七転八倒RPG

小柄井枷木

第1話 彼、あるいは彼女の日常

 森の中でモンスターと戦っている。

 獣のような雄叫びを上げて、身長2mほどの猪頭の人型の怪物オークが突進してくる。あまりにも単調な動きだ。俺はそれをひらりと躱し、すれ違いざまに膝の裏に大鉈を叩き込む。たまらずに膝をつくオーク。


 すかさず控えていた俺の相方のエルフがオークの懐に飛び込み、ひらりと身を翻して短剣でその喉を掻き切った。音にならない断末魔を上げて、オークは倒れ伏すとそのまま動かなくなる。


「ふぅ、思ったよか楽勝だったっスね」


 血を払った短剣を鞘にしまいながら、余裕のある表情でこちらに話しかけてくるエルフ。何ヶ月か前に出会ったときにはゴブリン一匹相手にすら悲鳴を上げて逃げ回っているような有様だったが、すっかりたくましくなったものだ。


 実際、俺の攻撃に合わせて飛び出すタイミングも、的確に急所を狙って短剣を振るう技術も見事なもので文句のつけようがない。だが俺はこいつがエルフの癖に金髪ロングで巨乳の姉ちゃんじゃないことを不満に思ったので文句を言うことにした。

 なんでお前エルフのくせに金髪ロングで巨乳の姉ちゃんじゃないんだよ。


「会話をする努力をしてほしいっス。あと死ね」


 なんて口が悪いやつだ。俺は憤慨した。ただでさえ中学生みたいな体格だし、髪は銀色のセミショートだし肌は褐色で瞳は紅色だしと俺の理想のエルフ像とは180度真逆を行くビジュアルなのに、この上に口が悪かったらもはや褒めるところなんて顔面の造形ぐらいしか無い。正直そこだけ見れば滅茶苦茶好みだ。結婚してくれないかな。ちょっと頼んでみよう。結婚してください。


「情緒不安定なんスか?」


 そんなふうにエルフときゃいきゃい言い合っていた俺は概ね2つのことを忘れていた。一つはオークは基本的に群れで行動するということ。もう一つはこいつらは案外隠密コソコソするのもいける奴らだったということだ。


 警戒を怠っていた俺達は気が付かない間にオークの群れに囲まれていて、同族を殺され復讐に燃えるそいつらに地面の染みになるまで袋叩きにされて死んだ。


─SystemMessage─

殺人鬼マサカー ススキ が死亡しました▼

狩人ハンター シロクマ が死亡しました▼

60秒後に再出現リポップします▼

─────────


「ススキさんが悪いっス」


 街なかの復活の泉セーブポイントで生き返って近場の冒険者の酒場的な店で飯を食っていると、相方のエルフことシロクマがそんな事を言いだした。急に何を言い出すのかと思ったが、どうやらオークにぶち殺されたことを責められているらしい。


 心外だと思った。この世界で俺たちプレイヤーがモンスターに殺されることなんて日常茶飯事だ。オークの群れに囲まれるのはこのへんで活動しているプレイヤーの死因としてメジャーなもので、それを知っていながらのんきにお喋りしていたのが悪いのだ。つまりはあそこで急に変なことを言い始めた俺のせいだった。


 でも歴戦の勇士だろうが運が悪ければぽっくり死んでしまうのものだ、俺も悪かったかもしれないが一番悪かったのは運だ。運が悪かったなら仕方ない。切り替えていこう。


「自分の非を認めない強い意思を感じるっス……」

「そんな顔すんなよ。元気出せって、俺のからあげ一個やるから」

「わーい」


 俺の皿から揚げた肉を一つ奪い取ると上機嫌で頬張るエルフ。ちょろい。ちょろすぎて悪い大人に騙されないか心配になってくる。しかし既に悪い大人に騙された後なので手遅れだ。おいたわしや。

 可哀想なものを見る視線を送っていると、それに気づいたエルフが怪訝な顔をこちらに返す。


「ふぁんふふぁ。ふぃふぃふぉふぉふぁ」

「飲み込んでから喋れや」


 沈黙。咀嚼。嚥下。


「なんスか。一度もらったもんは返さねっスよ」


 いらねぇよ。

 阿呆なことを抜かすエルフの頭の上に浮かんでいるアイコンを押し込む。プレイヤーはみんな頭上10cmほどのところに逆ピラミッド状の物体を浮かべている。こいつを注視すると、そいつの名前やら職業クラスやら簡易な個人情報を確認することができる。あんまりにゲーム的なシステムなので、これ自体もゲーム的なエフェクトかなんかだと思われていたのだが、面白半分で触ってみたやつが居て、その結果なんか普通に実体があることが判明した。


「痛っ、ちょ、やめ、やめるっス!やめろ!」


 なので、こうやって押し込んでやるとピラミッドの先っぽが頭頂部に刺さるのだ。だからなんだと言われれば、こうやって嫌がらせができる。


「おいコラテメェススキ!こんなとこに居やがったか!」

「良くも顔出せたなァ、ここで会ったが百年目だオラァ!」


 時代劇か?エルフとじゃれ合っているとチンピラ二人組が絡んできた。頭の上にはアイコン。プレイヤーだ。チンピラというには異様に整った顔つきをしているが、プレイヤーは基本的に美男美女なので特に有り難みは感じない。


「あのときの恨み忘れねぇからなァ……!」

「とりあえず金返せよテメェ」

「ススキさん、よくわかんねっスけど悪い事したら謝ったほうが良いっスよ?」


 なんか一緒に飯食ってたやつが即断で敵に回ってるなぁ。俺は頭を抱える。そんなに信用が無いのか。


「今更それ言うんスか」

「自分の所業を振り返ってみろよ」

「こいつをナンパした記憶を一刻も早く消したい」


 言われて思い出した。こいつら何日か前に俺にコナかけてきたやつらだ。

 自分で言うのもなんだが俺の見た目はかなりの美少女だ。キャラメイクできるゲームをするとき俺は必ず女性キャラクターを選んで己の嗜好に忠実な容姿を組み上げる。このゲームを始めたときも例外じゃない。その結果自分の理想の美少女の姿で異世界に送られるとは思ってもいなかったが。


 まぁいくら見た目が良くても普段の素行のせいでこのへんで活動するプレイヤーからは基本鼻つまみ者の扱いを受けていたのだが。こいつらは最近このあたりにやってきたらしく、俺のことを知らない様子で声をかけてきた。

 その時になんとなく猫かぶって相手してやったら面白いくらいにデレデレし始めたのでだまくらかして色々貢いで貰い、最終的に面倒になったのでオークの森に突撃させてトンズラこいたんだった。


 俺は嘆息する。あの程度でそこまで怒るなんて……器が知れるってもんだな?


「おおよそ人間の所業として最悪の部類だったが!?」

「怖ぇよ。あいつ、自分が正しいと信じて疑ってない目をしてるよ」

「ススキさん、マジ謝っておこうっス。私も付き合うっスから」


 エルフが完全に俺が悪いと決めつけている。とても悲しい。しかしそれ以上に怒りを覚えている。チンピラ二人組に対してだ。なんの非もないエルフに頭を下げさせようとしている。なんて横暴な奴らなんだ。


「おふたりともマジすまねぇっス。ススキさんが迷惑かけたみたいで……」

「いや、嬢ちゃんが謝るこっちゃねぇよ」

「んだんだ。悪いのは全部ススキのやろげぺっ」


 義憤に駆られた俺はうちのエルフとお喋り始めたチンピラ2号の頭に大鉈を叩きつけた。その場に倒れ伏してビクビクと痙攣するさっきまで命だったゴミに冷たい目を向ける。やがて動かなくなったチンピラからスッと色素が抜け落ちる。一瞬で真っ白になった元チンピラは砂のように形をなくし、風に吹かれるように体積を減らしていき、やがてその場には何もなくなった。今頃泉でリポップしていることだろう。


「何してんスかあんた!?」

「い、イカレてんのかテメェー!?」


 残されたチンピラ1号とエルフがびっくりした顔でこっちを見ている。なんだよ、ゴミを片付けただけじゃんか。


「くそっ、聞いてはいたが話が通じねぇ!殺られる前に殺るしかねぇか……!」

「手伝うっス。気をつけてください、見た目によらず腕力強いっス」


 あれれ?シロクマくん、シロクマくん。武器を抜くのは良いけど向ける相手を間違ってないかい?


「ススキさんのことは尊敬してるっスけど……。やりすぎっス。あんたは私が止める」

「へっ、あいつの周りにもこんなヤツが居たんだな。こいつにためにもテメェに引導をくれてやるぜ」


 剣を抜いたチンピラとエルフがお互いの死角を埋めるように並び立つ。どちらも顔がいいので正直すげぇ絵になっている。主人公パーティみたいだ。いいなー、俺もそこにまじりたい。しかし現実は俺が倒される悪役のポジションだ。

 ぶっ殺してやるァーー!!!奇声を上げながら俺が吶喊して戦闘が始まる前に店の中で騒いでたせいでキレた周りのプレイヤーにフルボッコにされて俺たちは仲良くリポップした。


 プレイヤーが異世界に閉じ止められてからもう結構な時が流れた。時間は慣れを生み、慣れは諦めを生む。

 これは、俺たちプレイヤーがこの世界を惰性で生きる物語だ。

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