第64話 勇者様御一行13

思ったより早く温泉の修理作業が済んだため、あたしはその日中に里を発とうとしたが、今から出かけたのでは目的地に到着するまでに日が沈んでしまうとカナリアに止められてしまった。


見通されているのだろうか。未だにあいつの行き先は教えてもらっていない。もしあたしがそれを知ってしまえば、静止を振り切って出発してしまうとしまうと分かっているのだろう。


カナリアに少し恨めしい目を向けると、あたしの視線に気づいた彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべて舌を出した。それも様になっていて可愛らしく、少し妬ましく思ってしまう。あたしがあれをやっても腹が立つだけだろう。


結局、出発は明日にすることにした。協力したお礼として無料で温泉に入れてくれというので、ここはご厚意に甘えて体を休めることにしよう。そして回復した体であいつを追いかけよう。


「はぁ〜〜」


温泉に浸かると、無意識に声が出てしまった。今まで気づかなかった体の疲れがお湯に溶け込んでいく感じがする。


あたしは女湯に入ったが、ケンガさんは念願の混浴に行ったみたいだ。もしかしたらライクも一緒かもしれない。どうでもいいけど。お父さんが行っていたら後で怒ろう。


それにしても、異世界で温泉に入ることができるなんて。やむを得ず入ることになったが、やっぱり良いものだなと再認識させられる。それだけこの温泉は気持ちいい。お父さんとカナリア曰く、この設備が壊れていたのは、故意に壊した人がいるかららしい。今更だが、少しだけ腹が立ってきた。


「酷いことをする人がいたもんだなぁ」

「そうだよね〜許せないよね〜」

「うん。……へ?」


ついつい返事してしまったが、さっきまであたし以外ここにいなかったはず。声の方を振り向くと、そこには一矢纏わぬ姿のカナリアがいた。布の上から見て分かっていたが、やはり……立派なものを持っている。くっ。転生したんだったら、せめてそれぐらいのボーナスが欲しかった。


「ミリヤちゃんお疲れ様〜。隣いいかな?」

「え、あ、はい。どうぞ」

「ありがと! じゃあお邪魔しま〜す


確かにここは女湯だし、カナリアの家の温泉だから彼女がいてもおかしくないけど、どうしてこのタイミングでやってきたんだろう。あたしが入っていることは知っていたと思うけど。


あたしの視線から察したのか、カナリアは「あはは」と自身の頬をかきながら笑みを浮かべる。


「ごめんね。少しだけミリヤちゃんとおしゃべりしたくてさ」

「あたしとですか? あたしもあなたとお話ししたいことあるんですが、どうもお話しいただけないみたいなんですよね」

「ごめん、ごめんって! 絶対に教えるからさ。でも今日はもうダメだよ。夜になると魔物が活性化して危険になるのは、ミリヤちゃんも知ってるでしょ?」

「そ、そうだけどさぁ……むぅ」


ちょっと嫌味を言ってみただけだ。だけど彼女はあたしに謝罪をしてくれて、しっかりとその理由も説明してくれた。なんだか居た堪れなくなって、お湯に顔まで浸からせてぶくぶくさせる。


「じゃあさ。今晩もこの里で過ごすって約束できる?」

「……できる」

「本当に?」

「できるもん!」

「ふふ。じゃあ教えてあげようかな」


カナリアの優しい視線に気づいて、自分の顔が赤くなるのを感じる。決してのぼせてる訳じゃない。そっちの方がまだマシだ。


なんだか彼女と接していると、昔のお兄ちゃんと接している時みたいになってしまう。彼女の姉属性がそうさせてしまうのだろうか。少し悔しい。


「リオンくんはね、ハンパルラっていう街に行っているんだよ」

「ハンパルラ……」

「知らない感じだね。この里の近くにある大きな街だよ」

「ふーん。それで、何しに行ってるわけ?」

「それはね……あっ。教える約束してるのは行き先だけで、目的まではしてないよね?」

「……もう聞かない!」


カナリアがいじわるなことを言ってくるので、ぷいっと顔を背けると、「ごめんごめん」と笑いながら謝られた。このやりとりに少し懐かしさを感じる。


「リオンくんはね、この里のためにハンパルラに行ってくれたんだよ」

「この里のために?」

「うん。温泉の設備が壊れていたのは誰かのせいって話をしたでしょ? その犯人がハンパルラにいるんだ」

「それで、あいつはそいつらをどうにかするために、そのハンパルラっていう街に行ったってこと? なんであいつが?」

「それは……ほら、リオンくん優しいからさ。ワタシたちのために怒ってくれたの。それで、自分は修理とかはできないからって」

「それで、あなたはお兄ちゃんに行かせたの? そんな危険な奴らのもとに? ……どうして止めてくれなかったの!? あたしのことは止めたくせに!」


怒りのままに言葉をぶつけると、カナリアは困ったような表情を浮かべた。


「ほんとにね。止めるべきだったかなって後から少し思ったよ。でも、あの時は、リオンくんがワタシたちのために怒ってくれることが嬉しくて、つい彼の優しさに甘えちゃった。でも、リオンくんは無事だって信じてる。これまでも色んな修羅場を乗り越えてきたんだから、今回も絶対に大丈夫だよ。……それに、明日にはワタシも駆けつけるし」

「へ? あなたもハンパルラに行くの?」

「うん。元からその予定だったしね。ミリヤちゃんのおかげで思っていたより早く彼のもとへ向かうことができるよ。本当にありがとうね」


その時、あたしの中の勘が囁いた。先ほどのカナリアが口にした『彼』は、今までとはどこか違うニュアンスのような気がする。


胸騒ぎがしてきた。早く聞き出さないと。なんだか頭がくらくらしてきた。


言葉を発するために口を開けようとしたその時、あたしの視界が大きく揺れた。いや、体全体が揺れているのだ。


「ミリヤちゃん!」


慌てた様子のカナリアに抱きかかえられた。どうやらのぼせたみたいで、倒れそうになったあたしを彼女は支えてくれたらしい。


「のぼせちゃったんだね。よし、お姉ちゃんが運んであげるね」

「別にそんなことしてくれなくても……」

「遠慮しなくてもいいよ−。こう見えて力には自信あるんだから!」


そう言って、彼女はなんの苦もなくあたしを持ち上げた。そしてそのまま脱衣場へと向かっていく。体はあたしより小さいのに、どこにそんな力があるんだろう。腕もそこまで太くないし。魔法よりファンタジーだ。


昔。前世の頃。こんな感じで運んでもらったことがあったような気がする。大好きだった人。ううん、今も大好きな人。でも遠くに行っちゃった人。そんな人に抱き抱えられて。


目の前の彼女もそんな彼に似て優しい人だ。でも、どうしてだろう。なんとなく好きになりきれない。敵なんかじゃないのにな。





—————————————————

時系列

日にちは、ヘストイアで女王になりすましていた魔物を倒した日から数えます。


<1日目> 女王討伐

リオン:シャングリラで祝宴。カナリアと関係を結ぶ。

ミリヤ:シャングリラでの食事を断念。


<2日目>

リオン:買い物等を済ませ、シャングリラを出立。カナリア家族と出会う。

ミリヤ:ライクの勲章授与式の日。武器屋のおじさんと街中で出会い、リオンがこの街にいたことを知る。そして、シャングリラの店長からリオンの居場所を聞き出す。


<3日目>

リオン:エリス教団が里へやって来て、温泉の設備を壊される。ハンパルラへ。シルヒと出会う。

ミリヤ:シャングリラの店長から妨害を受けて出発が遅れながらも里へ。カナリアと出会う。里に宿泊


<4日目>

リオン:教会を調査した後、シルヒとお昼をとる。

ミリヤ:カナリアと共に温泉の修理作業。リオンの行き先を知る。


<5日目>

リオン:教会に潜入。司祭を気絶させ、シーブックを撃破。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る