第66話 再会

想定よりあっけなくスーブックの討伐が完了した俺は、司祭の悪事の証拠を抱えて教会を後にした。


この街では修道着を着ていても目立たないため、周囲に何の違和感も持たれずにウィルの待つ宿まで辿り着くことができた。しかしその道中、心臓がバクバクと激しく鼓動していたのを感じた。


そのため、変に目立たないように走ったりはしなかったのだが、宿の部屋に入った頃には息切れをしていた。


「はぁはぁ……た、ただいま」

「リオンさん! おかえりなさい……大丈夫ですか?」

「……はぁ。うん。怪我とかはしてないよ。この息切れも、緊張していたからだからさ」


俺がそう言うと、ウィルは俺の身体を優しく抱きしめてくれた。俺も抱きしめ返す。体の震えが収まっていき、癒されていくのを感じる。


「リオンさん、お疲れ様でした」

「どうだったかは聞かないんだ?」

「リオンさんのお顔を見れば分かります。それに、万が一失敗してしまった場合、リオンさんならまずそのことを伝えてくださるかと」

「はは。ウィルにはお見通しなんだね」

「はい!」


ウィルは元気のいい返事をすると、ぎゅっと力を入れ直した。本当に愛らしい存在をもう一度抱きしめようとしたその時、後ろのとびらバンッと勢いよく開いた。


「ずるいずるい! ワタシも仲間に入れてよ!」

「えっ、カナリア!?」

「あ、やっぱりリオンくんなんだね! えへへ、やっと会えた〜!」


突然現れたカナリアが飛びついてきたので、混乱しながらも彼女を受け止める。すると、そのまま抱きしめられ、頬同士を擦り合わせられる。


「リオンくんリオンくんリオンくん! 感動の再会だね! どう? ワタシのお肌すべすべじゃない? 昨日我が家の温泉に入ったんだ! うちのお湯には美肌効果があるんだよ! そうそう、温泉設備の修理は完璧に終わったんだ! だからお風呂に入れたし、こうしてリオンくんのところに来れたんだよ! それでねそれでね」

「ま、待ってカナリア。再会できたのは俺も嬉しいけど、ちょっと落ち着いて」

「あ、うん。ごめんね。たくさん話したいことが多くてさ、つい」


カナリアのマシンガントークを止めると、反省したと言うように彼女はてへっと舌を出す。可愛いなと素直に思う。


「お久しぶりです、カナリアさん。よく私たちの居場所が分かりましたね」

「ウィルちゃんとも久々に会えて嬉しいよ! 街中歩いてたらさ、修道着を着たリオンくん似の女性が真剣な表情で歩いてたの。そういえばウィルちゃんは認識を歪ませる魔法持ってたし、そういうことかなって思ってもう一度見たら、今度はちゃんとリオンくんに見えてさ! やっぱりそうだって、リオンくんを追いかけてきたの!」

「おー、よく見抜いたな」

「ふっふっふ。これも愛の為せる技だよ!」


ドヤ顔を披露するカナリアに、ウィルは微笑みを浮かべる。さっきまであんなに緊張していたのに、急に和やかな雰囲気になったな。この平穏が続くことを祈る。


「でも、一度リオンくんって気づいたら、あの修道着を着たお姉さんは二度と見れなくなっちゃったんだよねえ。なんだか残念。もう少し見たかったなあ」

「レブロックはその正体に気づくと効果がなくなるんだったね。そういえば、どうしてウィルは俺のレブロック後の姿が見えるの?」

「それはですね、実は魔法の使用者は認識を自由に操れるんです」

「えー! ウィルちゃんだけずるーい!」


まあ使用者も完全にレブロックの影響下にあったら不便極まりないしな。そこら辺は融通が効くんだな。


「でも一度気づかれちゃうと効果がなくなるって結構ハイリスクだよね。姿自体を変える魔法はないの?」

「あるにはあるんですが、エルフの里ではあまり使用者がいません。ですので私もその魔法は習得していないんです」


俺もその魔法は知っている。俺が昔、ミリヤに習得することを禁じた魔法、モルフォだ。あれは姿形を変えることができる。原作のミリヤはそれを使用して主人公ライクに成りすまし、あいつの代わりに魔王軍の襲撃の犠牲になった。妹を失いたくなかった俺は、使用するどころか習得すること自体を禁じたのだ。ミリヤはモルフォを習得していないのか、それは結局知らないのだが、あの時使わずに済んだから今更どうでもいい。


「そういえば、どうしてリオンくんはそんな格好に認識されるようになってたの? もしかして、趣味?」

「カナリア?」

「あはは、冗談だよ。ありがとね、リオンくん。教会に潜入して来てくれたんでしょ?」

「なんで冗談を……うん、そうだよ。なんとエリス教団を裏から操っていた魔物を倒したんだ」

「えぇ!? リオンくんが、一人で!?」

「それは初耳です。そんなことがあったのですか?」


そういえばウィルにも詳細は話していなかった。うーん。どうやってスーブックの存在に気づいたかを説明したものか……あまり考えてなかった。


答えに詰まっていたその時、カナリアのお腹からぐぅ〜と可愛らしい音が鳴った。その本人は顔を赤くして「あはは」と笑う。


「朝に里を出て、頑張って今さっきこの街に着いたばっかりだからお腹ペコペコなの忘れてた!」

「ふふ。リオンさん。ここは、美味しいものを食べながらお話ししてくださいませんか?」

「うん、そうしようか。カナリアにも食べてもらいたいイチオシの料理店があるしな」


経緯を考える時間がふって湧いてきたと俺は喜び、ウィルの提案を快諾した。


「えっ! リオンくんイチオシの料理店!? なにそれ楽しみ! 早く行こうよ!」

「うん。あっ、ウィル。レブロックの解除お願いしていい? 今度はウィルの耳にかけ直さないとだし」

「そうですね、承知いたしました。……その姿もこれで見納めだと思うと、少し名残惜しいですね」

「あ、そっちの方で俺のことを認識してたのね……」


ウィルのポテンシャルの高さを感じながら、俺は苦笑を浮かべるのだった。




* * * * *




先日、シルヒに紹介されて行った料理店に行き、俺たちは安価で美味しい料理に舌鼓を打っていた。どうやらカナリアも気に入ったみたいで、追加注文もしていた。


そして食事中にスーブックを倒した経緯を話した。ウィルには司祭を油断させて気絶させることまでは伝えていたので、その後、奴らの悪事の証拠を探っていたらたまたま隠し扉を見つけて、その先にいたスーブックが教団を裏で操っていたのだと断定して倒したのだと説明した。


結構そのままの通りに伝えたが、二人は特段疑うこともなく、カナリアなんて「リオンくんはやっぱり勇者様みたいだね」なんて言ってくれる。俺が勇者なわけないのに。


食事も説明も終え、会計を済ませた俺たちは料理店を出て料理店の扉を閉めたところで、突然カナリアが「あっ、ワタシ忘れ物しちゃったかも」と少し抑揚のないセリフを放った。


「なに忘れたの?」

「んー、ちょっとね。でもいつどこに置いたか分からないや。ねえ、ウィルちゃんも探すの手伝ってくれない?」

「いいですよ」

「え、俺も探すけど」

「リオンくんはいいよ! 今日はお疲れだろうし! ほら、ウィルちゃん行こっ」


違和感を覚えるやりとりをして、カナリアとウィルは店内に戻って行き、俺は外で一人になった。まあ探し物といっても通ったところは決まってるし、すぐに見つけて戻ってくるだろう。呑気に構えて店先から街中の様子を眺めていた俺の視界に、違和感の塊が飛び込んできた。


それはこの世界に全くマッチングしていないものだった。周囲の街の人もそれをジロジロと見ている。つい俺も凝視してしまう。


それはいわゆる制服というやつだった。具体的にはセーラー服。俺の前世ではよく見かけるけどデザイン……いや、その中でも特に見慣れたデザインのような気がする。


そうだ。あれは前世の妹が通っていた高校の制服じゃないか。


俺の視線はそれに釘付けになっていた。それを着た人がどんどんこちらに近づいてくる。遂には、簡単に声が届く距離にまで近づいてきた。遠くからでぼやけて見えなかったその顔が、鮮明になって目の前に現れる。


「……楓?」


その顔の持ち主の名前を口にすると、目の前の少女は目に涙を浮かべ、ニコッと笑った。


「やっぱり、お兄ちゃんなんだね。そうだよ。楓だよ、奏人お兄ちゃん」

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