代償

 朝一番で、長男は帰ってしまった。古都子はどうしようもなく見送ることしか出来なかった。

 ふと、隣りにいた輝琉が「あのさ」とつぶやく。昨日の荒々しさが嘘のように、いつもの愛らしい顔だ。古都子はひとまず胸をなでおろそうとしたが、何故だかできなかった。


「母ちゃん、わりい。俺、帰るわ」


 古都子は慌てて輝琉の腕を掴んだ。「法事はまだでしょ」という自分の言葉さえどこか白々しく感じられた。



「ごめん、大学レポートあるの忘れててさ」



「そんなこと言ってなかったでしょ」



「あのさ。なんでもかんでも母ちゃんに言わなきゃだめなわけ」




 突如、輝琉に昨日の冷たさが戻ってきた。古都子は小さく悲鳴を上げそうになった。しかし。このまま黙って輝琉まで手放したくない。




「違うのよ。でもね。あ、この間の朝ドラ。カップ麺だったでしょ。余っちゃって。せめて食べてきなさい。その前はウイスキーだったかしら。こっちも余ってるの。輝琉お酒は飲むの。あ、そうそう北海道のお菓子も」


「母ちゃん。俺、そういうのまじで要らんから」




 古都子は去っていく輝琉の背中を怖くて追えなかった。玄関の戸に抱きついた。もう、家族が家族として集まることはないのかもしれないと思うとたまらなく虚しかった。


 古都子は叫びたかった。それなのに世間体が頭の端にひっかかって声の出せない自分が恨めしかった。


 空はどこまでも明るく晴れ渡っていた。

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