第63話 ありえない
司祭に案内され、教会の奥にある部屋までやって来た。促されるままに中に入ってみると、そこは煌びやかな宝飾品が並べられた部屋だった。あまりにもそういったものが多すぎて下品だと感じる。
教会が全体的にこのような飾り付けをされていたが、どうも司祭のセンスみたいだ。この部屋はとびきり凄いが。
顔が引き攣るのを抑えながら横目で司祭の顔を覗くと、俺の反応を今かいまかと待ち構えている様子だった。
「うわあ、凄い綺麗です。私、こんなお部屋を見たの初めてです」
欲してそうな言葉をなるべく抑揚つけて言うと、司祭は「そうだろう、そうだろう」と満足げな笑みを浮かべた。
「この部屋は私の夢で詰まっておる。これもエリス様のおかげ。そして、エリス様の御言葉をお聞きすることができる私だからできたことなのだ。んふふ。なに、お前にもこの恩恵を享受してやる。私は心が広いのだ。ただ私にその身を捧げるだけで、エリス様の恩恵を授けてやると言うのだからな。やれ敬虔な活動をしろとガミガミうるさいシルヒとは違うのだ。ふん、奴は本当に目障りだ。いいか、リン。今後は奴に関わるんじゃないぞ」
「……はい」
司祭が彼女のことをかなり嫌っているのは知っていたが、こうして目の前で彼女のことを悪く言っているのを聞くと腹が立ってくる。しかし、それをなんとか
「んふふ。よし。それじゃあ、ベッドに行こうか」
「あ、あの、水浴びは……?」
「なんだ、気になるのか? 案ずることはない。私はお前のその体から漂う匂いも堪能するつもりだ。だからそのままで良いぞ」
「は、はあ」
少し間を置きたかったが、仕方ない。意を決してここまで来たんだ。やるしかない。
「失礼します」と声をかけて、先にベッドに腰をかけた司祭の隣に座る。すると司祭が肩に腕を回してきた。ついつい体がゾクッと反応してしまう。
「緊張しておるのか? ういのう。安心しなさい。私に全てを委ねれば良いのだ」
「はい……」
都合よく誤解してくれたため、この流れが切れずに済んだ。
さて。現在、レブロックによって司祭は俺のことを女性だと認識しているのだが、実際の俺の体は男のままだ。つまり、いざ事を致そうとした際に、ないものがあってあるものがないことに気づいてしまう。流石にそうなってしまうと、レブロックの効果が消えてしまうのだ。
つまり、その段階に至るまでにやり切らないといけない。司祭の意識を刈り取るのだ。
マンガやアニメだと首の後ろを手刀で叩いて気絶させているが、あんなもの現実的ではない。いや、ここはゲームの世界の中だが、だとしてもなんの心得もない俺ができるとは思えない。
じゃあ、どうやって気絶させるかというと……
「ほれ。私の服を脱がしなさい」
「はい。わかりました」
司祭の豪華な服を脱がしていくと、立派に育ったお腹が現れた。下も脱がそうとすると、「待て」と静止の声をかけられる。
「下はまだいい。まず、お前が脱いでみせろ」
「は、はい。……あ、あの。恥ずかしいので、少しだけ目を瞑っていていただけませんか?」
「んふふ。そういった恥じらった姿を見るのもまた一興だが、今後もあるからな。それに私は優しいのだ。初めくらい、お前の願いを叶えてやろうじゃないか」
「感謝申し上げます」
司祭は俺の言うことを聞いてくれるみたいで目を瞑ってくれた。しかし、目には見えない分妄想が働いているのか、口がニマニマと動いていて気持ちが悪い。
まあいい。準備は整った。俺は無防備になったその脂肪の塊に——全体重を乗せたパンチを放った。
「ンボッ!?」
司祭の口から汚い声と唾が吹き飛ぶ。
「うぅ……り、リン! いったい何を——ウグッ」
司祭が目を開けた時には、正面に俺の姿はない。拳を司祭の腹に入れた直後に、俺は司祭の後ろに回っていたのだ。そして後ろから司祭の首に腕を回し——力を入れる。
司祭の体は大きく、その分力もあった。そのため俺を引き剥がそうとする力も尋常ではなかったが、少年時代の修行、そしてここまでの旅でそこそこ腕っぷしに自慢のある俺も負けずに抵抗した。
その状態が続いて数分。ついに司祭の体から力が抜けていくのを感じた。
俺に油断させる作戦かもしれないためしばらく力を緩めずにいたが、全く抵抗しないところを見て、本当に力尽きたのがわかった。ゆっくりと力を緩めて司祭から離れるが、やはり動かない。
「こんな乱暴な暗殺とかありえないだろうな」
苦笑を浮かべ、そんな呟きが自然と口から溢れた。
しかし実際のところ、司祭は死んでいないため暗殺にはなっていない。奴は外道ではあるが、殺すのは……無理だった。なんだかんだ、この世界に来ても俺が殺めたのは魔物のみで、人間は殺していないし、流石に人間を殺すのは気が引けたのだ。
また私情を振り回してしまったと自己嫌悪するが、俺の作戦的には今後の司祭が無事である保証はない。むしろここで死んでしまった方が……なんて。
まあ、奴がどうなろうと知ったこっちゃない。命までは取らないのも奴の事を思ってのことじゃないし。そんなことを考えていないで、今はやるべきことをやろう。
持ち主が気絶している今、この部屋を探索する絶好の機会だ。部屋中にある本棚やら机の引き出しやらを無遠慮に漁りまくる。
「……ん?」
やたら厳重に鍵がかけられていた引き出しをこじ開けると、中から分厚い本が出てきた。表紙には手書きで『我が生涯の秘密』と書いてある。
なんか聞いたことのあるフレーズだなと思いながら表紙をめくり、中を確認すると——そこには、今までに司祭の毒牙にかかったであろう女性の名前やその身体的特徴、情事の際の声がどのような感じだったかなどが事細かく記載されていた。
正直ドン引きしてしまった。奴が熱意を込めてこの本を書き上げていたと思うと、今すぐにでも投げ捨ててやりたいところだが、これは教団の悪事の立派な証拠になり得る。ため息をつきつつ、これを持ち帰ることに決めた。
良い収穫を得たが、本命は別にある。もう少し捜索を続ける必要があるが、あらかた見終わってしまった。この部屋にはないということだろうか。この教会を掌握している司祭であれば、別の部屋を隠し持っている可能性もあるが……ん? 別の部屋?
こういう時、少しベタではあるが、もしかしたら隠し部屋があるのではないだろうか。いや、絶対にある。この世界はやたら隠し扉が存在していた。この教会にあってもおかしくないだろう。
しかし、それだと見つける難易度は跳ね上がってしまう。むしろそうでない方が嬉しい。俺は諦めがつかず、もう一度この部屋を捜索することにした。
「隠し部屋か……例えば、本棚の決まった本を抜いたら開く、なんてな」
そんな冗談を口にしながら、本棚からいくつか本を抜き取ってみる。——すると、ズズッと後ろから重たいものが動く音が聞こえた。まさかと思いながらゆっくり後ろを振り返ると、先ほどまで壁だったところが空洞になっており、近づいて覗き込むと下に繋がる階段になっていた。
「はは、マジかよ」
こんな偶然があるなんて。なんだか、主人公になった気分だ。
少しだけはやる気持ちを抑えながら、俺は階段を下りていく。少し長いなと感じた階段を下り切ると四畳ほどの小さな空間が存在し、その中央の台に本が置いてあった。
「ナンダァ? またオレ様の信託を聞きに来たのかァ?」
俺が来たのかを察知したのか、その本は喋り始めた。——そう。あの本こそが、本章のボス、スーブックだ。どうやら俺のことを司祭だと勘違いしているようだ。
俺は奴の言葉に返事をせず、存在に気づかれているのだから無意味だと思いながら息を殺し、ゆっくりと近づいて——スーブックに短刀を突き刺した。
「グベェッ!? な、何ヲす‥‥き、貴様はダレだ!? どうしてココに……ウグゥ」
最後の呻き声を漏らした後、スーブックから言葉が続くことはなかった。そして、目の前の本は粒子に変わり、代わりに本と同じくらいの魔石が目の前に現れた。
はい。本章のボスを倒してしまいました。あっさりと。
「こんなあっさりなボス戦とかありえないだろうな」
地味にこれまでのボス戦で活躍している短刀を見つめながら、俺はそう呟いた。
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時系列
日にちは、ヘストイアで女王になりすましていた魔物を倒した日から数えます。
<1日目> 女王討伐
リオン:シャングリラで祝宴。カナリアと関係を結ぶ。
ミリヤ:シャングリラでの食事を断念。
<2日目>
リオン:買い物等を済ませ、シャングリラを出立。カナリア家族と出会う。
ミリヤ:ライクの勲章授与式の日。武器屋のおじさんと街中で出会い、リオンがこの街にいたことを知る。そして、シャングリラの店長からリオンの居場所を聞き出す。
<3日目>
リオン:エリス教団が里へやって来て、温泉の設備を壊される。ハンパルラへ。シルヒと出会う。
ミリヤ:シャングリラの店長から妨害を受けて出発が遅れながらも里へ。カナリアと出会う。里に宿泊
<4日目>
リオン:教会を調査した後、シルヒとお昼をとる。
ミリヤ:カナリアと共に温泉の修理作業。
<5日目>
リオン:教会に潜入。司祭を気絶させ、スーブックを撃破。
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