第68話 禁断の
目の前のセーラー服を着た少女の顔は俺の前世の妹である楓のそれで、俺のことを「奏人」と呼んだ。
彼女のが楓であるという条件は揃っている。しかし、どうして楓がその姿そのままで俺の目の前にいるのだろう。俺は転生して姿は変わっているし、そもそもどうして俺の前世に気付いたのだろうか。
「本当に楓なのか……?」
「そうだよ。何度も言わせないでよ」
「いやでも、楓がこの世界にいるはずは……」
「だってあたしも転生したんだもん。お兄ちゃんもでしょ?」
「転生……でも、その姿」
「あぁ、これね。ちょっとこっち来て」
楓(?)に腕を掴まれて、近くの路地裏に案内される。現状、得体も知れぬ相手ではあるが、この姿相手だとどうしても抵抗できない。
路地裏に入ると、彼女は周りを見渡す。「誰も見てないね」と呟き、自信に手を当てて魔法を唱える。
「——モルフォ、解除」
「えっ、モルフォの解除って……ミリヤ!?」
目の前にいた少女の姿が現世の妹の姿に変わった。前世の妹の姿が現世の妹の姿になって、え、どういうこと?
「楓がミリヤで、ミリヤが楓ってこと? やばい、頭が混乱してきた」
「バカお兄ちゃん。竹中楓は死んで、こっちの世界のミリヤとして転生したの。またお兄ちゃんの妹としてね。今度は義理だけど」
「……そうか。ここにいるってことは、楓も……」
「うん。お兄ちゃんが亡くなった一年後に、同じ病気でね。仕方ないよね、遺伝性だったし」
「……そっか」
俺の前世での死因を知っているあたり、本当に楓っぽい。もちろん俺の記憶を覗かれて、それを利用して騙している何者かという可能性もあるが……なんとなく、根拠はないが、彼女の言うことはは信用できる。
でも、一つ気になる点がある。
「楓って最後の方俺のこと『お兄ちゃん』って呼んでたっけ」
「っ! べ、別にいいじゃん! そうした方が、あたしがあんたの前世の妹だって分かって貰えると思ったの! 楓っていう名前忘れてる可能性もあるかと思ったし」
「忘れるわけないじゃん、大事な妹の名前を」
「……そ、そうだよね。兄が妹の名前を忘れるわけないよね、忘れたら兄失格だもんね、もしそうなったら死で償わないといけないぐらいの大罪だもんね」
「そんなに重い罪だったとは知らなかったよ」
顔を赤くさせたミリヤの口から放たれた衝撃の事実に苦笑する。
ミリヤはこほんと咳払いをした後に、これまでのことを話し始めた。
「気がついたら、あたしはミリヤに転生していたの。この世界がお兄ちゃんのプレイしていたゲームの世界だって気付いたけど、あたしは詳しく知らないし、とりあえずミリヤというキャラを演じてた。そしてある日、お兄ちゃんがお兄ちゃんになって……最初は認められなかった。あたしのお兄ちゃんはお兄ちゃんだけだから」
ややこしいな……と思ったが、ここで口を挟むと怒られそうなので黙って話を聞き続ける。
「でも段々、リオンっていうお兄ちゃんがあたしの中に形成されていっているのを感じて……抵抗するために、冷たく当たっちゃってた。ごめんね」
「ううん。気にしてないよ。それに、そこまで俺のことを兄として大事に想ってくれてて嬉しいよ」
「……ありがとう。そしてあの日、魔王軍があたしたちの村を襲撃してきた日に、お兄ちゃんのことを思い出したの。それがリオンの姿に重なって……もしかしたらって。でもありえないと思ったし、あの時はリオンを逃さないとって思ったから見送った。けど、やっぱりどうしてもリオンがお兄ちゃんだとしか思えなくて、あの日からずっと考えてた。だから、こうして確かめるためにライクの旅についてきて追いかけて来たの」
「……なるほどね」
あの頃には俺の正体に気づき始めていたのか。一方で俺はミリヤの正体に気づくことができなかったことが不甲斐ない。
やはり彼女の言葉は全て偽りない本物のように聞こえた。そもそも存在するのか知らないが、相手の言葉が真実か判別するような魔法を使う必要もなさそうだ。
やっぱり俺は彼女を、ミリヤを、楓を信じることにした。
「俺はミリヤの兄のリオン。だけど前世では竹中楓の兄の奏人。うん、楓の予想通りだよ」
「お兄ちゃん!」
ミリヤは俺に抱きついてきた。そしてそのまま甘えるように俺の胸に頬を擦り付けてくる。昔の楓もこんな感じだったなと懐かしくなる。
「ねえ、お兄ちゃんも抱きしめてよ」
「うん」
「頭も撫でて?」
「あ、うん」
こんなに甘えん坊だったっけ。最後の方の印象と違いすぎて少し困惑してしまう。
「そういえば、モルフォ習得したんだね」
「う、うん。お兄ちゃんが出て行った後に、ちょっと当てつけのつもりで」
「あぁ、そういう……まあ、あの日までに習得していなかったんなら、俺の頼みを聞いてくれたのと変わらないよ。ありがとう」
「べ、別にお兄ちゃんのためとかじゃなくて、使い道もないから習得しなかっただけだし」
急にツンツンしちゃった。むしろこっちの方が最近は馴染みがあるけど。
「ところでお兄ちゃんどうしてこんな所に立ってたの?」
「あー、それは……」
ウィルとカナリアのことをどう説明したものだろうか。正直に答えるしかないけど、なんとなくそのままを伝えると怒ってしまいそう気がする。
答えあぐねいていると、大通りの方から「リオンさーん?」という声が聞こえた。それはミリヤにも聞こえていたみたいで、二人してそちらの方を振り向く。
その声はどんどん近づいてきて、遂にその声の主の姿が現れた。
「あっ、リオンさん! カナリアさん、リオンさんこちらにいらっしゃいました!」
「カナリア……? ていうかあの娘……」
ミリヤがウィルを見て何か思案顔をしているが、俺はそちらに気を回す余裕はなかった。俺にはもう限られた時間しかない。頭をフル回転させて良い紹介の仕方を考えるのだ。
「おっ、リオンくんにミリヤちゃん! 感動の再会は済んだ?」
「カナリア……なんで、あなたもここに? 予定があったんでしょ?」
「ふふふ、ごめんねミリヤちゃん。予定はもう達成したんだ。——ワタシの恋人と合流するっていう予定がね!」
「は?」
「お姉ちゃんって呼んでね!」
「は?」
「お姉ちゃん……? もしかして、あなたがリオンさんの妹さんですか? はじめまして。私、ウィルと申します。私もリオンさの恋人さんをさせていただいております。ちなみに一人目です」
「は?」
俺が紹介する前に、各々が自己紹介してしまいました。ミリヤの顔に青筋が立っています。
「ミリヤ、お腹空いてないか? 俺たちはもう食べたけど、ミリヤがまだなら——」
「リオン。話聞かせて。ね。皆まで言わなくてもわかるでしょ?」
「はい」
「あとお腹空いたから、ご飯食べたい」
「喜んで準備させていただきます」
ミリヤに冷たい目を向けられ、俺は有無を言わさず妹の言うことを聞くマシーンと化したのだった。
* * * * *
例の料理店で料理を一人前テイクアウトして、俺たちは宿の部屋へ戻ってきた。
そして食事中のミリヤに、ウィルとカナリア二人とどういう経緯で今の関係になったのかを説明した。最中、ミリヤは常に冷たい視線を俺に注いできていた。
「そんなわけで、二人と恋人の関係をさせてもらっています、はい」
「ふーん、なるほどね」
説明を終えるとほぼ同じタイミングで食事を終えたミリヤは、体をこっちに向き直す。
「あたし、リオンを探している間に少しはあんたの心配していたんだけど、ふーん、そうなんだ。女の子といちゃこらして楽しんでたんだ」
「いや、それだけじゃないですけど……」
「でも恋人なんか作っちゃってるよね? しかも二人も」
「はい。その通りです」
先ほどから俺の呼び方が「お兄ちゃん」から名前に変わってしまったし、何より威圧感がすごい。そのため、ついつい敬語になってしまう。
それからミリヤは何か考え込み始めた。彼女が何か言葉を発するのを、俺たちは重苦しい空気の中じっと待ち続ける。
数分後、彼女は「はぁ」とため息をついた。
「あたしはお兄……リオンを引き戻して、またお父さんと一緒に暮らせればなって思ってた。でも、あんたはそこの二人と一緒に暮らすつもりなんでしょ」
「……はい」
「うん、分かった。じゃあ、あたしもその中に入れて。ううん、入るから」
「……へ?」
それは……どういう意味でしょうか。俺とウィルとカナリアの輪の中に入るということ? それはつまり……
妹が嫁になるって、ことですか?
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