青を駆けて
天音あおと
第1話
群青の海。淡い青色の空。
目の前が青で埋め尽くされている。
静かな、静かな防波堤。潮の匂い。カモメが鳴く声。遠くのもみじの朱。飛沫があがって、少女に降る。
息を胸いっぱいに吸い込んで―――
話し声が聞こえてきて、海へと近付いてくる。一人の茶色い髪をした少年が防波堤を駆け抜けて、大きな音をたてながら海へと飛び込む。
「…………えっ?」
後ろから二人の青年が笑いながらやってきて、ちらり、と美麗に目を移して、少年が落ちたことを気にする様子もなく、防波堤の先の方へとゆったり歩いていく。
あとから歩いてきた二人は短い金髪とウルフカットの赤髪をしていて、一気に景色が騒がしくなる。
金髪は背が高くて、ガタイがいい。赤髪の方は、金髪ほどではないものの、筋肉が服の上からでも分かる。
髪の毛凄い色だな、と見惚れていると、カモメが降ってくる。白い羽を大きく広げて、少女の肩をかすめていく。
その拍子に―――
ドボン!!
大きく派手な音を立てて、少女が海へと落ちた。
染めたことのないセミロングの黒髪が揺れた。あおい海と白い泡が、目の前を埋めた。
―――そう、これで良い。
どんどん沈んでいった。少女は目を閉じて息を少しずつ吐き出していった。長袖のセーラー服は水を吸い込んで、おもりとなって海底へと引っ張っていった。
太陽の光が、キラキラと移り変わりながら、少女の目に届いた。
きれい、
「―――ゲホッ、ケホッケホッ、」
べっちゃりと濡れた身体のまま、砂浜に引きずり上げられた。細かい砂が皮膚にくっついて気持ち悪い。
「大丈夫?」
低い声が上から降ってきて、顔を上げる。薄い茶色の瞳が美麗の瞳を捉えた。
海へと飛び込んだ少年だ。見た目よりも低い声をしていた。海中で美麗の身体を掴んだその腕も、逞しいものだった。中学生くらいだと思っていたが、もしかしたら自分と同じくらいかもしれない。
咳を繰り返して肺の中に空気を入れながら、目の前の少年を見上げる。
「何で…………?」
「え、何でって…………。人が死んでるとこ見たら、落ち着いて帰れないでしょ」
少年は頭をぷるぷると振って、水を払い落とした。細かい雫が飛び散った。耳についたピアスが太陽光に反射して光る。
どこか悲しそうに聞いた美麗に、不思議がりながらも答えた。
他の二人の青年もやってきて、少年と美麗を覗き込んだ。
「……やばい、九月の海舐めてた」
茶髪がそう言って、身体を震わせた。何で飛び込んだのだろう、と美麗は思ったが黙っていた。
「うーわ、大丈夫? 寒くね?」
赤髪の方はそう言って、金髪の方はタオルを差し出した。茶髪が嬉しそうな笑顔を満面に、上を見上げた。
「あ、ありがとう! 迅にもそんな気持ちがあったんだ」
「お前じゃねーよ」
金髪が切れ長の目を茶髪に向けて、美麗に移す。
無地のタオルは美麗に差し出されたものだったらしい。戸惑いつつもタオルを受け取って、とりあえず顔を拭いた。
茶髪の少年は不満気に金髪を見上げたので、美麗はとりあえず謝った。
「すみません……」
「気にしないでいい」
変わりに金髪が答える。切れ長の目に圧されて美麗は目を砂に向けてつぶやくように話した。
「あの、これ、洗って返します。ご迷惑、おかけしました」
「大丈夫」
「え、でも……」
不安そうに見上げると赤髪が人懐っこい笑みを浮かべて、美麗を見た。
「だいじょーぶだよ。こいつ、言葉少ないけど、大変だしめんどくさいはずなのにいいよ! って言ってるだけだから」
金髪もこく、と頷いて肯定したので、美麗もそこでやっとお礼を言えた。砂から立ち上がって軽くスカートと袖を払った。
「ありがとう、ございました」
「気をつけてねー!」
美麗は大きく頭を下げて、走って去って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます