第2話
今日も海に来ていた。
防波堤の先の方に立ってほけぇ、と口を開けて、青を見ていた。
もう、後悔はない。
小さく一歩を踏み出して、あと一歩―――
「あー! ほら居た! だから言ったじゃん」
「おー、野生的勘冴えわたってるぅ」
昨日の派手髪たちだ。穏やかな海に見合った能天気な声が響く。こんな穏やかな海に見合わないのは、美麗なのかもしれないが、美麗はこの海が好きなのだ。
美麗も思わず振り返って、凝視してしまった。
何故、ここにいるのだ。もしかしたら、不愉快そうな表情が出てしまったかもしれない。美麗は嫌だったけれど、目が合ってだんだんと近付いてくる。
例の茶髪の少年が美麗の顔を覗き込んで、ニコ、と微笑む。
「ハイ、あげる」
ペットボトルのレモンティーだった。多分、近くの道路の脇にある自販機で買ったものだろう。
美麗は舌打ちしたい気持ちに駆られたものの、ぐっと堪えて冷たいペットボトルを受け取った。
「ありがとうございます」
「ね、こっち行こ」
指で砂浜の方を指して、赤髪が言う。
美麗は嫌だった。しかし、いかんせん見た目が怖いので、逆らわずに防波堤から砂浜へと飛び降りた。
制服は昨日の今日なので、ない。学校の緑のジャージで海に来ていた。
三人とも砂浜に制服のまま座り込んで、立っている美麗を見上げた。
「まぁ、座んなよ」
ふっと小さく嘆息して、三人のななめ後ろのあたりに座った。
三人がだらりと姿勢を崩して座り、赤髪に至っては砂をいじっている。バサバサと細かい粒子がとぶ。
前を向いたまま、茶髪が言う。
「死ぬ気だったんだろ」
一言、このたった一言が、美麗の心を凍らせる。
美麗は驚いたものの、目を細めただけだった。
「ちがう」
少年が、ふぅー、と息を吐いて、空に目を移した。多分、彼の目には青色が映り込んでいるのだろう。
「お前の居場所はそんなとこじゃないんだよ」
冷えた声に聞こえたけれど、多分必死に言葉を考えた結果なのだろう。しかし、そんなことに頭を回す余裕などない美麗は傷付いていく。
「あなたに、何がわかるの」
抑揚のない声だったが、美麗が思っていたよりも大きかった。美麗がびっくりしたのはもちろんのこと、少年たちも驚いていた。
そのあと少し間を置いて、茶髪は少し苛立ったようだった。
「ちがう、俺はそういうことを言いたいんじゃない」
―――そんなこと、私の知ったことか。
これ以上ここにいてもどうにもならないと判断して、立ち上がった。と言えば聞こえは良いが、泣きたくないだけだ。
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―――なんで気付いた?
防波堤の隅っこで膝を抱え、眉根を寄せる。
誰にもバレることはないと思っていた。親にも、兄にも。
現に気付く様子はなかったのだ。
自分が死んだところで、どうということはない。悲しんでくれるであろう両親も、兄も、いつか忘れる。いつの間にか、日常が戻ってくる。
―――だったら、
「死ねばいいのに」
唇に乗せた言葉を風が攫っていく。
死んでしまえ―――
それなのに、死ねない。
死んでもなにも残らないということに、どことなく気付いていて。
どうしても、生きていたい。
「……待った!」
慌ただしい足音が、美麗へ迫る。
美麗の襟が強い力で引っ張られて、後ろへごろりと転がる。コンクリートに背中を打った。
「また死ぬつもりなのか!?」
びっくりして、転がったまま固まってしまう。ぱち、と瞬きをして、上を見ると茶髪が美麗を覗き込んでいた。
美麗はぎゅっと眉根を寄せて、唇を歪める。
「今日は違う。物思いに更ける日が、あったって、いいでしょ」
美麗は冷たく睨んで、立ち上がった。
クリーニングで綺麗になったばかりの制服を払って、茶髪を見下ろした。
「邪魔、しないで。今日は、なにも、しない」
「本当だな?」
「当たり前」
茶髪はぐっと黙り込んで、立ち上がって防波堤を去っていった。
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