第69話 主人公

「それってミリヤちゃんもリオンくんのお嫁さんになるってこと?」


聞きたかったが俺の口からは聞き出しにくかったことをカナリアが代わりにしてくれた。


カナリアの質問を受け、ミリヤは一瞬硬直した後、ボッと顔を紅潮させて慌てたように両手をわたわたと振りながら首を横に振る。


「ち、違う! そういう意味で言ったんじゃないから! そ、それに、あたしは別にリオンのことは家族として好きなだけで、異性として好きなわけじゃないし……」

「じゃあどういう意味で仰ったんですか?」

「そ、それは……そう! 今後もずっと一緒にいたい相手ってだけ! それだけなんだから! もう離れ離れにはなりたくないの!」

「それって私たちとどう違うんでしょうか……」

「ウィルちゃんウィルちゃん。乙女心は複雑。ミリヤちゃんの心も複雑なんだよ。だからここはそっとしてあげよ」

「カナリアは変に優しくしないで!」


乙女心というか、妹心というか。


もしかしたら、前世で俺が先に死んでしまって、ミリヤ……楓には寂しい思いをさせたのかもしれない。だから、こうして再会した俺と離れたくないんだろう。その気持ちは俺の中にも確かにある。


今更ながらに気づく。前世の俺って別に楓に嫌われてなかったのでは? こうして好意を向けられるぐらいだし。でも、だとしたらどうして急にあんな感じになっちゃったんだろう。……反抗期だったとか?


「とにかく! あたしもお兄ちゃんと一緒にいるの! この先ずっと一緒なの!」

「ミリヤちゃんのお兄ちゃん呼びキタ! 可愛い! ねえねえ、ワタシのことお姉ちゃんって呼んでよ」

「よければ私のこともお姉ちゃんと……」

「う、うるさい! 絶対に呼んであげない!」


カナリアとウィルのお姉ちゃん呼び要求をミリヤはキレ気味に拒絶する。


うーん。やっぱり反抗期なのかもしれない。それも今も続いてる感じの。


「ねえ。お兄……リオンとふ、二人っきりで話したいことがあるんだけど」

「俺と二人きりで話したいこと……あぁ」


ウィルとカナリアの前で話せない内容と言えば、前世のことだったり、あとはこの世界のことか。


「ごめん、二人とも。ちょっとミリヤと二人で話してもいいかな?」

「はい。私は構いませんよ」

「ワタシもOKだよ! 兄妹が感動の再会を果たしたんだし、積もる話もあるよね!」

「ありがとう、二人とも」


二人は俺たちの頼みを快く受け入れてくれて、部屋を出ていき、俺とミリヤだけにしてくれた。


しかし改めて二人きりになると少し緊張してしまう。しかし、ここはお兄ちゃんとして俺がリードしなければ!


「あ、あの——」

「ねえ。そこに座ってよ」


会話を繰り広げようとしたその瞬間、ミリヤにベッドを指差されながらそう言われた。


別に断るような内容ではなかったので、椅子から立ち上がり、望み通りベッドに座る。すると、ミリヤも椅子から立ち上がり——俺の膝の上に座った。


「えぇ!?」

「ちょっと、動かないでよ。落ちちゃうじゃんか」

「あ、うん。ごめん」


ミリヤは俺に背中を向けて座っているためその表情は見えないが、心なしか嬉しそうだ。そういえば昔はこうして一緒にテレビとか見てたっけ。


「……ねえ。落ちちゃうって言ったじゃん」

「え、だから動かないようにしてるんだけど……」

「支えてって言ってるの! ほ、ほら、腕を回して!」


ミリヤに促されるままに、彼女の腰に腕を回す。すると確かに安定性が増したように思える。


「……えへ、えへへ」


ミリヤは浮いた自分の足をパタパタと動かし始めた。いくら安定性が増したといっても、動くなと言った本人が動くなんて。まあこういう時に何も言わずに受け入れるのが兄の役割なわけだ。だから俺は何も言わない。決して逆ギレを恐れて抵抗しないわけではない。


「それで、話したいことって」

「えへへ……ん? あ、えっと、なんだっけ……」

「なんだっけって」

「ど、ど忘れしただけだから! ……そう! この世界のこと! ここってやっぱりお兄ちゃんが遊んでたゲームの世界なんだよね?」


お兄ちゃん呼びに戻ってる。もしかして二人きりの時はお兄ちゃん呼びになるのだろうか。


「うん、そうみたい」

「それじゃああの日……ううん、その前から。ライクに剣術の修行させたり、あたしにモルフォの習得をさせないようにお願いしてきたり。何が起きるか知ってたから、それを防止するために動いてたの?」

「そんな感じ、かな。これが正解だったのかは分からないけど」

「教えて。この世界について。お兄ちゃんが動かなかったら、何が起きてたのかを」

「……うん。いいよ」


正直、その申し出は助かった。俺だけが知っている情報。他の人に言うことはできない情報。これをずっと一人で抱え続けるのは辛かった。だから、誰かにぶちまけたいと思ったことは一度ではなかった。


俺はミリヤに話した。


この世界は前世で俺がやっていたゲーム『エルドラクエスト』の世界だと。そのゲームのシナリオ通りだと、あの日、村の人は主人公ライク以外死んでしまう運命だったこと。ライクが助かった理由は、ミリヤがモルフォを使用して代わりの犠牲になったからだということ。その悲劇を防ぐために、ライクの剣術を事前に鍛えさせていたこと。そして、ライクの勇者としての才覚を覚醒させるために、ミリヤを傷つけることであいつの怒りを引き出そうとしたこと。


「……そっか。だからあたしに……」


俺の説明を聞き終えたミリヤはそう呟くと、自身の首の右側を右手で触る。自然と視線が誘導されてそこを見ると、何か鋭利なもので刺された後のような傷があった。一瞬、その傷をつけた者に対して怒りが湧いてきたが、話の流れ的にも、そしてその箇所に見覚えがあったことから、その傷は自分自身がつけてしまったものだと察し、頭に溜まってきていた血がサーッと下がっていくのを感じる。


「その傷……ごめん。俺のせいだよね」

「……うん。でもいいの。これは」


ミリヤはそう言ってその傷を優しく撫でる。それがなぜか愛おしいものに触れるような仕草に見えた。


「お兄ちゃんの話も聞かせてよ」

「俺の話?」

「うん。村を出てからこの街に来るまでの経緯は分かったし、道中どんなことをしてきたかはさっき聞いたけど、どうしてそんな行動を取ったのかなって。もしかしてカナリアたちと仲良くなりたかったから?」

「いやいや、それは偶然で。むしろカナリアについてはあまり仲良くならないよう意識はしていたというか……」

「それでどうして恋人、ましてやお嫁さん相手なんかになるのよ」

「ごもっともです」

「ウィルさんに対しては特に意識してなかったんだ?」

「はい……まあ、ウィルはメインヒロインじゃないから」

「メインヒロイン?」


あぁそうか。ミリヤは『エルドラクエスト』をプレイしていないのだ。この作品のメインヒロインたちのことも知らないか。


「えっと、この作品の主人公、つまりライクは魔王討伐の旅の道中でメインヒロインと呼ばれる女の子たちと出会い、恋に落ちて、一緒に魔王を討伐するんだ」

「どうしてお嫁さんと一緒に魔王を倒しに行くの? 男の仲間とかいないわけでしょ?」


それは元R-18のゲームだからとしか言いようがない。でもそれを教えたら本当に嫌われそうだから「そういうゲームだったんだよ」とだけ答えた。


「メインヒロインは七人いるんだけど、その内の一人がカナリアなんだよ」

「ウィルさんは違うの? あんなに可愛くて綺麗な人、あたし前世含めて初めて見たよ」

「ウィルはヒロインではあるんだけど、メインじゃないんだよ。だから勇者パーティーには参加しないんだ」

「ふーん。まあ、モブじゃないだけ納得かな」


ミリヤの言う通り、ウィルはモブキャラとしてはオーバースペックなのだ。メインヒロインに昇格できなかったのは、何か製作陣の意図が見受けられる。


「ウィルとの馴れ初めはさっき説明した通りで、森の中で倒れていたところを助けてくれたお礼にエルフの森を救って、その過程でウィルが森の加護を失ったこともあって、今後一緒に生きていくことを決めたんだ」

「……ふん。まあ、それは仕方ないことだよね。むしろ、そこでウィルさんを見捨てていたらお兄ちゃんのこと嫌いになってた」

「絶縁とかじゃないんだ」

「しないよ。あたしが更生させないと誰がするのよ」


気がついたら妹が姉になってそうな雰囲気がした。気を引き締めないと。


「カナリアはメインヒロインだからあまり仲良くなっちゃいけないって思ってたんだけど、ウィルを救出する過程で行動を共にすることになって、最後は、うん、ちょっと熱烈なアプローチを受けてさ」


熱烈なアプローチの詳細を妹に話すわけにはいかず、最後の方は少し口篭ってしまった。


「どうしてメインヒロインだから仲良くなっちゃダメなの?」

「そりゃ、彼女のはライクと結ばれて、あいつと一緒に魔王を討伐する運命にあるんだから。そのシナリオを俺が壊したらいけないと思って——」

「は?」


突然、ミリヤの低い声が俺の耳に届いた。ミリヤは俺に寄りかかっていた体を起こし、首だけ振り返って細い目を向けてくる。その状態でしばらく睨まれた後、ミリヤは俺の膝の上から退いて立ち上がり、体全体をこちらに向けた。


「なにそれ。ライクと結ばれる運命? 誰がそれ決めたの」

「誰って、この世界を作った人だよ」

「じゃあお兄ちゃんはその人に会ったの? 頼まれたの? カナリアたちとライクが結ばれるのを邪魔しないでくれって」

「えっ……いや、別に誰にも会ってないし頼まれてないけど」

「……はぁ。ねえ、リオン。あんた何様?」


何様って、どういうことだろう。俺はただ、ライクには彼女たちと魔王を倒してもらうというシナリオに沿ってもらいたくて……あれ。もしかして、これって俺のエゴ?


「この世界は確かにあんたが前世にプレイしたゲームの世界かもしれない。だけど、一つ違う点がある。——この世界にプレイヤーなんていないんだよ。みんながみんな、一人ひとり生きているんだよ。お父さん、人前では気丈に振る舞ってるけど、あんたがいなくなってから夜に一人で落ち込んでるんだよ。カナリアも一人の女の子としてあんたに恋をして、今こうして恋人になれてすごく幸せそうに見える。あんたはそんな彼ら彼女らの姿を見て、まだシナリオがとか言えるの?」

「…………」


何も言えなかった。ミリヤが言うことは全て正論だった。俺は、いつしか彼らをゲームの世界の住人だと認識していた。彼らも俺と同じくこの世界に生きる一つの生命なのに。


「それに、あの日あんたはあたしたちを救うために、そのシナリオを大改編しちゃったんでしょ。だったら、最後までその責任持ちなさいよ」

「……うん。だから俺は、勇者一行の進行だけは邪魔しないようにと思って」

「そうじゃないでしょ。もうあの時点で、あんたの知るシナリオじゃないの。その通りに動いてもダメ。……さっき、お父さんたちのことをちゃんと考えてあげてって言ったけど、それはあんたにも言えること。もっと自分のことも考えてよ。自分の人生の主人公は自分なんだよ」

「……俺が、主人公?」

「うん」


そこでミリヤは俺のことを抱きしめてきた。それはとても優しく、なんだか心が落ち着いてくる。


「お兄ちゃんにとっての主人公はお兄ちゃん。あたしにとっての主人公はあたし。だから、自分の好きなように動いていいんだよ」

「俺の、好きなように……」

「頑張ったね、お兄ちゃん。お兄ちゃんは昔から人を切り捨てるような考えが苦手なくせに、一人で責任を抱え込んでここまで頑張ってきたんだよね。でも、もういいんだよ。自分の人生だもん。どうしてあたしたちがこの世界に前世の記憶を持って転生されたのかは知らないし、もしかしたら何か宿命を持たされているのかもしれないけどさ、そんなのあたしたちは知らないんだから。仮に何かあったとしても伝え忘れた神様のせいだよ。……もし何か失敗したら、あたしがフォローしてあげる。お兄ちゃんを支えてあげるのが、あたしの宿命だからさ」


俺は目から溢れ出ようとする涙を堪えながら、目の前の偉大な妹を抱きしめ、「ありがとう」と震える声でお礼を言った。

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