第60話 難しい距離感

「わぁ、これも、これも本当に美味しいです」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう。なんせアタシ自慢のお店の料理なんだからっ」


俺たちは今、シルヒに案内されて入った飲食店で舌鼓を打っていた。


メニュー表を見て驚いたのはその値段だ。どれも他の店より2〜3割ほど安かった。その代わりバリエーションは少なかったので、メニューの数を絞り込むことでコストを抑えているのだろう。


そして味。隣でウィルが大絶賛している通り、本当に美味しかった。この値段で本当にいいの? 騙されてないか? と思ってしまうほどだ。


こんな店を教えてくれたシルヒには感謝しているが、これ以上彼女と関係を築くことは避けたい俺は、料理の感想を述べることなく黙々と食べていた。


すると、そんな俺の様子を不審がったシルヒが先ほどまで浮かべていたドヤ顔を消し、眉を落として細い声で俺に声をかけてくる。


「リオンは……口に合わなかった?」


彼女にそんなことを言わせて申し訳ないという気持ちが俺を襲ってくる。


「美味しいよ」


罪悪感から逃げるために、そんな短い感想を述べた。すると、シルヒはパアッと笑顔を浮かべて、


「ま、まあ? アタシが選びに選び抜いたお店だからね! そりゃ美味しくて当たり前よ!」


またドヤ顔を披露してくれた。


俺は安堵して破顔すると、シルヒはそんな俺の顔を見て「あぅ」なんて声を漏らす。


原作ではシルヒの力、女神エリスの声を聞けるその力を借りて、女神エリスから助言を貰い、教団を裏で操る魔物を討伐していた。


だけど俺は彼女の力を借りることはできない。だから、少しでも教会のことを、強いては司祭のことを知っておきたかったのだが、まだ情報が少ない。


「シルヒ。司祭はあまり表に出ないって言っていたけど、外出する時はどんな時なんだ?」

「……なんか、さっきからやたら司祭のことについて聞いてくるわね。も、もしかてあんた、アタシじゃなくて本当はあのタヌキ親父のことが!? アタシに近づいてきたのも、あいつのことを知るために!?」

「おい。変な勘違いするな。やたらきな臭いおっさんだったからな、警戒するためにも情報を持っておきたいんだよ」


気持ちの悪い誤解をしてきたシルヒだったが、俺がそう弁明すると、「なるほどね」と納得してくれた。


「うんうん、そうよね。あんたに限ってそういうことはあり得ないわよね。だってあんたは……ふふっ。質問の回答だけど、そうね……教会で信徒たちが話していたのをたまたま聞いただけだけど、どうも若い女性の信徒を自分の部屋に連れ込んでいるらしいわね。その連れ込む女性を漁りに出かけることが多いみたい」

「……マジか」


俺はその話を聞いて、もしかしてと嫌な想像が働いた。


あの司祭は、実際は神託など授かっていない。しかし、多くの支持者を携えている。それは半ば無理やりな集金によって得たお金をばら撒いているからだと思っていた。だけど、お金に興味のないやつはどうやって懐柔させるのだ。それを解決するのが、性欲の解消だ。もしかしたら奴は、自分を慕って付いて来てくれた女性を、他の信徒にあてがっている可能性がある。自分に服従すれば、こんないい思いができるんだぞと。


俺がプレイしたのはR-18版ではないため、そのような描写は一切なかった。だからこの辺りの知識は一つもない。


しかし、この情報。うまく使えそうだ。


「どう? 役に立ちそう?」

「あぁ、ありがとう。とても助かるよ。ウィルがそんな目に遭わないよう気をつけないとな」

「ご安心ください。私はリオンさん以外の方には付いて行きません」

「うん。でも、無理やりなんてこともあり得るしね。シルヒも気をつけてね」

「っ……ア、アタシなんて相手されないわよ! あいつに嫌われてるんだし! でも心配してくれてありがとね嬉しいわ! なんならあんたが守ってくれてもいいのよ!」

「あ、うん」


しまった。ついシルヒにも身を案じるような言葉をかけてしまった。


これ以上、彼女と一緒にいると取り返しのつかない事態にまで発展しそうだ。食事も済んだことだし、早速、彼女とは別れることにしよう。


「ごちそうさま。本当に美味しかったよ。お礼にここは俺が出しとくから」

「は、はあ!? いやいや、アタシが出すって言ったじゃない! だからあんたも、アタシの同行を許してくれたんでしょ?」

「それはもうシルヒにあげたお金だし。今更返してもらうのも、なんか格好つかないじゃん。だからいいよ」


俺がそう言って立ち上がると、ウィルも「ごちそうさまでした」と言って立ち上がる。


「ね、ねえ!」


シルヒも立ち上がり、俺の服の袖を掴んできた。焦ったような表情を浮かべている。


「あ、あんた……アタシとの関係も清算しようとしてない?」

「はは、上手いことを言うな」

「誤魔化さないでよ!」


冗談めかしく答えると、鬼気迫った表情で怒られてしまった。


正直、その質問に対しての本音の答えはYesだ。シルヒには教団に関する色んなことを教えてもらったし、このお店も紹介してくれた。そのお礼としてここの飯代を払うことで、後腐れなく別れることができるのではと思ったのだ。


だけどそれを正直に答えたら、彼女はどう思うだろうか。それで俺のことを諦めてくれるならそれはそれでいいけど、彼女をひどく傷付けることになるんじゃないだろうか。いや、俺がしようとしていることは結局彼女を傷つけることになるのだが、少しでもダメージは小さくしたい。直接言われるのと、フェードアウトしていくのとでは大違いだろう。


だから、


「俺たちはこの街でやることがある。もう少し滞在するつもりだから、またどこかで会えると思う」


そんな誤魔化した回答をしてしまった。


「……アタシは、また会いたい、な」


シルヒの言葉を聞いて、俺の心臓がドキッと跳ねたのを感じる。彼女がメインヒロインの一人だということを改めて認識させられたのだった。




* * * * *




シルヒと別れて、俺とウィルは昨日から借りている宿の部屋に戻って来ていた。


シルヒが悪いわけではないが、彼女と一緒にいるとどこか疲れてしまう。距離感を保つのが難しい。突き放せばいいんだろうけど、あんな顔をされるとそんなことはできなかった。結局、俺の覚悟が足りないからなのだろう。


ベッドに腰掛けると、ウィルも隣に座ってきた。そして、ウィルはその細い腕を伸ばして、俺の頭を撫でてきた。


「ウィル?」


困惑する頭でウィルの顔を覗く。ウィルは慈愛に満ちた目で俺を見つめていた。


「私はリオンさんが何を考えておられるのか、その全てを分かっておりません。ですが、リオンさんが私たちのために何かをしようとしているのは分かっています。ですから、私にはこのようなことしかできませんが、どうかお休みになってください」

「ウィル……じゃあ、ちょっと甘えてもいいかな」

「はい。もちろんです」


ウィルの許可を得て、俺は彼女を抱きしめた。ウィルは空いた手を俺の身体に回しながら、もう片手で俺の頭を撫で続けてくれる。それがすごい気持ちよく、疲れが消えていくのを感じる。


この旅を始めた時、俺は孤独だった。しかし、ウィルに出会えたことで孤独から解放されて、辛くなった時、こうして癒してくれる相手がいる。ヘストイアでウィルを失った時、俺はその幸せを痛感したのだ。


だけど、シルヒはどうだろうか。同じ教団の仲間たちが、自分を敵視する司祭に媚びへつらう様子を見て、彼女は何を思っているのだろうか。今、彼女が本当に欲しいのは教団の浄化じゃなくて、仲間なんじゃないだろうか。


彼女はチョロインだ。だけど、それにも立派な理由があるのだ。


俺はそれを分かっていながら、彼女を冷たくあしらっている。彼女の好意に気づきながら、知らないふりをしている。


ライクには会いたくない。けど、彼女のためにも、彼が早くこの街に来てくれないかと願うばかりだ。彼女をあの闇から救い出せるのは、勇者ライクであるべきなんだ。







—————————————————

ごちゃごちゃして来たので、時系列を整理しておきます。


日にちは、ヘストイアで女王になりすましていた魔物を倒した日から数えます。

<1日目> 女王討伐

リオン:シャングリラで祝宴。カナリアと関係を結ぶ。

ミリヤ:シャングリラでの食事を断念。


<2日目>

リオン:買い物等を済ませ、シャングリラを出立。カナリア家族と出会う。

ミリヤ:ライクの勲章授与式の日。武器屋のおじさんと街中で出会い、リオンがこの街にいたことを知る。そして、シャングリラの店長からリオンの居場所を聞き出す。


<3日目>

リオン:エリス教団が里へやって来て、温泉の設備を壊される。ハンパルラへ。シルヒと出会う。

ミリヤ:シャングリラの店長から妨害を受けて出発が遅れながらも里へ。カナリアと出会う。


<4日目>

リオン:教会を調査した後、シルヒとお昼をとる。

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