない。

「……いじめ?」

 金髪は、オブラートというものを知らないみたいだ。

「なぁ、辛いか? お前は、どうしたい?」

「辛くなくなりたい、って言ったら、そうなれるの? できないでしょう」

「助けてやる」

 リオの、茶色がかった瞳が、美麗を捉える。真っ直ぐに、まっさらに、美麗を射貫く。美麗にとっては、風が吹きすぎていった感覚だった。

「どうして、」

 頬杖をついて、ニッ、と笑う。八重歯が覗いて、より幼く見えたけれど、その瞳は子供のようには見えない光を帯びていた。

「辛いだろ?」

「……は……?」

「種類は違うけどさ、痛くて辛いこと、俺らも知ってるから」

美麗は、リオの言っていることが上手く理解できなかったが、自分とリオたちが同じだということは分かった。傷付きながら、藻掻いている。

「馬鹿。そんだけで信用できるわけないでしょ」

 赤髪が呆れたように言う。

「あー、俺は佐々谷 理生。理科の理に、生きる」

 茶髪が言うと、赤髪も微笑んだ。

「俺は横峰彩華さいか

 赤髪の青年は甘い声をしていて、多分女子にモテるんだろうな、と美麗は思った。

「鈴川じん

 ほとんど初めて聞いた金髪の声は、三人の中で一番低かった。

 理生がじっと美麗をみる。美麗も仕方なく口を開いた。

「塚田、美麗」

 満足そうに笑うと理生はミルクティーを啜って、口を離した。

「このままだと、塚田は多分死ぬ。俺はやだ。……辛い?」

 少し顔を引き攣らせて膝あたりのズボンの布を握り締めて、視線をウロウロと移動させる。

 じっとりと汗が吹き出してくる気がする。

「わ、私は」

 呼吸も荒くなっていく。

「私は…………辛くなんてない。悲しくなんかない……」

 三人とも美麗を見つめて、微笑んだ。彩華が笑って言う。

「うんうん〜、頑張ったね」

 おそらく、怒らせてしまうのだろうと思っていた美麗は顔を上げて、息を吐き出した。肺が働き始めた。

「ハイ、これ連絡先。登録しておきなよ」

 彩華が電話番号を書いた紙を渡してくる。おそらく美麗が拒絶することを知っているのだろう。汗ばんだ手で紙を受け取って、無造作にバッグの中に突っ込んだ。

「ねぇ、本当にどうして? 昨日、初めて会った、でしょう?」

 理生は言いにくそうに唇を尖らせた。美麗の顔を伺って、仕方なく口を開いた。

「前に見たことあるんだ。塚田が道路のところでいじめられてるの。多分こいつ、自分で死んでくんだろうな、とか思って……」

 惨めだった。

 美麗の醜い姿を見られたこと、美麗は誰からも好かれていないこと。

 同情されたのだろう。

 膝のスカートを握って、かいた汗をどうにかして落ち着かせた。

 美麗は奢ってもらったキャラメルラテで喉を潤し、目線を別の場所へ移動させる。

「気持ちは、嬉しいけど、何もしないで。いいの、もう」

 理生の横では、もぐもぐとスコーンを食べる迅の姿があった。図体が大きい割に、甘党らしい。

 熊みたい、と思って見ていた美麗の視線に気づいて、

「……いる?」

 と一つを差し出してきたが美麗は首を横に振って遠慮しておいた。

「美麗ちゃん、お腹減った? 何か買おっか?」

「……大丈夫、です」

「あ、そう?」

 しれっと名前呼びする彩華のコミュ力に、美麗は少し感動するほどだった。

「ねねね、さっきの話とは関係無しに、美麗ちゃんと遊びに行きたいな」

 テーブルの反対側から少し身を乗り出して彩華が言うと、理生が顔を顰め、迅は目を細めて彩華を見た。

「塚田、彩華は止めた方がいいよ。女遊びチョー激しいから。こいつの経験人ず―――」

「理生〜。だからモテないんだよ。ピュアな娘になんてこと言うの」

 少し黒い笑顔を出して理生の言葉を遮り、理生を睨んだ。

「ハイハイ」

 まだ不満気だったが、大人しく口をつぐんだ。

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