第58話 勇者様御一行10

ライクの勲章授与式があった翌日。


国を救った報酬金を返す形でライクが国に寄付したことで、街の復興が早速始まっていた。ライクが寄付したことは国によって公表されたため、あたし達が街中を歩いていると街の人たちがお礼を言いに寄ってくる。


もちろんその相手はライクなので、その度にあたしはお礼を言われているライクから少し離れ、遠巻きに見守っていた。しかし、たまに熱のこもった目をした女性が駆け寄ってきて、ライクにお礼を言った後にあたしを睨んでくることがある。


どうしてあたしが睨まれなきゃいけないのだ。あたしに構わず、その熱意をライクにぶつければいいのに。


だけど、そんな面倒な立場もここまで。この街に用はなくなったあたしたちは、早速出発することにしたのだ。


行き先はあたしが提案させてもらった。戦争時にあたしとケンガさんが避難していた、温泉のある里だ。


「どうしたミリヤ。もしかして、お前も温泉に入りたかったのか? あっはっは、俺もだよ!」

「ケンガさんは温泉より女の人の裸体でしょ」

「そ、そんなことはないぞ!? 俺も疲れを取りたいと思ってたのだ、うん」


あたしが次の行き先を提案した時、ケンガさんとそんなやり取りをしたのを思い出す。ライクはケンガさんの様子に苦笑を浮かべていた。


お父さんは何故か困った様子で、


「ミリヤ。どうしてそこに行きたいんだ?」


なんて、あたしの意図を探るような質問をしてきた。


あいつがそこにいるから、なんて言ったら(特にライクから)止められるかもしれないと思ったあたしは、


「最近肩が凝ること多いから、温泉にでも浸かって体を癒したいなって思ったの」


と適当な理由を述べた。


お父さんは納得のいっていない表情をしていたが、「そうか」と言い、それ以上は探ってくるようなことはなかった。


それじゃあ行くかとなった時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「おーい! お前さんたち!」

「店長さん」


シャングリラの店長さんが手を振りながらこっちへ近づいてきている。


近くまで寄ってきたところで、店長さんはニカッと笑ってライクの両肩に手を置いた。


「お前さん、なかなか漢気があるじゃないか! 国を救ったお礼の報酬金を全て、この街の復興に充ててくれたそうじゃないか!」

「え、えぇ。まあ」

「それなのに、オレにお礼をさせる前にこの街を出ようとしやがって! そうはさせねえ。お前さんたち、うちに来い! 腕を振るっておもてなししてやる!」

「えっ!」


あたしは早くこの街を出て、あいつを追いかけないといけないのに。店長さんはそれを知っているはずなのに、どうしてこんなことを。


店長さんを恨みを込めて睨むと、苦笑を浮かべて「申し訳ない」と口パクで伝えてきた。店長さんはあたしとあいつのどちらにも肩入れしないと言っていた。しかし、昨日はあたしに肩入れしすぎたから、今、そのバランスを取ろうとしているのだろうか。


店長さんの意志は伝わった。でも、やっぱり余計なことだ。昨日はたくさん感謝したけど、今は文句の一つでも言ってやりたい。そのために口を開こうとしたその時、


ぐぅ〜


あたしのお腹から情けない音が聞こえてきた。瞬時に顔が熱くなっていく。


結局、ニヤニヤした顔をしたおっさん達に連れられ、あたしはシャングリラに来ていた。


まあ、この前は食べそびれてしまったわけだし、この街を発つ前に食べ収めしておくのもいいか。




* * * * *




美味しかった。かなり美味しかった。やっぱりシャングリラの料理は最高だ。


でも、おかげで里に着いた頃には日が沈み始めていた。


やはりこの里は硫黄臭い。しかし、なんとなくこの前来た時より臭いが弱い気がする。


「ところで、近隣に戦争国があったのにこの里には変わらず観光客が来てたのか?」

「いや、激減したらしいぞ」

「おい。それなら温泉もやってないんじゃないか?」

「そんな中でも営業している、素晴らしい商売魂の持ち主がいるんだよ。その方は、混浴を作る素晴らしい紳士ぶりも持ち合わせているぞ」

「なにが紳士よ」

「あ、あはは」


相変わらずのケンガさんの変態ぶりに悪態ついていると、ライクは隣で苦笑を浮かべていた。


「なんだライク、混浴の素晴らしさがお前には分からないのか? 混浴はいいぞ。男と女が性の壁を取っ払い、そして身体を隠す煩わしい壁も取っ払って時間を共にするのだ」

「間違っていねえけどよぉ……その説明はなんだよ、ケンガ」

「愛弟子にこの世の楽園を教えているだけだ。ほら、行くぞライク! お前に天国を見せてやる!」

「え、ちょ、師匠!? 僕は別に……うわぁ!?」


ライクはケンガに引きずられる形で、温泉に連行されて行った。彼はあたしに助けを請うような表情をしていたが、彼らがいなくなるのはあたしにとって都合がいい。


「お父さんは行かないの?」

「ミリヤ。ワシが混浴に行っても怒らないのか?」

「行ったら殴るわよ」

「じゃあ行けないじゃないか! いや最初はなから行く気はなかったがな。ワシたちは男湯と女湯に入るか」

「そうね。お父さんは二人の後を追って。あたしは温泉に入る前に、ちょっと里を回ってみるね。温泉地ならではのものがあるかもしれないし」

「入った後でも良くないか?」

「汗を流した後に、あまり歩き回りたくないの」

「……そっか。じゃあ、先行ってるぞ」


なんとかお父さんを撒くことができた。しかし、先へ温泉へ向かうお父さんの顔は、どこか思案顔だったような気がする。


しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。この里にあいつがいるのだ。もうすぐ会える。会えるんだ。


会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい


でも具体的な場所までは分からない。店長が言っていたことを思い出す。リオンは一緒にいた女の妹の病気を治すための薬を届けに、この里へ向かったらしい。女と一緒にいるというのは気に食わないが、妹という存在を大事にするその行動は賞賛したい。


とにかく、今持っている情報はそれだけなので、そんな姉妹のいる家はどこか里中を聞き回ることにする。


……一発でどこの家か分かってしまった。特定があまりにも簡単で拍子抜けだ。あまり大きくない里だからといって、こんなにも早く分かるとは。


どうやらこの里では有名な姉妹らしく、その姉は可愛らしく、妹を溺愛しているらしい。妹のために大金を稼いだと聞いたので、溺愛しているのは知っていた。ただ可愛いとなってくると、少し不安になる。


「……ここね」


里の人に聞いた家の前まで着いた。中から光が溢れているので、おそらく誰かはいるだろう。


「……ふぅ」


もしかしたらあいつがいるかもしれない。そう考えると心臓がバクバクしてきた。呼吸を整え、ドアをノックする——


「あの、うちに何か用かな?」

「うわぁ!?」


不意に後ろから声をかけられ、素っ頓狂な声を漏らしてしまう。振り返ると、そこには金髪の少女が立っていた。その容姿にどこか見覚えがある。


……ん? 今、『うち』って言った? ってことは、彼女はこの家の人? ——もしかして、件の姉妹の姉の方?


改めて彼女の容姿を見る。綺麗な金色の髪に翡翠色の目。身長が低い分インパクトのある大きい胸。胸!


やばい。あいつの性癖は知らないが、男はみんな大きいのが好きだという。容姿が整いつつ、胸は大きく、姉なのに妹っぽさがある低身長。


この子が本当にあいつと同行していたのなら、もしかして……


「人を探しに来たの」

「人探し? うちに?」

「えぇ。あたしの大事な人を探してるの」

「だ、大事な人!? それはぜひ応援したいけど……うちに人探しって……あっ」

「あたしのリオ——」

「もしかして、リオンくんの妹ちゃん?」


……なんであたしがあいつの妹ってバレてるのよ。先手を打とうと思ったのに。


でも——ついに見つけた。やっぱり彼女と一緒にいるんだ。


「うん、そうなの。ねえ、あたしのお兄ちゃんいるんでしょ?」

「あー……ごめん、今いないんだ」

「嘘つかないで。あいつから黙っておくように言われてるの?」

「だったら『妹ちゃん?』なんて聞かないって!」

「たしかに……え、じゃあ本当に」

「うん。悪いんだけど、リオンくんはもうこの里を出て行ったよ」


……は? 遂に捕まえたと思ったのに。あたしがわざわざ情報を集めて追いかけてやったのに。どんだけ逃げ回るのよ、あいつは!!


「うわぁ……こりゃますます会いにくくなったね、リオンくん」

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