第72話 同じ悩み
ライクという青年に教団の闇について話し終え、彼を見送った後、アタシはほぼ自分専用の部屋と化している相談室の自分の席に座った。
エリス様はアタシの運命の相手がいるといった。だからアタシはあいつが……リオンが来てくれたんだと思った。だけど、そこにいたのはライクだった。
エリス様の御言葉は正しい。たしかに今までそうだった。だけどアタシはライクに会って以降、エリス様の御言葉を無視してしまった。
だって。だって、エリス様に従ったら、アタシの運命の相手はライクだとアタシが認めてしまうことになるから。
たしかに彼はカッコよかったし、なんというかオーラがあった。そう、まるで勇者様のようなオーラが。
もし出会いの順番が違ったらなんて考えたみた。だけど今のアタシじゃあこの気持ちをなかったことにはできなかった。
『いい? シルヒちゃん。今度彼に会ったらもっといっぱい話すのよ。そうだ、食事なんて誘ってみたら? 大丈夫、彼は断ったりなんかしないからっ』
食事か。最後に彼に会ったのは、アタシのお気に入りの料理店を紹介して一緒に食事に行った時だっけ。
部屋の外がまだバタバタとうるさい。あのタヌキ親父が倒れてたからなんなのだ。お腹が空いてきたが、どうにも今は食事に行ける雰囲気ではない。別に今更周りにどう思われようとどうでもいいが、流石に今呑気にご飯食べるのは糾弾されてしまう。
そういえば机の引き出しに飴を入れていたのを思い出した。腹の足しにはならないだろうけど、気分は誤魔化せるかもしれない。
「……なにこれ」
机の引き出しを開けると、そこには見知らぬ本が入っていた。表紙には見慣れた字で『我が生涯の秘密』と書かれてある。困惑しつつも引き出しから取り出し、表紙を開けて中を覗いてみる。
「……なにこれ」
この本を発見した時と同じセリフが口から漏れた。しかし、今回はかなり嫌悪が込められていた。
得体の知れない本の中には、アタシも知っているシスターの名前とそのプロフィール、そしてどのような情事だったかを事細かく記載されていた。
中には誰々に引き渡す予定だと書かれてある人もいて、噂は本当だったのだと確信した。
一体誰がこんなのものをアタシの机の引き出しに……もしかしてライクが? いや、そんな素振りも隙もなかったはず。
じゃあ一体誰が……
「あっ」
嫌な出来事だったので記憶から消しかけていたが、そういえば今朝、アタシは倒れる前の司祭の姿を見ていた。その直前、とある新米シスターとお話ししたことも思い出す。
「もしかしてあの娘が……でもどうして……」
新入りなのに何故か親近感の湧く顔をしていたシスター。そういえば気絶している司祭が発見されて以降、彼女の姿を見ていない気がする。
点と点が線で繋がりそうな、そんな感じがする。だけどその細い線をどこまで信頼していいのか分からない。
「……今晩はあのお店に行こうかな」
可能性は低い。だけど、行ってみる価値はあるとアタシは強く思えた。
* * * * *
あたしは料理の腕にそこそこ自信があった。今まで食べてくれたのは家族だけだったけど、いつも美味しいと言ってくれた。
今日ウィルさんの料理を食べて、あたしの腕はそこそこなんだと思えた。だけどウィルさんは「レシピのおかげです」なんてフォローを入れてくれた。
だったらあたしもレシピを取得してやる! そう考え、一旦今日は一人でお父さんたちのもとへ帰ることになったあたしは、例の料理店のところに寄り道していた。
ウィルさんたちの知り合いであることと昼食にここの料理を食べて美味しかったことを伝え、あたしにも何かレシピを教えてくださいというと快諾してくれた。とても優しい店主さんでよかった。
バレンタインにチョコを作るくらいしかデザート作りをしてこなかったあたしは、ご飯もののレシピを教えてもらうことになった。ついでに手を貸してほしいとのことで、作り方を教えてもらいながらお客さんに提供する料理の一部を任された。
お兄ちゃんはこの街でやることは達成したと言っていた。なのでおそらく数日後にはこの街を出るだろう。もちろんそれにあたしもついていくつもりだ。その時、ふとこのお店の味を思い出して食べたいなあとなった時に、パパッとあたしが作ってやるのだ。ふふ、嬉しそうに食べるその姿が目に浮かぶ。
そんな妄想をしながら料理に勤しんでいると、新規のお客さんが入ってきた。厨房からチラッと覗くと修道着を着た女性だった。帽子の中から赤髪が見える。赤髪のシスター……どこかで聞いたような。
最近聞いたはずなのにどうも思い出せない。モヤモヤする。しっかりと手を動かしながらも頭をフル回転させる。
そうしていると店主さんから「もう上がっていいよ」と言われた。店主さんから見て、あたしは完璧に料理を習得していたらしい。
最後にこの料理をあそこのお客さんに届けて欲しいと言われ、例のシスターさんを指差された。あたしはお礼を言って料理を受け取り、シスターさんのもとへ向かった。
「お待たせしました」
「ありがとう……へっ!? ……あ、ごめんなさい。人違いだったわ」
「はぁ」
どうやら彼女はあたしのことを誰かと勘違いしてしまったらしい。「顔を見たら全然違うのに、どうして勘違いなんてしたんだろう」とブツブツ呟いている。
彼女のことが気になったが、お父さんを待たせすぎるのもいけない。そろそろ帰らないととその場を去ろうとしたとその時、「あ、あの!」とシスターさんに呼び止められてしまった。
「お願いがあるんだけど……アタシの話、聞いてくれない?」
「へ? どうしてあたしに?」
「分からない……けど、なんとなくあなたなら話を聞いてくれると思って。どこか彼に似ているし」
シスターさんは懺悔室とかで教会に来た人の話を聞くってけど、逆にあたしがシスターさんの話を聞くなんて。もしかしたら普段聞くばっかりで、自分の話をする機会なんてないのかもしれない。
少しだけ彼女に同情したあたしは、「少しだけなら」と彼女の隣の席に座った。すると彼女はぱぁっと顔を輝かせて「ありがとう!」とお礼を言ってくる。一瞬その笑顔に見惚れてしまった。
「……こほん。それで話ってなんですか?」
「あ、えっとね、その、実はアタシ、シスターやってるんだけど」
「知ってます。その格好していて違うって言われた方が驚きです」
「え、あ、そっか。それでね、実はアタシ、自分で言うのもなんだけど敬虔な信徒でね、エリス様の御言葉は絶対だと思ってたの。でも最近、自分の気持ちがエリス様の意向に反する時があって。ねえ、アタシはどうすれば——」
「自分の好きなようにすればいいんじゃないですか?」
彼女の相談にあたしは食い気味に答える。
正直、途中から聞いていてイライラしていた。つまりは、あれだ。この人はお兄ちゃんと同じ悩みを持っているわけだ。
ふーん。いいですね、お兄ちゃんと同じ悩みを抱えていて。前世にもいたいた。「実はわたしこんな悩みを抱えてるんだけど、たしか竹中さんのお兄さんも悩んでた時期あったよね? お願い竹中さん、お兄さん紹介して!」って感じでお兄ちゃんに擦り寄ろうとしてくる女。
この人がお兄ちゃんと面識あるかは知らないけど、共通の悩みを抱えられているのは厄介だ。その悩みは既に予習済みだし、ここはパパッと解決させてやる。
「で、でも、それだと過去の自分を否定するような気もして」
「だからって
でもでもだってと話が長引く前にそう言い切り、あたしはその場を後にした。
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