第1章捜し物は古いアンティーク店へ
夏の暑い日差しを浴びてじんわりと汗が滲んでくる。
探しているお店が見つからない。
かれこれ10件は回った。
それでも見つからない。
「本当にこのお店って存在してるよね…」
段々と心配になってきたが大事な役目を担ってしまったので見つけ出すしかないのだ。
それは数日前の話である。
彼女…アリスの住むアパートメントに弁護士と名乗る人間から手紙と簡易的な地図の様な紙と一緒に小さな小包が届いたのだ。
最初は首を傾げたが手紙を見てあぁ、なるほどと直ぐに合点がいった。
手紙の内容は『貴方の養母から遺言と共に預かった品です、これを西の町にあるアンティークショップに持って行って下さい。アンティークショップの名前はアンティカと言います。地図を同封しましたので後はよろしくお願いします。
その他何か御用向きがありましたらこちらまでご連絡下さい。
ローダン弁護士事務所所属弁護士ジェームズ・L・カレン』
必要最低限な内容だけの手紙で知らない人が受け取ればからかわれてると怒って2秒くらいで丸めて捨ててしまうだろう。
養母は昔から言葉少ない人でそんな養母の周りの人間も簡易的なやり取りをするだけでプライベートまでは干渉する事のない人達ばかりだった。
幼い時に見ていた養母はいつも無表情で私の中に誰かを見るように遠い目をした人だった。
少しだけ懐かしい姿が脳裏に蘇るが直ぐに2枚目に同封された地図に視線を落とした。
(西の街って…飛行機で行かないと無理な所よね…なんでまたそんな所に?)
恥ずかしながら今の暮らし向きはどうにか貧乏では無いが旅行に軽々しく行ける程裕福ではない。
アリスは今年大学4期生でありバイトをしながらどうにか単位と学費を捻出して生活をしているのだ。
美容院も1年に1回ぐらいしかいけないので天然パーマのかかった黒髪をポニーテールにして纏めてたまに美容師志望の友人がお情けで整えてくれるのが唯一救いなのだ。
そして現在進行形で就職先を見つけられず途方に暮れている。
「…あれ…もう1枚よくみたら何か紙がある…」
小さいメモのような紙だったので最初は気づかなかった。
『追伸、
旅費に関しては以前預けた手帳をアパートメントの近所にあるパン屋へ見せれば養母が預けた金庫を出して貰えるそうです。信頼してる人間なので使い込まれている事はないでしょうとの事です。』
(これまたご丁寧に…)
心を読まれたのかと思った。
いや、あの人の事だから私の行動くらい把握してるか…とちょっと自分が情けなくなった。
確かに以前養母から手帳を貰った。
分厚い黒革の手帳を。
何か事件の匂いがするって言ったら凄く痛いチョップをうけたのも覚えてる。
何となくそれも開けずに本棚の端っこでホコリを被っていが…
半笑いで本棚から小包に視線を向けた。
片手に収まるサイズの小包で、重さも全然ない。
一体何が入っているのか全く分からない。
手紙にも開けろとか開けるなとか特に指示は無いが何となく開けたくない。
きっとそれが正解と適当に自分に言い聞かせて早速近所のパン屋へ向かうことにした。
実際半信半疑だったが近所のパン屋の店主のおばさんとは養母とよく買い物に行っていたので子供の頃から顔見知りでもある。リーズナブルな値段で売られるパンたちは今のギリギリの生活の食の部分をささやかながら手助けしてくれる有難い場所でもあるのだ。
歩いて10分ぐらいの所にあり、繁華街からも少し外れているので客層は子連れだったり自分みたいな学生だったりが多い。
手帳を持って第一の目的地に着いた。
『ベーカリーマルセイユ』いつもありがとうと心の中で勝手にお礼を言っておく。
ショーウィンドウにも見えるように並べられたパンたちを横目に少し遠慮がちにドアを開けるとチリンチリンと可愛らしくドアベルが鳴って少し小太りの店主の「あぁ、いらっしゃい」という声が響いた。
「おばさん今日は別の用事できたんだけどさ…これ…」
店主に恐る恐る手帳を見せると店主はすこし考える顔をしてすぐに「あぁ!あの預けてた金庫ね!すぐに持ってくるわ!」と駆け足で奥に引っ込んで行った。
数分程待っていると小脇に四角い箱らしき物を抱えて店主が戻ってきた。
「前にアンナさんから預かってたのを思い出したわよ!ほら持っていきな」
よいしょと手渡された金庫はずっしりと重たく両手で抱えないと落としそうだった。
そして久しぶりに養母の名を聞いた。
偽名の方だったが。
実名はアリスも知らない。
「あ、ありが、とうございま!す!」
ヨタヨタとなりながらもお礼を返すと、「これも持って行きなさい!まったく!また痩せて!!」と金庫の上に惣菜パンをどかっと置かれた。
これ以上いるとあれもこれもと渡されそうなので(この店主は学生や子供に対して何でも食べさせようとする)急いで店を出た。
歩きで来たので今から片道10分程をヨタヨタと帰らねばならない。
「他に方法はなかったのかな…!お義母さん!」
養母へ届かぬ苦情を入れてヨタヨタと歩いて家路に着いた。
強盗に襲われなくて良かった。
平和な土地で良かった。
いまほどそれを感謝した日はない。
___
そんな事があり今こうしてアンティークショップを探すに至ったのである。
そしていま現在アンティークショップの様なお店が見つからず絶賛見知らぬ土地で途方に暮れている。
西の町は昔職人街と言われるほど職人の多い町だったが時の流れと共に新しい技術が取り入れられ古い技術を使う職人は段々と求められなくなり今はのどかな田舎…要は周りにお店らしいお店が何もないのだ。
僅かな住居と本当に時々通り過ぎる乗り合いバスぐらいしか現時点でアリスは目撃していない。
「どうした物か…」
流石に歩き疲れて近くの広場にあるベンチに座り景色をボーッと眺めてみる。
ジワジワと汗が滲み歩き疲れて気も抜けてきた。
空を見上げると先程まではとても快晴だったが気づけば今は曇りだ…曇りかぁ…曇りだなぁ…
「雨降りそうだなぁ…」
アリスの呟きを待ってましたと言わんばかりに空からポツポツと雨が降り出した。
(嫌味かな?!嫌味なのかな?!)
アリスは半泣きでどこか雨宿りできそうな建物を探しやがら心で叫んだ。
幸いすぐに雨宿りできそうな古い建物の軒先があったので申し訳ないながらも雨宿りさせてもらう事にした。
「これからどうしよ…」
アリスの心はどんよりと重たい雨雲のようだ。
「おい」
急に低い声が後ろから聞こえてきた。
ビクッとなり咄嗟に振り向くとそこにはだるそうに小窓から半分だけ顔を出した男がいた。
「そこに立たれたら光が入らんから雨宿りなら中に入れ」
抑揚のない低い声に少しだけ怯えたが流石にこのまま外にいる訳にもいかず「お、おじゃまします…」とアリスは遠慮がちに建物の扉を開けて中に入った。
建物に入ってアリスはまず驚いた。
中は何が何だか分からない、というか見た目ガラクタにしか見えない物が乱雑に置いてあった。
「あ、あのー…勝手に雨宿りしてすいません…中に入れていただきありがとうございます…」
恐る恐る男に話しかけるも男は無視して何か作業をしていた。
先程の小窓の所で何かを手に持ってそれをずっと近付けたり遠ざけたりと何をしているのか全く分からない…
(こういう時どうしたらいいの?!)
しばらく無言の時が流れた。
アリスは段々疲れでウトウトしてきたのか近くにあった古い背もたれの無い木製の丸い椅子に腰掛けて男の行動を眺めた。
(何か…あの部品小さい時に見たことあるな…子供の時に遊んで壊したオルゴールの…そうあのオルゴール…)
「オルゴール!!!」
急にアリスは思い出して大声が出てしまった。
はっとして男を見ると男もびっくりした顔でこちらを見ている。
「あ…あっごっごめんなさい!!」
恥ずかしさで顔から火が出そうになりしどろもどろになりながら謝罪した。
「…いや…」
男は無表情でアリスに近づき先程の部品を見せた。
小さいレンズのようにも見える部品でやはり子供の時に壊した部品とよく似ている。
「あ…あの…」
「…これが何だか分かるか?」
急に質問されてアリスの頭の中は混乱している。
(え?なんて返すのが正解?)
「…何か言ったらどうだ?」
「あ、あります!たら多分オルゴールの部品です!!!」
「オルゴール?」
男は怪訝な顔になりアリスを見つめた。
アリスは次になんて答えようか悩んだが正直に「子供の時に壊してしまったオルゴールにそれと同じ部品があったんです…」と答える。
男は視線を部品へと戻してため息をついた。
「あの偏屈な人がやりそうな事だ…」
ポツリとそう呟きアリスは思わず「え?」と声を漏らした。
「すまない、独り言だ。それで、あんたは何しにこの町に?」
男の質問にアリスは「あ…えと…ちょっとお店を探して…」と答えた。
(いや、この人に聞けば分かるかも?!いまがチャンスじゃない!!)
「あの!この町にアンティカというお店ってありませんか?」
アリスの質問に男は無言で先程アリスが入ってきた扉を指さした。
「あ、あの…」
「ここ入る前に見なかったか?アンティカって店はここだ」
「え…えぇ…」
アリスはどうやらやらかしたようだ。
枯れぬ花 カネミー @applea102
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