第67話 勇者様御一行15

ハンパルラに着いて、カナリアが急に姿を消した。あたしがそれに気づいた直後、お父さんもそのことに気づいたようだ。


「あれ、カナリアは?」

「本当だ、いないね」

「わかんない。気づいたらいなくなってた。なんか用事があるみたいだったけど」

「あ、なるほどな。ここまで来るのに世話になったし、お礼を言いたかったんだがなぁ」


いなくなってしまったのなら仕方がない。まあ、彼女もこの街にいるだろうし、また会えた時にお礼を言えばいいだろう。


「それで、里の温泉設備を襲ったっていう悪い奴らはどこにいるんだっけ?」

「カナリアが言うには、あの教会を運営するエリス教団っていう団体みたいだよ」

「え!? ってことはあの教会に行くのか!? おっしゃあ待ってろよ修道着のお姉さん!」

「ケンガ。あの人たちはそういったお店のお姉さんじゃないからな」


お父さんが呆れ気味にそう言うと、ケンガさんは「わかってるよ」と軽く返事をする。本当に分かっているのだろうか。


「ミリヤは危ないし、別行動にするか?」


突然、お父さんがそんな提案をしてきた。ヘストイアの時あたしだけ避難していたし、その提案自体はおかしくなかったが、どこか違和感があった。


それに食ってかかったのはライクだった。


「えっ……いや、でもさ、こんな右も左も分からない街でミリヤを一人にするより、一緒にいた方が何かあった時に助けられませんか?」

「もちろん一人にはしないさ。そうだな。やる気もあるようだったし、勇者であるライク、それと目的は別だろうが行く気満々のケンガの二人に教会の調査をお願いしよう。ミリヤにはワシがついておく」

「……わかりました」

「よっし、そうと決まれば行くぞ、ライク! お姉さんたちが俺たちを待っている!」

「恥ずかしいですよ師匠。本当に自重してください、お願いします。……それじゃあ、ミリヤ。行ってくるね」

「うん。気をつけてね、ライク兄ちゃん」


ライクはあたしたちに手を振って、ケンガさんと一緒にあの大きく目立つ教会へ向かっていく。あたしも手を振って彼らを見送る。


彼らの姿が見えなくなった頃、隣に立っているお父さんが「さてと」と話を切り替えるように呟く。


「ミリヤ。お前にもやるべきことがあるんだろ?」

「えっ?」


お父さんの発言に驚き、バッと勢いよくお父さんの方を振り向く。お父さんはその強面の顔からは想像できない、けどあたしはこれまでにたくさん見てきた優しい笑みを浮かべていた。


もしかすると、お父さんはあたしがハンパルラに行こうと言い出した理由を知っているのかもしれない。そう考えると、今朝の様子も納得がいく。


「いいの?」


何がとは言わない。けどお父さんは「あぁ」とだけ答えてくれた。


やっぱりお父さんは分かっているのだ。分かっていて、あたしのやりたいことを尊重してくれているのだ。


「ありがとう! じゃあ行ってくるね!」

「気をつけてな。ワシはそこの店で休んでるから、終わったら来なさい。一人でも、複数人でもな」


複数人。つまり、あたしとあいつが一緒に、ということだろう。


「分かった! お父さん大好き!」


つい感極まって普段は口にしない言葉を言ってしまう。顔が熱くなっていくのを感じたが、目の前で顔を真っ赤にして顔を隠す、あたしより恥ずかしそうなお父さんの姿を見て冷静になってきた。


また三人で暮らせたらいいな。




* * * * *




ライクが言っていたが、ハンパルラはあたしにとって右も左も分からない街で、しかもかなり大規模だ。あいつを探すのは苦労するだろうなあと思いながら、なんとなく選んだ道を進んでいく。


兄妹揃って同じ世界に転生して、義理ではあるがまた同じ兄妹になれたのだ。あたしたちの間にまだその縁が生きているのなら……なんて、柄でもないことを考えていた。


けど、今後はスピリチャル系を信じてやってもいいかもしれない。だって、すぐに目的の人物を見つけることができたのだから。


とある料理店の前に立っている茶髪の青年。ライクのようなスター性はないが、あたしの視線はその一点に惹かれて外すことができない。けど、心なしか顔つきが変わったというか、男らしくなったというか……かっこいい。


こんな気持ちになるのはなんか悔しい。なんだか腹も立ってきた。少しイタズラでもしてやろうか。


……そうだ。ふふふ。良いことを思いついた。あいつがどんな顔をするか想像するだけで笑えてくる。


あたしは路地裏に入り、周囲に人がいないことを確認して自身に魔法をかける。


「——モルフォ」


あたしの記憶を掘り返して、奥底にある前世の自信の姿を思い浮かべる。そしてモルフォを自身にかけることで、この世界に竹中楓の姿が現れる。


なんとなく高校の制服姿にした。この世界にこういった服はないから目立つだろうし、これに強く反応するってことはあたしと同じ前世の記憶があるって考えることができる。


それに……初めて着せて見せた時、お兄ちゃんがたくさん褒めてくれたし。


すぐに路地裏から出て、ゆっくりと料理店に近づいていく。心の中のあたしが急げ急げと叫んでいる。けど声だけじゃなくて鼓動もうるさい。心の準備ができるようゆっくり歩かないと心がもたない。


あと百メートル。あと十メートル。気のせいだろうか、あいつもあたしのことをじっと見ている気がする。いや、絶対に見ている。それに……ふふっ。目が点になっている。やっぱり、そうなんだ。


心なしか歩行の速度が速くなっていく。心臓はむしろさっきよりうるさい。けど自分の身体をコントロールすることができない。


手を伸ばせば届く距離にまで近づくと、あいつは……お兄ちゃんはあたしの顔を見て目を見開く。そして、


「……楓?」


あたしの前世の名前を呼んでくれた。呼んでくれた!


感情が昂るのを感じる。自然と目から涙が溢れてくる。けど、泣き顔で再開なんて嫌だ。感動の再会は笑顔でしたい。


あたしは無理やり、それでもなるべく可愛く笑顔をつくり、


「やっぱり、お兄ちゃんなんだね。そうだよ。楓だよ、奏人お兄ちゃん」


目の前の少年の前世の名前を呼んだ。

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