夢の重さ

「愁は試験受けるの」


 警察の採用試験だ。申し合わせたような間の悪さに言葉が詰まりかけるも、愁士朗は笑顔で繕った。


「いや、とりあえず普通に就活するさ」


 隣の能勢が言葉もなく悲しそうな顔になったのが耐えられなかった。


「大丈夫だって。診断書とったし手術もタイでやりゃ八十万で済むってさ。国内より断然お得。おまけに技術もダンチだぜ」

「そんなに……」

「ばーか。今年のうちに小説で新人賞とるからいいんだよ。そしたらお前のなんかよりずっとでっかいチンコ生やして、さっさと刑事になって、すぐ追い抜いてやるよ。そだ、部下にしてやる。おい能勢、捜査報告はまだか。なんつって」


 嘘だった。トイレや警察学校の風呂のことを考えれば男性器の形成術も受けたほうが良く、するとあと二百万はいる。とても試験の年齢制限の三十歳までに稼げるとは思えなかった。


 小説の新人賞で稼ごうとも考えたが、決して甘い世界ではない。賞金目当てなんて不純な理由だけで取ろうと思ってほいほい受賞できるはずもなく、本気で小説家を目指している人々を想うと自分のしていることは潔くないように思われ日々苦しくなっていた。


 仮に金が工面でき手術が間に合ったとしよう。

 それでも問題は尽きなかった。男性として採用されても、警察学校に在籍して最初の一カ月は基本的に外出許可が取れないというが本当であれば、ホルモン注射を受けるための通院ができなくなる。

 本物の男性器も生来の女性器も失った身体がホルモン不足で更年期状態になるのは容易に想像できた。

 どうにか一ヶ月を乗り切ったとしても、通院のための外出や手術痕などがきっかけとなりトランスであることが露見するかもしれない。その場合普通の男性としての生活、ともすれば人間としての扱いも保障されてるとは言い難かった。

 筋力だけなら努力で幾分か補える。それでも骨格や身長、過去の姿など努力だけではいかんともしがたいことを挙げればきりがなかった。


 逃げては何にもならないと夢に向き合うたび困難の大きさを改めて知る。

 目が覚めてオスになっている奇跡を起こすか諦めて女警にならない限りは絶望的だ。

 十七のときに自分をおそった挫折が再び迫っている。しかも今度は進学のように撤退の体裁を取った遁走は許されない。

 愁士朗は泣き出す前に考えるのをやめようとした。まだ終わったわけではない。百パーセントなどと言い切れるものは存在しない。耐えて粘れば勝機はあると信じたかった。

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