第54話 シスターのお仕事

近日、あのタヌキ親父たちが近くの里へ赴く計画を立てているらしい。


最近、ここ周辺の治安は悪化したと言われている。原因は明白、ヘストイアがあちこちに戦争を仕掛けているからだ。


その影響で、件の里は、収入資源である温泉観光客の来客が見込めず、生活に喘いでいるらしい。


そこにあいつらが行く理由は、どうせエリス様の祝福を受けたいならばお金を出せ、さもなければ更なる不幸が降りかかるぞと脅すためだろう。いつものやり方だ。


留守番を命じられたアタシは、ひたすらエリス様にお祈りすることしかできない。どうか、その里の者をお救いください、と。


しかし、エリス様は少々気まぐれなところがある。この前の神託なんて、


『シルヒちゃーん、良い男いないかなー? 天界の男共はもう食い尽くしちゃったんだよねー』


なんてご冗談を仰っていた。


『やっぱりギャップがある男がいいのよ! 俗世ではツンデレって言うジャンルがあるみたいね。最初は冷たい対応を取ってくるくせに、後になって優しくなったり、好き好き言ってくるらしいのよ! くぅ〜最高ね!』


エリス様は豊富な知識をお持ちのようで、アタシはあらゆる知識をエリス様から授かった。


それらの知識は、アタシの主な仕事の一つである、教会に訪れる迷える子羊たちの相談を受ける際に活躍する。


以前受けた相談の内容を思い出してみる。


「迷える子羊よ、よくいらっしゃいました。あなたの悩みをお聞かせください」

「シスターさん。私には好きな人がいます。彼に私のことを好きになってもらおうと、いろんなアプローチを試しているのですが、どうも手応えがないんです」

「アプローチですか。どのようなことをされたのですか?」

「えっと、この前は彼がお仕事に出かける前に手作りのお弁当を渡しました。受け取ってはくれたのですが、『別にオレは昼飯抜きでもいいんだけどな』と言われてしまいました」

「なにそれムカ……こほん。他にはありますか?」

「そうですね……そうだ。彼の家にお邪魔した際、裾が破けている服があったので、補修してあげたんです。私、裁縫が得意なので! でも彼には、『別にこれは捨てる予定だったから、してくれなくてもよかったんだけどな』って言われてしまいました」

「なにそのクソ……こほん。あなたはおかしなことをしているとは思いませんし、その方のことを思っての行動だと思います」

「ですよねですよね! なのに彼は全然靡いてくれなくて、うぅ……」

「……もしかして、その方はツンデレなのかもしれません」

「ツンデレ?」

「はい。この世には、素直になれない性格の方がいらっしゃいます。表面上はツンツンしていますが、内心はあなたに感謝しているかもしれません。……そこで、少し引いてみるのです。いつも尽くしてくれるあなたがいなくなることで、あなたの大事さが分かるかもしれません」

「……分かりました! シスターさんのアドバイスの通りにしてみます!」


まあ、全てエリス様の受け売りだったのだが。結果的に、その男性は本当にツンデレだったみたいで、相談者の彼女が数日彼のことを避けていただけで、「お前がいないとダメなんだ。オレを捨てないでくれ」なんて泣きついてきたらしい。


そんな彼の姿も愛らしいと、彼女は言っていたが、なんて面倒な男なんだとアタシは思った。


神託を受けて以来、こういった恋愛相談が多くなってしまった。アタシにそういった経験は一切ないのに、エリス様の知識をお披露目するだけで、そう言った相談を解決することが多いからだ。流石はエリス様。


エリス様の知識を伝えることで、相談に来られた皆が幸せになっていく。それはアタシにとっても幸せなことだ。しかし、どうしてもアタシも求めてしまう。


アタシの悩みを聞いてくれる人はいない。だって、アタシは永遠の聞き手側だから。アタシがシスターである限り、誰もアタシのことをそっち側の人間だと思ってくれない。


さて、いつまでも暗い気持ちでいたらダメだ。今日も迷える子羊たちのお話を聞かなければ。聞く側がこんなんだと、向こうも気持ちよくお話しできないだろう。


アタシは気持ちを切り替え、今日も教会で相談者を待つ。すると、一人の女性がものすごい形相でやってきた。


「迷える子羊よ、よくいらっしゃいました。あなたの悩みを——」

「聞いてよシスターさん! 彼氏がね、私の話を全然聞いてくれないの! 私は仕事先でこんなことがあったよーって話をしたいだけなのにね、今本読んでるからって拒否ってくるのよ! ありえなくない? 別に意見とかが欲しいわけじゃない、適当に相槌でも打ってくれれば、こっちは満足できるのにさ、どうしてそれぐらいのこともしてくれないのかしら!」

「は、はあ」


相談者の勢いに押されてしまう。


えっと、彼氏に求めるモノの話だろうか。……うーん、そんなことアタシに聞かれてもなと思うのが正直なところだ。エリス様から授かった知識に……使えそうなものはないわね。参ったわ。


とりあえず、話を続ける。


「つまり、あなたは彼氏さんに話し相手になって欲しいということですか?」

「そうなんですよ! 言い方はあれだけど、言葉のサンドバッグになって欲しいっていうかさ! シスターさんもありませんか、愚痴を聞いてほしいって欲しい時って!」

「あぁ……分かります」


心の底から同意する声が出た。アタシも話し相手が欲しい! 別に悩みを解決するような答えが欲しいわけじゃない! 悩みを他人にぶちまけたいだけなの!


「分かるわよね? ねえ、どうしたらいいと思う? シスターさんなら、何か良い策を持ってると思って来たんだけど」

「策、ですか」


そんなの知っていたら、自分が実践している。だが、わざわざ相談に来てくださった方に、そんなことは言えない。


アタシはうんうんと頭を悩ませ、なんとか絞り出した答えを告げる。


「自分の思いを通すためには、行動を起こすしかありません」

「は? 私、一応彼氏に文句言っているんですけど」

「そうではありません。責め立てるのではなく、彼氏さんが良い気持ちになるよう一工夫入れるのです」

「……一工夫? ズバリ、それは何なのシスターさん!」

「甘えるのです。男性は皆、女性に慕って欲しいのです。自分を頼ってくれているという優越感を彼氏側に与えながら、あなたは自分のしたいことをすれば良いのです。さすれば、あなたの望みは叶うでしょう」

「おぉ……! たしかに、私はあいつを責めてばっかだった! だから向こうも嫌気が差してきてたんだね! ありがとうシスターさん、早速帰ってたくさん甘えてくるね! 待っててねダーリン!」

「ダーリン……?」


結局、ただの痴話喧嘩だったみたいだ。夫婦喧嘩はケルベロスも食わぬというが、巻き込まれたこっちの身にもなって欲しい。


しかし、自分で言っててなんだが、なかなか良い回答だったのではないだろうか。今までの経験から得た知識を活用することができた。


こうして、自身に経験はないのに、知識だけ貯まっていく耳年増って奴が出来上がっていくのね。はぁ。


さっきの相談者は恵まれている。だって、相手がいるのだから。相手をその気にさえさせれば、話し相手になってくれるのだから。


アタシには誰一人いない。こんなに慕われているのに、ずっと孤独だ。


自分の思いを通すためには、行動するしかない、か。


アタシも行動するしかないのかもしれないわね。まずは、あの狸たちの狙いを邪魔しに、例の里へアタシも行こうかしら。ふふ、あいつの困った顔が目に浮かぶわ。


そして話し相手。そうね、今度、行きつけのお店で一緒になった人にでも話しかけてみようかしら。なるべく外から来たが良いわね。そして、ちゃんとアタシの話を聞いてくれる人。


アタシは、さっきの相談内容を参考にしながら、どんな人に話しかけるかを考えるのだった。

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