第59話 勇者様御一行11
遂にリオンを捕まえたと思ったのだが、あいつは既にこの場を去っていた。
この怒りをどこにぶつければ良いのだろうか。流石に彼女に八つ当たりをするのは申し訳ない。
「おぉ、ミリヤ。ここにいたのか。探した——グホッ。な、何をするんだいきなり」
「知らない」
丁度いいところにお父さんがやってきたので、お腹に肘を入れてやった。お父さんが出発を遅らせなかったら間に合っていたかもしれない、そんな怒りを込めてやった。
「あれ、お父さん。先に温泉に行ったんじゃないの?」
「あぁ、それなんだがな。どうも、現在この里全ての温泉は営業を停止しているらしいんだ。原因は源泉がこの里まで届いていないみたいでな」
「ふーん、そうだったんだ」
あたしの本当の目的は温泉ではなかったので、温泉に入れないと言われても特にショックではなかった。今は別のショックの方が大きいし。
「ふーんって、お前が入りたいって言って来たんだろう。……あれ? お嬢ちゃん、あの時の」
「あっ……あの時はどうも!」
「え? 二人は知り合いなの?」
「……あー、ちょっとな」
「あはは、少しだけね」
二人が知り合いなことに驚いていると、二人は誤魔化すように言葉を濁す。
言えないような関係? ってことは、お父さんはこの子を!? ……なんて、ありえないか。あたしと同い年くらいの子に興奮してたら絶縁ものだ。
「ワシも驚いたぞ。ミリヤも彼女と知り合いだったのか?」
「ううん、今さっき会ったばかりだよ。ね?」
「うん、そうだよ」
「そうか。……ところで、少し聞きたいのだが。お嬢ちゃんは今、一人か?」
「一人? ごめん、どういう意味かな?」
あたしもお父さんの質問の意図が掴めなかった。
聞き返されたお父さんは、奥歯に物が挟まったような言い方で再び質問する。
「つまりだな、その……彼氏とかいるか?」
「彼氏!?」
「お父さん! あたしくらいの年齢の子に手を出すなんて最低! 信じてたのに!」
「え、いや待てミリヤ! 誤解だ! そういう意味で言ったんじゃないんだよ!」
「じゃあ他にどんな意味があるって言うのよ! そんなの口説く時の常套句じゃない!」
「本当に誤解なんだ! だから、ミリヤ! 腹に肘を入れるのはやめてくれ! いつもより痛くて耐えれなさそうだ!」
「知らない!」
さっきまで信じてたのに、まさかお父さんにもこんな形で裏切られるなんて! この変態クソ親父め!
あたしが怒りのこもった肘打ちをしていると、彼女は「あっ」と何かに気づいたような声を出した。そして、
「ワタシの彼氏は今、里の外だよ。しばらくは帰ってこないかな」
「……ふっ、そうか」
彼女が自分には恋人がいるのだと明言したのにも関わらず、お父さんは笑みをみせた。それは、今彼女たちが遠距離の関係にあるからという笑みには思えなかった。彼女に彼氏がいること自体を喜んでいるように思えたのだ。
じゃあ、お父さんは本当に彼女を口説こうと思っていなかったのか。肘打ちをしまくっていたことが少し申し訳なくなってきたが、紛らわしい言い方をしたのが悪いのだと自己弁護する。
それにしても、彼女には恋人がいるのか。それは……あたしにとっても好都合だ。あいつは恋人のいる女性に手を出すほど図太くない。
だけど、少し引っかかる部分がある。彼女の恋人は里の外にいるみたいだけど、同じような人をさっき聞いたような……
「おーい! ミリヤ!」
「……ライク兄ちゃん?」
こちらに駆け寄ってくるライクの声によって思考を遮られる。そういえば、彼らも温泉に行ったのだった。そして、温泉に入れない事実を知ったはずだ。
「さっきお父さんから聞いたけど、今は温泉に入れないみたいだね。残念だね、ライク兄ちゃん」
「え!? べ、別に僕は残念なんかじゃ! 師匠に無理やり連れて行かれただけで……」
「なんだライク。温泉までの道中、混浴はどんなところかやたら聞いて来たじゃないか」
「師匠! それは内密にって話したじゃないですか! ち、違うんだよミリヤ。僕はただ、今から自分が置かれる環境を先に知っておくことで、ありうる危険を避けようと……」
「ふーん、まぁどうでもいいけどね」
その後もライクは言い訳を続けていたが、思考を巡らしたかったあたしにとってはノイズでしかなかった。
「それで、ケンガ。さっき言ってたことは本気なのか?」
「あぁ、もちろんだ。俺の幻想郷は俺の手で取り戻すんだ!」
「お前……本物の変態だったんだな」
「ふっ、褒めるなよ」
既にあたしたちの間で変態キャラが板についてきたケンガさんとお父さんが何か話している。どうやらケンガさんは何か企んでいるみたいだ。
「褒めてはないんだがな……はぁ。まぁ、この里には戦争時にお前たちが世話になったしな。恩返しではないが、力になれるならやるべきだろう」
「ふっ。分かっているじゃないかガルド。さすが俺の親友だ」
「お前とは動機が違うんだ、一緒にしないでくれ」
「ねえ、お父さん。何の話をしてるの?」
「うん? あぁ。ケンガがな、この里の温泉の復活に協力しようと言い出したんだ。あいつ、どんだけ混浴入りたいんだよ……」
「え、本当!? すごく助かるよそれ!」
さっきまで一歩引いたところであたしたちの会話を聞いていた例の女性が会話に入ってくる。
「あれ? 君は、ヘストイアの女王に成りすましていた魔物を僕と一緒に倒した……」
「あ、自己紹介がまだだったね! ワタシはカナリア! この里の出身で、つい先日実家に帰って来たの」
「あ、そうだったんだね。改めて、僕はライク。この里の人ってことは、カナリアも温泉の件で困ってるの?」
「そうなの! うちも温泉経営を生業としているからね。折角、この辺の治安が良くなってきて観光客も戻ってくるだろうなーって思ってたところにコレだから、本当に大ダメージだよ。……折角結ばれたのに、離れ離れになっちゃったし」
最後の方の言葉は聞き取れなかったが、どうやら彼女——カナリアも温泉に関して困っているようだ。
だけどカナリアには悪いが、あたしはそれどころではない。あいつがこの里にいないのであれば、今すぐにこの里を出て追いかけたいところだ。
……そういえば、あいつがこの里を出たことは聞いたが、どこに向かったのかはまだ聞いていない。流石に宛てもなく探すのは困難だし、そんなことをしていたらまた入れ違いになりそうだ。
チラッとカナリアの顔を見た。すると、向こうもこちらを見ていたようで目が合ってしまう。一瞬、顔を背けそうになったが、彼女のニコッとした笑顔に惹かれて動きが止まった。
彼女は、なんだろう……ヒロインって感じの風格がある。正直、現世のあたしの容姿は彼女にも負けていないと思う。だけど、彼女の雰囲気は別格だ。一つひとつの動きに目を奪われてしまう、そんな魅力がある。性格も気さくで、里の評判通りならとても優しいのだろう。そんな彼女に恋人がいるのも納得がいく。そして、恋人がいてよかったと安堵する。
「ミリヤちゃん、だよね? ミリヤちゃん、ワタシに聞きたいことがあるんでしょ?」
「っ!」
彼女に心の内を見透かされたような気になり、心臓がはねた。
彼女からあいつに関する情報を聞きたい。けど、彼女のために温泉の件に関わろうとは思っていない。そんな本心が彼女にバレてしまったと思い、後ろめたさで顔を背けてしまう。
すると、クスクスといった笑い声が聞こえた。それは近くからだった。顔の向きを戻すと、目の前に彼女の顔があった。あたしも容姿は負けていないと先ほど言ったが、あれは撤回する。彼女と同性のあたしでも、彼女の端正な顔を目の前にしてドキッとしたのだ。
「優しいんだね、ミリヤちゃん。やっぱり兄妹なんだ」
彼女はあたしにだけ聞こえるような小さい声で話を続ける。小声故のウィスパーな声が耳に響き、少し頭がトロンとしてきた。
「もし温泉の復活に協力してくれたら、リオンくんの今の居場所を教えてあげる」
「……えっ! それ、本当!?」
衝撃的な発言に我を取り戻したあたしは、語気強めに確認すると、彼女は魅力的な笑顔を浮かべて「うん!」と頷いた。
あいつの……リオンの居場所を教えてくれる。ならば、あたしも協力するしかない。
おそらく、これは彼女の配慮なのだろう。このような条件をつけることで、あたしの中にあった罪悪感みたいなものを取り除いて、気持ちよくあいつの居場所を聞き出せるようにしてくれたのだ。
本当に、彼女は優しい心の持ち主なのだと実感した。同時に、敵に回したくないなと思った。
とにかく、今日はもう遅いし、明日に備えてゆっくり休むことにしよう。早速、お父さんたちを連れてどこか宿を取りに行こう。
「妹ちゃん、リオンくんに似てたなあ。本当の兄妹じゃないって言ってたけど、なんだろう、魂が似てるのかな。そんな優しい彼女に、ワタシにしてはいい提案をしたなあ。……えへへ。これで少しでも早くリオンくんに会えるよ……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます