第2話 嗚呼、ろくでなし

 エルフと二人で森をウロウロしていたら見つけた洞窟ダンジョンを探索している。


「なんか陰気臭いとこっスね」


 壁を張り付いたスライムに短剣を突き刺して急所を潰しながらエルフが言った。

 そうだね。俺は頷く。薄暗いし、出てくるモンスターはスライムばっかで湿っぽいし、なんか黴臭いにおいもしている。正直一歩進むごとにやる気が削がれている。とても帰りたい。ねぇ、帰って飯にしようぜ。


「いや早い、やる気なくすのが早ぇっス。ススキさんが探検しようぜって言ったんじゃないっスか。自分の発言に責任持つっス」

「責任とか俺が一番嫌いな言葉じゃん」

「最悪だなこの人。しかし私スライムって初めて見たっス。雑魚モンスターの代表みたいなもんなのにこの世界にはあんまり居ないスかね?」


 それはアレだな。この世界ゲームのスライムは人工的な魔法生物の一種らしい。だから人為的に配置されてるとこにしか存在しないんだと。


「へー。そんじゃこの洞窟もなんかそんな感じの場所なんスか?」


 どんな感じの場所だよ。言いたいことはわかるが。スライムが持つ機能は物質の分解だ。要するにごみ処理器。一匹作れば分解した物質を原料に増殖するから、魔術師の研究施設やダンジョンの掃除屋として配置されているのが一般的だ。


「じゃあここのボスが魔術師ってことなんスね」


 いや、それはどうだろう。スライムは放っておけばどんどん増えるが、増えすぎると意図しないものまで分解し始める。ダンジョンの場合は他に配置された魔法生物や魔道具なんかだ。なのでそうなる前に適当に間引かなければならない。ダンジョン経営の基本のキだ。


「それができてないってことは、ここにはもう魔術師とかは居ないってことっスか」


 それか相当ズボラなやつが居るかだな。まぁそれはないんじゃないかな。いくら適当な性格のやつだろうと、こんな薄汚い場所をねぐらにしたくはないだろう。


「っスか。じゃあここ何がいるんスかね?」


 ひたすら大量にスライムが居るか、性能がいい魔法生物が分解されずに残ってるってのが相場だな。前者ならともかく、後者の場合はそれに使われてる素材が結構いい値段で売れたりする。

 ほのかにカネの匂いを感じて俺はやる気を取り戻す。オラオラ、ぼさっとしてんなはよ行くぞ!


「ちょ、待つっス!ホント気まぐれだなこの人!」


 そんなこんなでしばらく洞窟をうろついていると、思ったよりは時間もかからず一番奥っぽい場所にたどり着いた。全体的に岩肌がむき出しのダンジョンだったが、この場所だけある程度整備されている。奥の壁にはいかにもという感じの扉が据え付けられて、それを守るように金属を固めて人形にしたようなものが立ちふさがっていた。


「アレがボスっスか。硬そうっスね」


 エルフが嫌そうな顔をする。こいつのスタイルは短剣での急所狙いだ。ああいうゴーレムみたいなやつとは相性が悪いだろう。

 しょうがねぇな。ここは俺が一肌脱いでやりますか。そう言って大鉈を素振りしているとエルフが怪訝な目を向けてきた。なんだよ。


「え、行くんスか。どう見てもススキさんも相性悪いっすけど」


 まぁ普通に考えたら魔法使いとか居ないとマトモにダメージ通らない感じだもんね。でもよく考えてみろよ。こんな小さなダンジョンも管理できず放置するようなやつが作ったゴーレムだぜ?見た目ほど硬くはないはずだ。筋力ステータスを重点的に伸ばしてる俺ならきっと倒せる。


「な、なるほど。じゃあ任せまっス。頑張ってくださいっス」


 任せろ。死ねェーーー!!!

 気勢を上げてゴーレムに殴りかかる。予想通り動きはとろい。狙い通りにゴーレムの頭に大鉈を叩きつけると特にダメージを与えた雰囲気もなく大鉈がぽっきり折れた。あれっ思ったより硬いな。


「ススキさァん!?」


 後ろでエルフが叫んでいる。まずい。めっちゃドヤ顔かまして殴りかかったからここでやっぱダメでしたとか言い出したらめっちゃダサい。

 だが鉈は折れたが俺にはまだこの拳がある。逆に考えればここから挽回すれば滅茶苦茶かっこいいはずだ。鉈を捨てたのはハンデでしたよ、みたいなね?


 くたばれェーーー!!!

 半ば自棄っぱちで拳を叩きつけると、ゴーレムが腕をすっと動かしてその手のひらで受け止める。へぇ、結構機敏に動ける感じなんだ?初撃を避けなかったのは驚異を感じなかったからかな?

 ゴーレムくんが指をキュッとするとその中に包まれた俺の拳がちり紙のようにくしゃってなった。勝てねーわこれ。

 使い物にならなくなった右手を無理やり引きちぎって一歩下がると叫ぶ。


「シロクマァ!こいつは俺が抑えておくからお前だけでも逃げろォ!」


 しかし返事がない。無礼なやつだなって思って振り返るとエルフは顔面にスライムを貼り付けてじたばた藻掻いているところだった。天井に居たスライムに奇襲されたようだ。なるほどね、そりゃ返事できませんわ。

 納得する俺の視線の先でエルフの動きはどんどん力をなくし、やがて動かなくなったのは戦闘中によそ見した阿呆の頭がゴーレムに叩き潰されたのと同じくらいのタイミングだった。

 俺たちは全滅した。


─SystemMessage─

殺人鬼マサカー ススキ が死亡しました▼

狩人ハンター シロクマ が死亡しました▼

90秒後に再出現リポップします▼

─────────


「面目ねぇっス」


 復活してからいつもの店で飯を食っているとエルフが謝ってきた。ダンジョンで先にこいつが死んだことを言っているのだろう。正直謝られることでもないと思ったが、せっかく謝ってくれたので乗っておこう。

 全くだよ。どうせ勝てないならお前を庇った感じにして交換度あげようと思ったのによぉ。


「いや、それは知らねぇっスけど」

「シロクマちゃん、こんなやつに謝る必要ねぇって」

「甘やかすと調子に乗るぞ、こいつ」


 ぶち殺すぞてめーら。今日はこの前絡んできたチンピラ二人と一緒だ。なぜかあの日以来うちのエルフと仲良くなっている。意味がわからん。犯罪の匂いを感じるのでいつでもこいつらを消せるように準備を整えなければ。


「でもやっぱ悪いと思ったら謝るようにしないといけないと思うんスよね。ススキさん見てるとそう思うっス」

「まぁ、確かにな……」

「それすら出来なくなったらこいつみたいになるしな……」


 だからぶち殺すぞ。だが今は愛用の鉈が折れてしまっているので怒りを堪える。流石に素手で武器持ち3人相手はきつい。けっ、命拾いしたな。


「なんでこいつここまで偉そうにできるんだ……?」


 器がちげーんだよ、器が。


左様さよか。しかしゴーレムの居るダンジョンか。いい儲けになりそうだな」


 あん?お前ら行くつもりか?やめとけよ、俺ですら勝てなかったんだぜ。お前らじゃあ3秒と持たねぇよ。


「なんでそんな偉そうなんだよ。お前結構モンスターに殺されてるらしいじゃねぇか」


 まぁね。俺は認めた。でもモンスターが強すぎるのが悪いんだ。運営の調整不足だ。だから俺は悪くない。


「なめらかに責任転嫁するなお前。いやそれはどうでもいいんだよ。俺らに秘策ありって話だ」


 そう言って木製の杖を掲げてみせるチンピラ2号。俺は首をかしげる。そんなもんで殴ってもすぐ折れるぞ?


ちげーよ!殴ることしか知らない悲しいモンスターかテメェは。魔法だよ魔法!俺ァ魔法使いマジックユーザーなの!殴ってダメなら魔法でやっちまおうって話だ」


 あーね。なるほどね。普段馴染みがなさすぎて忘れていた。この世界ゲームでプレイヤーは魔法が使える。そう言うスキルを取得すれば誰でも使えるが、なかなかにコツがいるので実際に戦闘レベルで実用してるやつは結構少数派だ。

 少し見直した。なかなかやるじゃんお前。俺のからあげ一個やるよ。


「いや、いらねぇけど」


 そうか。唐揚げを頬張る。美味い。それで?魔法が使える上でどんな秘策があるんだ?


「え?いや、物理でダメなら魔法で行こうって話なんだが……」


 俺は驚いた。自信満々で言う割にすげぇ考えなしじゃん。捉えようによっては魔法が使えることを自慢されただけのようにも思える。腹たってきたな。俺のからあげ返せよ。


「もらってねぇよ。でも実際変に策練るよか素直にぶん殴ったほうが良いことのが多いだろ。殴り方が変わるだけで」


 それもそうだな。納得した。考えなしとは言ったが思ったよりも考えてたのかもしれない。いやそんなことねぇな。からあげうめぇ。


「急に興味なくすんじゃねぇよ。そんで、俺らこの後その洞窟ダンジョン行ってみようかと思うんだが、どうする、お前らも来るか?」


 野良パに誘われた。どうしようか。少し考えを巡らせる。殺された恨みはあるので復讐したいとは思う。モチベに+1。あんだけ硬いなら素材で一儲けできそうだ。+1。あの洞窟微妙に遠い。-1。洞窟の環境が不快。-1。飯食って眠くなってきた。-1。

 うん。面倒くさいからパス。俺はいい笑顔でそういった。


「こいつ……」

「正直なのも考えものだなぁ」

「なんかすいませんっス。うちのススキさんが」


 居つからお前のになったよ。しゃーねーじゃん。面目なのは面倒なんだから。何ならお前はついてっても良いんだよ?


「うーん、私が言っても役に立ちそうにねっスから。ススキさんが行かないんなら私も遠慮するっス」

「そうか。前衛が増えるとありがたかったんだが、まぁ仕方ないか」

「次の機会があったらよろしく頼むよ」


 俺とエルフで態度が違いませんか。しかし俺の不満はするりと流され飯を食い終わったチンピラたちは旅立っていくのだった。



 復活の泉セーブポイントの近くをうろついていると誰かがリポップしてきた。よく見れば例のチンピラ共だ。せっかくだし声をかける。

 よう、首尾はどうよ。


「ゴーレム、マジつええわ。ありゃダメだ」

「炎も効かないとは思わなかったなぁ」


 ダメだったようだ。まぁそんなこともあらァな。切り替えていこうぜ。飯……には時間がアレだし、飲みに行こう。


「そうだな。飲んで忘れてぇ」

「この世界来てから飲酒の量が増えた気がするなぁ」


 そんなもんだって。さ、いくぞぉ!俺たちは連れ立って酒場に突撃する。


 この世界ゲームはプレイヤーに厳しい。どんなに強くなったって、俺たちはモンスターと戦って、ダンジョンの罠にかかって、ついうっかり簡単に死ぬ。

 そんなときには酒でも飲んで全部忘れるのが一番だ。だからプレイヤーの大半はどんどんろくでなしになっていく。

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七転八倒RPG 小柄井枷木 @emukei

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