第62話 リンちゃん
原作の記憶を思い起こしてみる。
シルヒ編では、
大雑把にいうとそんな感じなのだが、実際は少し違う。討伐するのは魔物……ではなく、魔物と一体化した司祭である。
その魔物、スーブックは単体では非力な魔物で、だからこそ司祭を操ってコソコソと教団を私物化しようとしているのだ。
RPGにおいて、ボスが段々と強くなるのは王道である。『エルドラクエスト』も例外ではなく、本編のボスも前より強いのだが……それは司祭と一体化しているからだ。もしかしたら、一体化していない今なら俺だけでも……!
昨日、シルヒと昼食を摂った時にある情報を聞いてからずっと考えていた。そして昨晩、ついに作戦を思いついたのだ。
「リオンさん、本当に行うのですか?」
「うん、お願い。ウィルはこの部屋にいてね」
「……はい。正直、私はあまり気乗りしません。だって、リオンさんが危ない身に……」
「これが最善策なんだよ。ウィルにしてもらうわけにはいかないし。さあ、お願い」
ウィルは煮え切らない顔で、俺に魔法をかけてくれる。
「——レブロック」
レブロック。その魔法をかけられた対象は、周りから任意のモノに認識される。普段はウィルのエルフ耳が目立たないように、人間の耳だと認識するようにウィルに魔法をかけている。
今回、レブロックによって、俺は周りから美少女に認識されるようにしてもらった。
別にそういった趣味があるわけじゃない。この格好で司祭を釣るのだ。
教団の司祭は、若い女性の信徒を自分の部屋に連れ込んでいるらしい。つまり、司祭に気に入ってもらって、自分の部屋に連れ込んでもらうのだ。そして油断した司祭を気絶させ、スーブックを倒す。これが俺の考えついた作戦だ。
レブロックは一度に対象者は一名に限られているため、エルフ耳が露見しているウィルはこの宿の部屋に引きこもってもらう。一人で外出させるのは危険だしな。ヘストイアの時のようなことがあってもいけないし。
「ど、どう? 自分じゃよく分からないんだけど」
「はい。とても可愛らしいですよ」
「そ、そっか。ちなみにどんな感じにしてくれたの?」
「リオンさんが女性だった場合こんな感じかなと私が想像したお姿に、修道着を着せました」
「それ大丈夫かな? 司祭を釣れないと意味ないんだけど」
「大丈夫ですよ。……あの」
顔を赤らめたウィルがモジモジしながら言葉を続ける。
「帰ってきたら……その格好のまま、してくださいませんか?」
「……はぇ?」
「あ、あの、別に女性に興味があるわけではなくて……その……可愛らしいお姿なのにリオンさんだと思うと、身体が熱くなってきて……私、混乱して少しおかしくなってきました。なので、リオンさんは男だと証明して欲しいんです」
それは……なんだろう、新しいプレイのような気がする。
さすがウィル。転んでもただでは済まさないわけか。この格好に認識されるのはこれきりのつもりだし、新たな扉を開かれても困るけど。
「わかったよ。ウィルには心配かけるだろうしね、それぐらいの願いは叶えなきゃ。でも安心して。無事に帰ってくるからさ」
「はい! ここで無事を祈って待っています」
ウィルの最高の笑顔に見送られて、俺は宿を出て教会へと向かった。
* * * * *
やって参りました教会。もはや大聖堂。
ひとまず中に入り、周りを見渡す。修道着を着た女性たちが忙しそうに掃除をしている。
なるほど。今はそういう時間なのね。周りから見たら俺もその女性たちの一人なわけだし、俺も掃除しないと不自然だよな。
しかし、勝手を知らない場所でどこに行けば掃除道具があるのか分からない。どうしたものかと頭を悩ませていると、「ねえ」と後ろから声をかけられた。振り返るとそこには見知った顔があった。
「何してるの? 今は掃除の時間よ」
赤髪が修道着の中から見えている少女。俺に声をかけてきたのはシルヒだった。
この感じ、どうやら俺のことを教団の者だと認識してくれているみたいだな。ウィルの魔法を疑っているわけではないが、自分では認識できないためやはり少しだけ不安になってしまう。
「ごめんなさい。どこに掃除道具があるのか分からなくて」
「なに、あなた新入りなの? はぁ」
シルヒは俺の返答を聞いてため息をつく。新入りだと信じてくれなかったのだろうか。それとも、新入りとか関係なくボーッと突っ立っていたことを怒られるのだろうか。
そんな危惧していたものとは真逆で、苦笑を浮かべたシルヒから発された声は優しかった。
「それならそうと早く言いなさいよ。叱るところだったじゃない。ほら、ついてきなさい。アタシが教えてあげるわ」
そう言って、シルヒは俺に背を向けて歩き始める。俺は言われたことに従い、彼女の背中を追いかける。
「あなた今日から入ったの?」
「え、あ、はい。そうなんです」
「教育担当の人は?」
「えっと……分かりません」
「はあ? どんだけ教育管理も杜撰になってきたわけ? この組織どこまで腐っていってるのよ」
シルヒからの質問に適当に答えた結果、教団が謂れもない批判を受けることになった。でも心は痛まない。なんせ俺はこの組織を潰そうとしているわけだし。
「それで、あなたはどうしてこの教団に入ろうと思ったの?」
「えっと……我々人類に多くの恵みを与えてくださるエリス様のお力になりたいと思いまして」
「いい心がけね! 素晴らしいわよあなた。きっと立派な信徒になれるわ。いいえ、絶対になれるわ。アタシが保証してあげる!」
「あはは……嬉しいです」
キラキラとした笑顔を向けてくるシルヒを見て、こっちの嘘は少し心が痛むなと思った。
しばらく歩いて行くと、用具室のような小部屋に着いた。シルヒはその中にあったモップのような器具を拾い、俺に渡してくれた。
「はい、これで床を掃除しなさい。やり方わかる?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「いいのいいの。これぐらい当たり前よ。それじゃあ頑張ってね」
そう言ってこの場から去っていこうとするシルヒ。素敵な先輩だなあとその後ろ姿を見送っていると、入れ替わりに俺のそばに寄ってくる影が視界の端に見えた。
「んふふ。お前、見ない顔だな。新入りか?」
汚い笑い声のする方に振り向くと、そこには俺のターゲット——司祭が立っていた。
俺が新入りだと気づくとは。教団のメンバーの顔を覚えているなんて立派じゃないかと思うが、どうせ覚えているのは女性の顔だけだろう。目の前の下卑た笑みを見たら分かる。
「はい。今日からお世話になります、えっと……リンと申します」
「リンか。うむ、よろしく頼むぞ。ところでだ、リン。お前も早くここに慣れたいだろ? 私が力を貸してやってもいいぞ」
「司祭様のお力、ですか?」
「そうだ。私にかかれば、すぐにでもお前を立派なエリス信徒の一人にしてやれる。なに、簡単なことだよ。私の部屋に来て貰えば、な」
分かりやすい夜のお誘いだった。つまりはその身を捧げれば、お前の地位を良くしてやろうということだ。
きっも。今すぐにでもこの気持ち悪い顔面をぶん殴って、この場から去ってやりたい。
しかし、今回俺がここに来た目的こそがこれだ。意外と早く事が進みそうだ。
「はい! ぜひ、司祭様のお力を私に!」
「んふふ。そうかそうか。素直な奴は私も好きだぞ。さあ、そんな物は置いておいて、私についてきなさい」
「はい!」
俺はモップを用具室に戻して、司祭の元へ駆け寄るようにして戻っていく。その間、シルヒが苦虫を噛み潰したような表情でこちらを見ているのが見えた。
「お前もか……先ほどのエリス様への想いは嘘だったのか……」
彼女がそう呟いたのが微かに聞こえた。彼女はそれから一切こちらを見ずに歩いて行き、その後ろ姿が遠くなっていく。
—————————————————
時系列
日にちは、ヘストイアで女王になりすましていた魔物を倒した日から数えます。
<1日目> 女王討伐
リオン:シャングリラで祝宴。カナリアと関係を結ぶ。
ミリヤ:シャングリラでの食事を断念。
<2日目>
リオン:買い物等を済ませ、シャングリラを出立。カナリア家族と出会う。
ミリヤ:ライクの勲章授与式の日。武器屋のおじさんと街中で出会い、リオンがこの街にいたことを知る。そして、シャングリラの店長からリオンの居場所を聞き出す。
<3日目>
リオン:エリス教団が里へやって来て、温泉の設備を壊される。ハンパルラへ。シルヒと出会う。
ミリヤ:シャングリラの店長から妨害を受けて出発が遅れながらも里へ。カナリアと出会う。里に宿泊
<4日目>
リオン:教会を調査した後、シルヒとお昼をとる。
ミリヤ:カナリアと共に温泉の修理作業。
<5日目>
リオン:教会に潜入。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます