第61話 勇者様御一行12

昨晩はカナリアの家の宿に泊まった。こうなるんだったら、温泉に入れなかったことが悔やまれる。


一刻も早くこの里を出てあいつを追いかけたいところだが、その行き先を知っているカナリアに温泉施設の修理を頼まれてしまった。だけど、その報酬としてあいつの行き先を教えてくれるらしい。


一体何をさせられるのかは知らないけど、ここはぱぱっと要件を済ませたいところ。


朝を迎えて、宿を出てカナリアの家へ向かうと既にカナリアが家前で待ち構えていた。


「ミリヤちゃん、おはよー! 昨日はよく眠れた?」

「おはよう。わざわざ待っててくれたの?」

「そんなところかなー。もう他の皆は中に入っちゃってるからさ、それを教えてあげる人がいないと困っちゃうかなって」

「ふーん、ありがと」


なんていうか……優しいな、この人。それでいて自然なんだよね。まるで……。あたしにお姉ちゃんがいたらこんな感じなのかな。


いいね、お姉ちゃん。頼れる同性がいるって憧れちゃうな。


でも義理の姉だけはダメ。


やっぱり女兄弟はあたしだけでいいか。


「ミリヤちゃん? どうしたの?」

「あ、うん。ちょっと考え事。中にお父さんたちいるんだよね?」

「うん! ささ、どうぞ中に入って。ご飯も用意してるからさ」


カナリアに促されるままに家の中に入っていくと、お父さんとケンガさん、ライクが既に食卓に着いてご飯を食べていた。


「あ、おはようミリヤ! ネロさんのご飯、すごく美味しいよ!」

「ミリヤちゃんおはよう。用意してあるから、すぐに食べられるわよ」

「お、おはようございます。すみません、宿までお借りしたのに。いただきます」

「いいのよ〜。私たちの里のために手伝ってくれるんだから、これぐらいのことはしないとね〜」


母娘共に性格が良いことを知ったところで、あたしも席に座り、用意してらもった料理を口に運ぶ。


「……美味しい」


素材を生かしきった調理ができているのもそうだが、なんだろう、食べているとお腹だけじゃなくて心も満たされていく。これが……家庭の味、おふくろの味ってやつなのかな?


そういえば、前世で友人が話していたことを思い出す。男は潜在的に母親を求めるものらしい。つまり……この味こそが、男の求める味そのものじゃないだろうか。


あたしの味はその領域に達しているのだろうか……。普段から家で作ってたし、条件は何ら変わらないはずだけど……でも、あたしに母性なんてそんなものないだろうし……。


「ね、美味しいよね! ……あっ。でも、ミリヤの料理も負けてないよ!」

「あ、うん。ありがとう、ライク兄ちゃん」


ライクがあたしの料理のフォローを入れてくれた。それを鵜呑みにするのであれば、第三者の意見的には負けていないということだろうか。


……って、これを作ってくれたのはネロさんだ。別にライバル視する必要は……待って。この母娘は非常によく似ている。容姿も、性格も。ということは、まさか料理の腕も引き継いで——!?


「あら、ミリヤちゃんは料理上手なのね。はぁ、カナリアには少しでも見習ってほしいわ」

「むぅ。ワタシだっていつかできるようになるもん」


どうやらカナリアは料理ができないみたいだ。一安心。まあ、カナリアには既に恋人がいるみたいだから、気にしなくてもいいんだけどね。分かっているんだけど、なぜか胸騒ぎがする。


「もうっ。そんなんだと、愛想を尽かされるわよ。優しい性格だから何も言わないだろうけど、リ——」

「ごほんごほん」

「——くんだって、不満の一つや二つは抱くんだからね。相手の優しさに甘えちゃダメよ」


隣に座っているお父さんの咳払いのせいで、ネロさんの言葉の途中が聞こえなかった。けど、カナリアさんの彼氏さんのことを言っていることは何となくわかった。


お父さんの方を見ると、あははと苦笑を浮かべ、勢いよく水を飲み干していった。何か喉に詰まったのだろうか。美味しいからって落ち着いて食べないからそうなるんだよ。


「わ、分かってるって。もうこの話は終わり! ほ、ほら。今日ミリヤちゃんたちにやってもらうことを説明しなきゃ!」

「逃げたわね。……はぁ。この子が料理できるようになるのは遠いわね」

「うぅ……別に逃げたわけじゃ……」


カナリアは何か言いたそうだったが、口をモゴモゴさせるだけでそれ以上は何も言わなかった。


そのまま軽く説明を受けた後、あたしたちはその現場へ移動することになった。


里を出てすぐ近くにある山を登っていくと、次第に硫黄のにおいがキツくなってきた。


「うわぁ……」

「これは酷いな……」


ライクとお父さんがドン引いた声を漏らす。


源泉を里まで運ぶための設備が無残にも壊れており、源泉がそこら中に垂れ流しになっていた。


「この壊れ方……人の手によるものだな」

「あ、分かりますか? 予想はしていたんですが、ワタシもこれを見た時にそう確信しました」

「え、予想してたってどういうこと?」

「実は先日、こんなことがあって……」


ライクの疑問に答えるために、カナリアは先日あの里で起こった出来事を掻い摘んで教えてくれた。つまりは、協力を拒んだ里に逆恨みをした宗教団体の仕業でこんなことになっているらしい。


「許せない……! 僕、全力で手伝うよ!」

「ありがとう! じゃあ、ライクくんとガルドさん、ケンガさんには、あっちの資材を運んで貰おうかな。力仕事で悪いんだけど」

「なに、この筋肉が役に立つ良い役割だ。な?」

「あぁ。この仕事の先に混浴が待っていると思うと、鍛え上げられたこの筋肉も奮い立つもんだ」


もうケンガさんは好きにやっててほしい。けどそんな動機だと筋肉も浮かばれない気がして可哀想だ。


さーてやるかーと腕捲りをしながらお父さんたちは作業に取り掛かった。置いてけぼりにされた非力なあたしは、自分に何ができるだろうと辺りを見渡す。


そんなあたしを見かねたカナリアが笑顔を浮かべて近づいてくる。


「ミリヤちゃんは無理しなくて大丈夫だよ。力仕事がほとんどだからさ」


力仕事がほとんどなら、確かにあたしの出番はないかもしれない。だけど、この場で自分だけ手持ち無沙汰にしているのは気まずいし、作業が早く終わるに越したことはない。


諦めずに、改めて周りを見渡す。先ほども見たが、途中まで運ばれてきていた源泉が地面に垂れ流しになっている。そのため地面に水流が発生し、みんな作業しづらそうにしていることに気づいた。


物は試しだ。あたしは地面に流れていく源泉に向かって手をかざし、ボソリと魔法を唱えた。


「——ウォブル」


源泉はあたしの手の動きに合わせて空中に浮かび上がり、その高さでキープさせた。流れは止まらないので、空中に発生したプールがどんどん広がっていく。


「わわっ。凄いねミリヤちゃん、こんな魔法が使えるんだ!」

「あまり保ちそうにないけど、ね」

「すっごく助かるよ! よーし、みんな! 今の内に作業を爆速で進めちゃおー!」


カナリアの掛け声に応じて、現場の男たちが「おー!」と声を上げる。


筋肉自慢の作業員が増えたからか、それともあたしの魔法が役に立ったのか。日が暮れる直前に、作業は完全に完了したのだった。



—————————————————

時系列

日にちは、ヘストイアで女王になりすましていた魔物を倒した日から数えます。


<1日目> 女王討伐

リオン:シャングリラで祝宴。カナリアと関係を結ぶ。

ミリヤ:シャングリラでの食事を断念。


<2日目>

リオン:買い物等を済ませ、シャングリラを出立。カナリア家族と出会う。

ミリヤ:ライクの勲章授与式の日。武器屋のおじさんと街中で出会い、リオンがこの街にいたことを知る。そして、シャングリラの店長からリオンの居場所を聞き出す。


<3日目>

リオン:エリス教団が里へやって来て、温泉の設備を壊される。ハンパルラへ。シルヒと出会う。

ミリヤ:シャングリラの店長から妨害を受けて出発が遅れながらも里へ。カナリアと出会う。里に宿泊


<4日目>

リオン:教会を調査した後、シルヒとお昼をとる。

ミリヤ:カナリアと共に温泉の修理作業。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る