第57話 教会をご案内
「あれ、昨日のシスターさん。この教会の方だったんですね」
シルヒ目的で来たわけじゃないことを遠回しに伝えるが、彼女は依然と嬉しそうな笑みを見せる。
「あ、そういうこと! そうよねそうよね、必死に探していた相手にその事を知られるのは恥ずかしいわよね。あんたは偶然ここを訪れて、偶然アタシと再会した。そういうことにしておいてあげる!」
彼女の誤解を解くことはできなかったが、その
ていうか、
「ねえウィル。あいつ、俺のこと好きじゃない?」
「はい。私もそう思います。おそらく、昨晩私たちがあの店を出る頃には既に」
「えぇ……チョロすぎる……」
評判通り、本当に気づいたら落ちていたヒロインだった。でも、俺がしたことと言えばご飯を奢ったくらいだ。それがきっかけなら、カナリアと被ってしまうぞ。別にカナリアもそれ自体がきっかけではないが。
「と、ところで」
シルヒは先ほどの高飛車な態度とは打って変わって、おどおどした様子で話しかけてくる。
「あ、あんたの名前、まだ聞いてないんだけど」
「匿名希望です」
「あんた別に相談に来たわけじゃないでしょ!? ……そ、そう! 昨日のお礼がしたいのよ。そう言えばあんた、なんかアタシの分も払ってくれてたでしょ! しかも多めに!」
「名乗るほどの者じゃありません」
「謙遜してんじゃないわよ! てか、なんでまた口調が堅くなってんのよ!」
「名も知らぬ人にしつこく個人情報を探られて、警戒してるだけです」
「個人情報って、名前しか聞いてないでしょ! ……アタシはシルヒ。これでアンタの名前も聞かせてくれるのよね?」
「リオンと申します」
「リオン……なかなかいい名前じゃない? って、まだ口調が直ってない!」
なるべく彼女と距離を取るために、面倒くさい返事をしているのだが、どうも彼女の反応が良くて少し楽しくなってくる。
「あ、あの。私はウィルと申します」
「あっ……あんたは、リオンの恋人なのよね?」
「はい。幸福なことに、私はリオンさんの恋人でございます」
「……そう、よね。ま、まあ一人だけって決まりはないし、うん」
彼女の最後の小さな独り言を、俺は聞き逃さなかった。やっぱり彼女は既に俺に惚れているみたいだ。
彼女のチョロインぶりを侮っていた。流石にあんな短時間で惚れられるとは思っていなかったのだが。
だけど、熱しやすいものは冷めやすいとも言う。今度はそこに賭けて、突き放すような姿勢を通すしかない。
「それじゃあ、シルヒ。俺たちは教会を見て回ってくるから、シルヒはお仕事がんば——」
「そ、それならアタシが案内してあげてもいいわよ? ほら、闇雲に見て回るより、精通している人に案内された方が効率もいいし、意外なことも聞けちゃうかもしれないわよ?」
「でも流石に迷惑じゃ——」
「迷惑なんかじゃない! ……あ、えっと、これも仕事の一環ってやつよ。うちのことを知ってくれるのは嬉しいし、それがエリス様の素晴らしさを知るきっかけになるかもしれないしね、うん。それに、これは昨晩のお礼よ」
彼女と別れようとするが、食い気味にそれを防がれる。俺は内心でため息をつき、「それじゃあ、よろしく頼もうかな」と白旗を上げた。
するとシルヒは一瞬パァッと顔を輝かせた後、こほんと咳払いをして表情を繕う。誤魔化しているようだが、彼女の感情はバレバレだ。
「任せなさい! 二人とも、アタシについてきて!」
意気揚々と案内を開始するシルヒに対し、俺とウィルは顔を見合わせて苦笑するのだった。
* * * * *
シルヒの案内の元、教会を見て回ったが、外から見て思っていたより広かった。教会というより大聖堂と言った感じだ。
「そして、ここが告解室」
「告解室、ですか?」
「女神エリス様の前で罪を告白することで悔い改める場よ。主にうちのシスターが話を聞いて、エリス様の代わりに言葉を捧げるの」
「じゃあシルヒさんもされているのですか?」
「あ、いや、アタシは……その、別のお仕事を主に……」
言いにくそうにしているシルヒの目線を辿ると、『お悩み相談室』と手書きで書かれた看板が立てかけられた部屋があった。
「もしかして、シルヒさんはお悩み相談をされているのですか?」
「うっ……そうよ。アタシも最初は告解室を担当していたのに、気づいたらアタシだけの部署ができていたのよ! はぁ……」
「お嫌なのですか?」
「……嫌、じゃないかな。アタシに相談に来てくれた人が、後日、アタシのおかげで悩みが解決したって報告に来てくれる時には……やってて、良かったかなって思える、かな」
照れ臭そうに話すシルヒに、ウィルは微笑みをかける。
彼女は本当に女神エリスを信仰しているし、自分の仕事にやりがいも持っている。彼女のことを知れば知るほど、この団体を腐らせた者が憎くなってくる。
正直、俺たちの利害は一致している。だから同行することが、問題解決への近道なのだが……新たな問題が発生してしまうので、やはりそれはできない。
「と、とりあえず! これでここの案内は終わりかな」
「シルヒさん。ご案内いただきありがとうございました」
「ありがとう、助かったよ」
「ど、どういたしまして。……終わっちゃったなぁ」
シルヒの案内のおかげでスムーズに教会を見て回ることができたが、一つ気がかりがあった。
「そういえば、司祭の姿は見なかったな」
「え? あぁ、あのタヌキ親父なら、あまり表に顔を出さないわよ。普段は自室に籠ってるわ」
「あぁ、どうりで」
「ったく、仕事はアタシたちに任せっきりで、あいつは一体何やってるのかしら。文句言いに行ってやりたいけど、部屋の前にはあいつの側近がいて近づけないのよね」
それは非常に重要な情報だった。同時に厄介でもある。司祭に近づくのは困難を極めそうだ。
教会の視察は終わった。一旦宿にでも戻って、作戦を練るべきだろうか。
今後のことを考えていると、隣からぐぅ〜という可愛い音が聞こえてきた。音の方を振り向くと、ウィルが顔を赤くしてお腹を押さえている。
「お恥ずかしいです……」
「そろそろお昼時だね。教会の用事も一旦済んだし、どこかに食べに行こうか」
「うぅ……はい、行きましょう。再びこのお腹が鳴る前に」
「可愛いと思うけどね」
「リオンさんにそう言っていただけるのは嬉しいのですが、やはり恥ずかしい気持ちも強いです……」
本人がそう言っているのだから、この話はこれくらいにしておいて、ここは昼食を急いだ方がいいだろう。
シルヒに改めてお礼と別れの挨拶をしようと思ったその時、「ま、待って!」とシルヒに先手を取られた。
「アタシもお昼、一緒にしていい? いいよね? ね?」
「奢らないぞ」
「別にそれが目的じゃないわよ! ほ、ほら。昨日アンタが多めに払った分の余りがあるのよ。どうせアンタ、返すって言っても受け取らないんでしょ?」
「流石にな」
「ふふん、そう言うと思っていたわ。だから、アンタが良ければこのお金で一緒にお昼ご飯食べに行こうって提案してるの」
「そこまで多く出した覚えはないんだけど」
「そこは抜かりないわ! 何年この街に住んでいると思ってるのよ。お金が無くてどんだけ苦しい思いをしていると思っているのよ! アタシにかかれば、安くて美味しいご飯屋なんていくらでも紹介できるわよ!」
なんて悲しくも逞しいエピソードなんだ。少ないお金を手に握り、出費を抑えつつも日々のストレスを解消できるような店を探している彼女の姿を想像すると泣けてくる。
「リオンさん……」
ウィルは俺の名前を呼ぶだけでそれ以上は何も言わずに俺を見つめてくる。まるで捨て犬を目の前にして、うちで飼ってもいいよねと訴えてくる子供のような目だ。
「……分かった。ぜひ、その店まで案内してくれ」
「ほんと!? ま、任せなさい! でも、案内だけさせてそこからは別とかは無しだからね! ね! ……そんなことしないわよね?」
「そこまで酷いことはしないって」
「そ、そう。それならいいのよ。疑われるのが嫌なら、普段からアタシにもや、優しくしなさいよね」
「善処するよ」
「それってしないときの断り文句じゃない!」
結局、彼女に同情する形でお昼まで一緒することになったが、シルヒとの接し方は難しいなとつくづく思う。
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