第65話 勇者様御一行14
結局、カナリアは宿泊室に着くまであたしの面倒を見てくれた。彼女の優しさが十分に伝わってくるので、憎みきれないのがまた憎らしい。
温泉に入ったといっても修理作業の疲れがあったからか、準備されていたベッドに飛び込むと、そのまま眠りに落ちてしまっていた。けど、考え込んで寝れなくなるよりはましだったと思う。
朝目を覚まして、初めはボーッとしていたが、昨日カナリアから聞き出した情報を思い出した瞬間に意識が覚醒した。すぐに支度を済ませて部屋を出て、お父さんが寝ている部屋へ向かった。
どうせまだ寝ているだろうから、叩き起こしてあげないと。そう思いながら扉を開くと、意外にもお父さんは起きていて、なんなら出発する準備を完全に済ませていた。
「おう、おはようミリヤ」
「お、おはよう。早起きだね」
「それはお前もだろう。……まあ、今日はそんな気分だったんだ」
お父さんはそれ以上は語らず、目線をあたしから外してぽりぽりと頬を掻く。
「それじゃあワシはライクたちを起こしてくるから、ミリヤは先にネロさんのところに行ってな。早起きした理由があるんだろ?」
「え、うん。わかった」
今日この里を出てハンパルラに向かいたいとはまだ伝えていないはずなのに、お父さんはどこか急ぐように朝の支度を済ませようとしている。親子だから分かるのだろうか。お父さんにあまりそういうイメージはなかったが。
カナリアの家に向かい、ドアをノックする。すると、家の中から小さいカナリアが現れた。たしかカナリアの妹のランだっけ。
「おはよう、ランちゃん」
「おはようございます、ミリヤさん。朝食の用意は既に済んでいますので、どうぞ中に入って食べてください」
「え、もう? ありがとう」
いつもより早いのにもう朝食の準備が済んでいるなんて。お父さんといい、どうなっているんだろう。
家の中に入って席に着き、既に並べられているご飯に「いただきます」を言って手につける。今日も温かいご飯をありがたく食していると、すぐにでも旅に出ることができそうな格好のカナリアが奥から現れた。
「あ、カナリアちゃん。おはよ!」
「おはよう……あ、昨日はありがとう」
「いいのいいの! ワタシが長話に付き合わせたせいなところもあるし!」
「……何でこんなに優しいの。ところで、その格好は?」
「ん? これはねー」
そこでカナリアはニタッとした笑いを浮かべる。その笑みも嫌ったらしくないのがすごい。
「ワタシも一緒にハンパルラに行くよ! 朝一で行くんでしょ?」
「えっ……う、うん。そのつもりだけど」
「だよねー。だからお母さんに頼んで朝ご飯も早めに準備してもらったんだー。もちろんワタシは既に食べたよ!」
「ふーん。もしかして、お父さんにそのこと言った?」
「え? ガルドさんには伝えてないよ」
お父さんのあの様子の原因はカナリアにあると思ったが、そうではないらしい。彼女も嘘をついている感じではない。
じゃあ一体どうして……と考え込む寸前、扉が開いてライクたちを引き連れたお父さんたちが入ってきた。
「おはようミリヤ! 今日は早いんだね」
「おはよう、ライク兄ちゃん。ちょっと目が覚めちゃって」
「そうなんだ! 僕は昨日の疲れのせいか、なかなか起きることができなかったよ、あはは」
「へぇー。お楽しみだったの?」
「お楽しみ? ……えっ、ち、違うよ! 昨晩は普通にお風呂に入って寝ただけだよ!」
「混浴行ったんじゃないの?」
「行った、けどさ……ほ、ほら! 師匠の様子を見てよ!」
ライクがそう言って指差す方向を見ると、覇気のないケンガさんが項垂れていた。
「元気がないみたいだね。そんなに楽しんだの?」
「まだ疑ってるの!? 違うって! 観光客が僕たち以外に一人もいないから、混浴に入ってくる人なんていなかったんだよ! 地元の人が入ってくるわけないしさ」
「あぁ、なるほど。だからケンガさんはあんな感じになってるのね」
「うん、そうなんだよ! よかったぁ。やっと信じてくれたんだね」
「でも入ったんだ?」
「うっ……それは師匠の勧めだったからで……師匠の言うことは絶対だから……」
色々言い訳を言っているが、なんだかんだ乗り気だったのを知っている。まあそういったことに興味を持つ歳頃だろうから、ほどほどであれば、あたしが何かを言うこともない。ただしお父さん、あとあいつはダメ。ケンガさんは知らない。
* * * * *
支度を済ませたあたしたちは早速ハンパルラに向かって出発した。
ハンパルラに行こうと提案した時、ライクは「どうして?」という疑問の表情を浮かべていた。それも当然なので、先ほど考えた理由を話した。
「この里の温泉設備を壊した悪い奴らがハンパルラにいるみたいなの。ここは勇者として、その悪い奴らを成敗しに行こうよ」
そう言うと、ライクは先ほどまでの表情から一点、「もちろん行こう!」とやる気満々な顔を見せてくれた。やっぱりライクは勇者みたいだ。あまり活躍している場面を見ていないので、時折忘れてしまうが。
あとお父さんも意欲的な様子で、あたしたちがハンパルラに行くことが決定するまでの時間は長くなかった。
里からハンパルラまでの距離はそこまではないが、どうも魔物が多くいるらしく、そのせいで時間がかかってしまうとネロさんに教えてもらった。だから朝一に出ても昼過ぎ頃に着くものだと思っていた。彼女の戦う姿を見るまでは。
「どりゃー!」
カナリアは自分の体より大きい大剣を振り回し、道中の魔物たちをばったばったと薙ぎ倒していく。その姿にライクは苦笑を浮かべ、ケンガさんは「うちの弟子になってくれないかなあ」なんて呟いていた。
彼女のおかげで、あたしたちは昼前にはハンパルラに到着することができた。
「おぉ、あれが噂の教会か」
「ヘストイアに負けず劣らずの栄え具合ですね」
「へへ、どこ見ても修道着のお姉さんがたくさんだ。婚前交渉は大丈夫かな?」
「師匠……お願いですから自重してください……」
各々が目の前の街に対する感想を述べている。ケンガさんと仲間だと思われたくないので少し距離を取る。
「本当に勘弁して欲しいよ。あ、カナ……リア……?」
ここまで時間短縮することができた貢献人にお礼を言おうと隣を見るが、先ほどまでそこにいたカナリアの姿が消えていた。周りを見渡すがどこにもいない。
「あれ……?」
確かに一緒に街に入ったはずだ。と言うことは、彼女もこの街のどこかにいるはずだ。そう言えば、元からこの街に来る予定だったって言ってたし、その用事を済ませに行ったのかな。
たしかその用事は……あれ、なんだっけ? 昨日、のぼせて倒れる直前に話してたと思うんだけど……思い出せない。けど、なぜか胸騒ぎはしている。
……まあいいか。それならば、あたしもあたしでこの街にやって来た目的を果たすまでだ。
待っててね……お兄ちゃん。
「ごめんね、ミリヤちゃん。二人が再会したら、リオンくんはワタシどころじゃなくなるかもしれないからさ。シスコンがどんな生き物かは熟知しているつもりだからね。……えへへ。待っててね、リオンくん!」
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時系列
日にちは、ヘストイアで女王になりすましていた魔物を倒した日から数えます。
<1日目> 女王討伐
リオン:シャングリラで祝宴。カナリアと関係を結ぶ。
ミリヤ:シャングリラでの食事を断念。
<2日目>
リオン:買い物等を済ませ、シャングリラを出立。カナリア家族と出会う。
ミリヤ:ライクの勲章授与式の日。武器屋のおじさんと街中で出会い、リオンがこの街にいたことを知る。そして、シャングリラの店長からリオンの居場所を聞き出す。
<3日目>
リオン:エリス教団が里へやって来て、温泉の設備を壊される。ハンパルラへ。シルヒと出会う。
ミリヤ:シャングリラの店長から妨害を受けて出発が遅れながらも里へ。カナリアと出会う。里に宿泊
<4日目>
リオン:教会を調査した後、シルヒとお昼をとる。
ミリヤ:カナリアと共に温泉の修理作業。リオンの行き先を知る。
<5日目>
リオン:教会に潜入。司祭を気絶させ、シーブックを撃破。
ミリヤ:ハンパルラに到着。
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