第70話 勇者様御一行16

ミリヤの提案によってハンパルラという街にやってきた僕たちは、到着してすぐにミリヤ(とガルドさん)とは別れて、師匠と一緒に街の中でもかなり目立っている大きな教会に向かった。


ミリヤが言うには、カナリアの里の温泉設備を壊した犯人がこの教会にいるらしい。教会ってどんなものか詳しくは知らないけど、人々に幸福を与える団体じゃなかったっけ。どうしてそんな人たちがあんなことをするんだろう。


教会に着いて中に入ってみると、やたら豪華な内装をされているという印象だったら。良く言うと煌びやか、悪く言うと……少し下品。


おっと、今はそんな品評をしている場合じゃなかった。怪しいところがないか調査をしないと……ん?


聞き込みでもしてみようかと思って周囲の人たちに目を向けると、皆が皆忙しそうにバタバタと動き回っていた。何かトラブルがあったかのようだ。


「はぁ〜。シスターさんたちもあんなドタバタと動き回るんだな、少し意外。しかしそのギャップもまたいい!」

「はいはい。師匠。僕は何があったのか少し聞いてきますね」

「いや待て。お姉さんと話をするなら俺が」

「師匠は話が脱線しそうなのでダメです。それでは行ってきます」


旅に出る前まではあんなに尊敬していたのに、旅に出てから知った師匠の残念な一面がまた露呈していた。しかし、僕もだんだんそんな師匠の扱い方を心得てきた。まあミリヤの見様見真似だけど。


駆け回るシスターさんの中から、何をしていいのか分からずあたふたしている人を選んで声をかけてみる。


「あの、すみません。なんか忙しそうですけど、何かあったんですか?」

「は、はい! 司祭様が個室で気絶されているのが発見されて、誰がそんなことをしたのかって今犯人探しを……あ、これ言っちゃダメだった! ごめんなさい、今のは忘れてください! それでは!」

「あっ……あ、ありがとうございます。行っちゃったし聞いちゃったなぁ」


不満げな表情を浮かべた師匠のもとに戻り、先ほどシスターさんから聞いた話を共有した。


「司祭って言うと、この教会の親分だろ? どうしてそいつが気絶しているんだよ。カナリアはここの教団の人間が悪い奴らって言ってたんだろ? むしろ被害者じゃないか」

「そうなんですよね。もう少し調査するべきだと思うんですが、あまり詳しいことは話してくれなさそうなんですよ」

「この話自体、本当は聞いちゃダメだったんだろうしな。でもな、ライク。こういった大きな組織の中には、上の者に不満を持っている奴が一人くらいいるってもんだ。そいつを見つけ出したらなんか教えてくれるかもしれないぞ」

「そんな人、仮にいたとしてどうやって見つけ出すんですか?」

「それは、だな……その、あれだよ、ほら、えっと……」


僕がそう問いかけると、師匠の目が泳ぎに泳ぎまくった。師匠の剣術は本物だけど、他のことに関しては結構抜けているとこの度で重々知っている。


はぁとため息をつき、どうしたものかと思案に耽ようとしたその時、


「ねえ、あんた」

「ん?」


修道着の中から綺麗な赤髪が見えるシスターさんに声をかけられた。


「ちょっとアタシの話聞いてよ。こっちに来て」


彼女はそれだけ言うと僕たちに背中を向けて歩き始めた。


「おいライク。これって」

「はい。もしかすると、先ほど師匠が仰っていた——」

「逆ナンって奴じゃないか!? ふっ、俺の魅力には敬虔なシスターさんの理性も壊してしまったか。罪な男だぜ」

「僕、先に行ってますね」


早く調査を終えてミリヤのところに戻りたい。あの笑顔でこの心労を癒してほしい。ただただそう願いながら、彼女の背を追いかけた。




* * * * *




司祭の話なんて噂でもなんでも聞きたくなかった。しかし、今回耳に入ってきた情報には少し口角が上がった。


「タヌキ親父が気絶、ね。ふふ、ざまあないわ」


今朝少し嫌なことがあったが、気分がスッとするような痛快エピソードが消えて満足だ。


『司祭ってあいつよね? 私の可愛い可愛いシルヒちゃんをいじめてくるあの男。天罰ってやつよ! 私は何もしていないけど! まあ容姿が醜くて嫌いだったし、どうでもいいんだけどねー』


頭の中にエリス様の御言葉が流れてくる。エリス様もあいつが気絶していたことにお喜びの様子。さすがエリス様だ。やはりエリス様は女神様。エリス様最高。


『それよりシルヒちゃん! 今、あなたの運命の相手がこちらに近づいてるわよ!』

「えっ! 運命の相手?」


驚きのあまりつい声に出してしまい、周りの人たちに訝しげな目で見られてしまった。


運命の相手って、もしかしてあいつのこと? なんだよー、この前別れる時はもう会わないみたいな雰囲気出しておいて、自分から会いにきてんのかよー。まあ? せっかく会いにきてくれたわけだし? アタシから出迎えに行ってあげてもいいかな? なんて!


良いことというのは意外と連続してくるものみたいだ。アタシは気分を最高潮にして教会の入り口へと向かった。


『ほら、シルヒちゃん。あそこにいるよ』

「……へ? あの、エリス様。どちらでしょうか」

『もー、あそこだって! あの黒髪の青年だよ!』


黒髪……? あいつの頭髪は茶色だったはずだけど……。


たしかに黒髪の青年が教会の入り口付近に立っていた。年齢はあいつと同じくらいだろうか。顔立ちがすごく整っていて、まるで神話に出てくる勇者様みたいだ。


脳内にエリス様の『その子だよその子! 話があるって声かけて!』という声が鳴り響くため、困惑しながらもその青年に話しかけた。


「ねえ、あんた」

「ん?」

「ちょっとアタシの話聞いてよ。こっちに来て」


アタシはそれだけ言って、教会の奥へと歩いて行った。


『もー! なにあれ! あんなんじゃ印象悪いよシルヒちゃん! もっと愛想良くしないと! 男を落とす時はキャピってぶりってなんぼなのよ?』


そう仰られても、アタシは彼を落とす気なんてサラサラない。たしかにイケメンだなと思うが、あいつみたいに心にくるものはなかった。


思い返すと、もしかしたら初めてエリス様のご意思に反した行動を取ったかもしれない。その原因があいつだと思うと、自分がすごく乙女に思えてきて恥ずかしくなってくる。


いつもアタシが相談を受けている部屋へ案内した。ここの担当はアタシしかいないため都合がいい。こんな部署を作られて普段は恨めしかったが、今はほんの少しだけ感謝してやる。


二人(もう一人は本当に誰?)を席に座るよう促し、アタシも席に座って互いに自己紹介を始めた。


「はじめまして。アタシはシルヒ。ここのシスターをしているわ」

「あ、はじめまして。僕はライクといいます。そしてこの方は僕の師匠の——」

「ケンガと申します、美しいシスターさん。あなたの綺麗な紅色の瞳と髪に見惚れてしまいました。声をかけてくださったということは、あなたも私の——」

「ライクね。まずは、アタシのお願いを聞いてついてきてくれてありがとう」

「あの……」

「あの、お話というのは?」

「おーい」

「ライク。あなたはどうしてこの教会に来たの?」

「……俺、ハブられてない?」


なんか会話にノイズが入ってくるが、アタシは気にせず話を続ける。


「実は僕たち、この街に来る前に近くの里にいてね。気分を害したら悪いんだけど、そこの温泉設備を破壊したっていう人がこの教会にいるっていう情報を掴んでやって来たんだ」

「そうだったのね。えぇ。その情報はたしかよ」


アタシがそう断言すると、彼は目を丸くして驚いた表情を浮かべる。まさか教会の者がはっきりと肯定するとは思わなかったのだろう。


「実はこのエリス教団には、信義に反した行いをする者たちがいるの」

「もしかして、例の気絶していたっていう司祭様?」

「えぇ」


アタシは先日あの里であいつらが起こしたことを話した。そして、あいつらがどんな手段を使ってお金を稼いでいるかということも。


「なるほど……だから設備が壊されたんですね」

「立派な加害者じゃねえか」


ライクともう一人……誰だっけ? 付き添いの人も納得してくれたみたいで、この教団の闇について把握してくれた。


「しかし、誰がその司祭ってやつを気絶させたんだ?」

「分からないわ。だけど、司祭の部屋が荒らされた痕跡があったみたい。もしかしたら、その人は何かを探すためにあいつを気絶させたのかもね」

「探し物かぁ。シルヒさん。あなたはその人を味方だと思いますか?」

「まぁそうね。あのタヌキ親父を懲らしめる奴はみんな味方よ」

「き、極端だね君は」

「そんだけ嫌いってこと。本当に大嫌い」


それからもう少しだけ互いに情報を共有し、アタシたちは別れることになった。別れ際、


『え、それだけ!? もっとプライベートな情報も共有しようよ! そうしないとこのままじゃ恋人未満どころか友達未満だよ!?』


そんな言葉が脳内に響いたが、アタシはそれを無視して彼らを見送ったのだった。

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