第71話 キャラ被り2
少し泣いてしまいそうになったミリヤとの話し合いを終えた。
最後は対面状態にあったミリヤだが、今はまた俺の膝の上に座っている。もちろん俺の腕は腰ベルトとして活躍している。
「ねえお兄ちゃん。お嫁さんが二人もできたけど、あたしを放ったりとかしない?」
「そんなことしないよ」
「差別とかしない?」
「しないよ」
「たまにはこうして甘えてもいい?」
「いいよ」
「……えへへ」
こういったやりとりも短い時間の中で何回目かになる。やっぱりミリヤとしても兄に急に恋人ができていたことに困惑しているのだろう。まあ常識的に考えて、しばらく見ない内に肉親が二人もお嫁さんを作っていたら衝撃を受けるに違いない。
「ねえお兄ちゃん。ウィルさんのこと好き?」
「うん、好きだよ」
「カナリアは?」
「もちろん好きだよ」
「じ、じゃあ、アタシは?」
「好きに決まってるじゃないか」
「えへえへ。じ、じゃあね、一番好きなのは?」
「みんな一番かなぁ」
「違うー誰か一人選んでー、ね?」
難問が来てしまった。
一度に複数人の恋人を作ったときにこういった問題は発生するんじゃないかと思っていたが、まさか恋人外からの刺客が来るとは思わず油断していた。
さっきから上機嫌なミリヤだが、ここで他の二人が一番とか言ったらその機嫌は急転直下なのは確実。かと言って、お嫁さんを差し置いて妹が一番というのも二人に申し訳ないしシスコンここに極まれりって感じがする。
みんなが一番で納得して欲しいなあとミリヤを見ると、俺の視線に気づいてか、顔だけこちらに振り返ったミリヤの目には期待がこもっていた。期待しかなかった。
どうしたものかと考えていると、部屋のドアがコンコンとノックされた。その瞬間、俺の膝から重みが消えた。ミリヤが慌てて立ち上がったのだ。
「リオンくーん、ミリヤちゃーん。話終わったー?」
「お、終わったよー」
「じゃあ入るねー」
そう言って部屋に入ってきたカナリアとウィルの手にはゼリーのようなものが乗ったお皿があった。
「さっき例の料理店で教えてもらったレシピで作ったお菓子だよ! ウィルちゃんが作ってくれたんだー」
「宿の店主さんにお願いしたら厨房を貸していただけたので作ってみました」
「おぉすごい。けど、レシピなんていつ聞いたの?」
「カナリアさんがお店に忘れ物をされて私と一緒にお店の中に戻った時です。すぐにその忘れ物は見つかったのですが、カナリアさんが『お店の人にレシピを聞いてみようよ! 作ってあげたらリオンくん絶対に喜ぶから!』と提案してくださいまして、お店の方も快く教えてくださいました」
「なるほど」
さっきミリヤから聞いたのだが、どうやらミリヤはカナリアと一緒にこの街にやって来たらしく、なんなら俺の居場所をカナリアから聞いたらしい。
街に着いた直後にカナリアは姿を消したみたいだけど、あのとき、俺とミリヤが話をする時間を作ってくれたわけだな。
「あ、ありがとうカナリア」
「ふふ、どういたしまして!」
ミリヤのお礼を受けたカナリアはニコッと笑う。カナリアはやっぱり年下と絡む時は一層お姉さん感強くなるな。
人数分用意されたお皿がみんなに行き届いたところで「いただきます」を言ってウィルが作ってくれたデザートを食べる。
「おぉ。すごい美味しいよこれ」
「ホント最高だよ! ランとお母さんにも食べさせてあげたいなぁ」
「ありがとうございます。でしたら、今度お家にお邪魔した際に厨房をお借りしてもよろしいですか?」
「うん、もちろん! ウィルちゃんはうちの家事の手伝いもしてくれてたし、お母さんも絶対許してくれるよ〜」
「…………」
「あの、ミリヤさん。どうですか? お口に合いませんでしたか?」
ミリヤが一口食べてから一言も話さないため、ウィルが不安そうに質問する。
「あ、えっと、ごめんなさい。美味しいです。ただ……カナリアはご家族をリオンに紹介していて、ウィルさんは既にカナリアの家に溶け込んでるみたいで……」
「ミリヤ……」
もしかして疎外感を感じてしまっただろうか。それは申し訳ないことをした。だけど、これから四人で一緒にいたらみんな同じ思い出を——
「あと、料理上手キャラがあたしと被ってる……もはやあたしの方が負けてるかもしれない……これ、本当に美味しいし……」
また発生してしまったキャラ被り問題。この様子から見て、ミリヤが落ち込んでいた原因の大部分がこちらにありそうだ。
「だ、大丈夫だミリヤ。俺はミリヤの料理も大好きだし、ミリヤにはミリヤだけのストロングポイントがあるよ!」
「……例えば?」
「い、妹キャラとか?」
「なにそれ。他には?」
「……ツンデレ?」
「つ、ツンデレじゃないもん!」
ツンデレを必死に否定するミリヤに、「え?」「流石に、ねえ?」とウィルとカナリアから追撃砲が放たれる。
それにミリヤは機嫌を損ねてしまい、その後三人で彼女の機嫌を直すのに健闘するのだった。
それから数十分後。機嫌を直したミリヤが「そういえば」と話題を振る。
「お兄……リオンたちってエリス教団って奴らを倒しに来たんでしょ? 結局どうなったの?」
「それなら無事解決した、かな。最後の仕上げまではしてないけど」
「最後の仕上げ?」
「エリス教団を裏から操っていた魔物は倒したけど、悪い人間の方はまだ処置していないんだ。そのための切り札は手に入れたけどね」
「そういえばリオンくん、悪事の証拠を見つけたって言ってたね。結局あれってどうしたの?」
「あれ? 教会から帰って来られたとき、その証拠をお持ちでしたっけ? とても小さいものなんですか?」
カナリアとウィルに悪事の証拠の行方について聞かれる。
「いや、そこそこ分厚い本だよ。……実は、持ち帰ってはないんだ。あれを世間に公表したら一瞬で教団の信頼を地に落ちるだろうし、周りから批判を受ける。そしたらもう活動なんてできないよね。それを俺の独断で使用していいのかなって思ってさ。だから教会を出る前に、信頼できる人に渡して来たんだよ。最後は他人任せになっちゃうけど、あとは彼女の判断次第かな」
「……ん?」
「彼女って、もしかしてシルヒさんですか? 確かに彼女なら教会のために良い使い方をしてくださりそうですね」
「そうそう」
「……シルヒ?」
「もしかして里に来てた赤髪のシスターさん? この街で会ったんだ」
「うん。色々教会のこととか聞いたんだよ」
「ヘェ〜」
「ち、ちょっと待って! あたしその人のこと知らないんだけど……誰?」
ミリヤに聞かれて、そういえばまだ紹介していなかったなと思い出す。しかしメインヒロインの一人だよとこの場で説明することはできないし、なんと説明したものやら——
「シルヒさんは教会のシスターさんで、今の教団に不満を持っておられるお方です。あの料理店を私たちに紹介してくださったのもシルヒさんなんですよ。それと、なんでもシルヒさんはあとエリス様の御言葉を聞くことができる神託者みたいです。あとリオンさんのことが——むぐっ」
ウィルが何か不穏なことを言いかけようとした気がしたので、彼女の口を手で押さえて防ぐ。
「リオン、何してるのよ。今ウィルさんが何か言いかけてたでしょ」
「あはは。シルヒは俺のことを信頼してくれてるって言いたかったんだよ。だから俺もシルヒに証拠を託したんだ」
「ふーん。でもそれならウィルちゃんの口を押さえる必要なくない?」
「他人に言われると小っ恥ずかしくてね」
俺の苦しい言い訳にミリヤは「ふーん」と半信半疑といった目を向けてくる。
おっと、もう手を離していいだろう。「ごめんね」と謝りながらウィルの口から手を離すと、ウィルは潤った目で俺を見つめ、耳元に近づいてきた囁いた。
「リオンさん……少し、興奮してしまいました」
どうやら、図らずも、またウィルの新たな扉を開いてしまったらしい。
そして、やっぱり未だ進化し続けるキャラ属性てんこ盛りの最強キャラはウィルなんじゃないかなと思ったのであった。
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