弟の面影
馬場は、署の入り口付近を歩いていた。再生可能な紙の置き場はゴミ捨て場より少し遠い。今は紙束を置きに行った帰りだった。
ふと外を見るとかなり強い雨が降っている。この空の様子なら雷がなり始めるかもしれない。馬場はなんとなく能勢のことを考えていた。彼はこの四月に交番組から異動してきた。当初は同僚も黄色い声をあげていたが、たった半月で嫌われ者になった。彼が何か重大なことをやらかしたというより、見た目ゆえに期待値が高かったのがいけないのかもしれない。少なくとも女性事務員たちの間では交通課のセクハラ係長や地域課の無気力忖度課長よりも酷い言われようだった。
馬場はというと、能勢のことは嫌いでなかった。むしろ好きとも言える。挨拶をしてももそもそと何か呟く程度で顔を合わせようともしてくれないのに不思議だ。数日前の彼のパソコンを思い出し、クスリと笑った。
『被疑者 あああああああああああああ』
あれも資料作成の練習か何かだろうか。今日の昼に覗いたとき彼の姿はなかった。班ごと不在だったから事件なのだろうが、どうにも残念だ。
仕事場に戻ろうとしたとき。外からずぶ濡れで駆け込んでくる近藤と能勢が見えた。馬場は迷わず二人に声をかける。
「すぐタオル持ってきますね」
仕事場から見ていた同僚が後ろにやってきて言った。
「近藤さん狙いなの。彼、親切だものね」
「そうじゃないわ」
「じゃ、もしかして根暗のほう」
「やめて、そんな言い方」
「だってそうじゃない。あんなうどの大木。顔だけの男なんてやめたほうがいいわ。まして刑事なんて。数年後には不規則な仕事が祟ってどうせみんな豚みたいになるんだから」
馬場は会話を続けるのも馬鹿らしくなった。タオルをひっつかみ走る。「刑事たち」よりもよっぽど豚に似た体形の同僚を引き離すのは容易だった。
馬場はタオルを頭からかぶってもそもそと顔を拭いている能勢を見つめていた。やはり、彼は亡くなった弟にどこか似ている。
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