第53話 チョロイン

結局、店員さんに頼んで取り皿をもらい、俺のステーキの一部を移したものをお隣さんに渡した。


「あぁぁぁ久しぶりのお肉! 我らが主、エリス様。おん恵みによって今いただくこの食事に感謝いたします」

「俺に感謝してくれよ」


敬虔なエリス信仰者のシルヒに俺が苦言を呈すと、彼女はこっちをチラッと見て嫌々しくペコリと頭を下げた後、すぐにステーキにかぶりついた。


俺はため息をつきつつ、自分もステーキを楽しむかと改めて正面を向くと、右隣にいるウィルが話しかけてきた。


「リオンさん。私、彼女とは関わらないようにしているのかと思っていました」

「うーん、そのつもりだったんだけどな。空腹って本当に辛いから、ついな」

「うふふ、リオンさんは森の中で、空腹で倒れていましたもんね」

「あぁ立派な黒歴史だなぁ」

「でも、そのおかげで私はリオンさんと出会えました。リオンさんとしては複雑かもしれませんが、私は少し感謝している部分があります」

「それは……本当に少し複雑だけど、確かにそれがなければ、こうしてウィルと一緒にいることもなかったのかな。うん、あれもいつか良い思い出になるような気がしてきたよ。ありがとう、ウィル」

「はい!」


そこで俺たちは見つめ合い、自然と微笑み合う。


シルヒにお裾分けをしたのを二つの理由で後悔していたが、ウィルとこのような会話ができたのなら、悔いもなくなるってもんだ。


彼女と関わってしまったけど、今日はこの美味しい食事を愛する人と楽しもう。俺は意識を自身の位置から右半分に集中させる。しかし、


「ねえ」


意識外から話しかけられてしまった。


無視することはできず、仕方なしに左に振り向く。シルヒは既に肉は食したみたいで、揚げられたポテトを手で摘んでいる。


「あんたたち、恋人同士なの?」

「そうだけど」

「ふーん。じゃあ、あんたって聞き上手なんだ」

「へ? どういうこと?」

「ふふん、アタシ知ってるわよ。彼氏っていうのは、彼女の話を優しく聞いてくれる存在だって!」


シルヒが胸を張ってドヤ顔で言う内容に、俺を首を傾げた。


たしかに、女性はパートナーに自分の話を聞いてくれることを望むとは聞くが、全てのカップルがそうだとは限らないんじゃないだろうか。彼女は偏った知識を持っているように思える。


俺が返事に困っていると、ウィルが「その通りです」と話に入ってきた。


「リオンさんは私の話をいつも笑顔で聞いてくださいます。ご相談の際も、親身になって考えてくださいます」

「ほらね! じゃあさ、アタシの相談っていうか愚痴にもさ、付き合ってよ!」

「俺はあなたの彼氏じゃないので」

「そんな屁理屈言わないでさ! ほら、お隣の席になった縁っていうかさ!」

「ステーキお裾分けしたじゃないですか」

「あ、うん。それは本当にありがとう。じゃあ、もう少し甘えさせてもらうっていうかさ」

「仮にもシスターが他者に施され続けて、それでいいんですか」

「ぐぬぬ……っていうか、なんでさっきから丁寧な口調なのよ! ちょっと距離を感じちゃうじゃない! こんなに近くにいるのに!」

「じゃあ席も離しますか?」

「口調を崩せって言ってるの!」


はぁはぁと息を切らす彼女。俺もはぁとため息をつく。


「なんであんたがため息ついてるのよ、あたしがつきたいわよ! はぁ! はぁ!」

「そんな強いため息があってたまるか」

「やっと口調を元に戻したわね! アタシの勝ちだわ! ぷふー、ちょろいもんだわ」

「そうですか。あなたの勝ちで構いませんよ」

「やめて、一気に突き離さないで! お願いだから、アタシの話に付き合ってよおおお」


彼女とはストーリー進行上あまり関わりたくないので、なるべく冷たく突き放しているのだが、彼女が諦める気配を感じられない。


俺はついに根負けし、彼女の愚痴とやらに付き合うことにした。と言っても、彼女が抱えている悩みというのは知っている。エリス教団の司祭たちのことだろう。


手短に話を済ませたいので、俺は早速切り出すことにした。


「わかった、付き合うよ。相談って、同じエリス教団の一部の連中が、信仰を悪用して金を荒稼ぎしてることだろ?」

「えっ、どうして分かるの? もしかしてあんた、本当はアタシのこと興味津々? さっきまで冷たかったのも、好意の裏返しってやつ!? なによー、最初から素直になりなさいよー。もう、アタシが知識豊富だから察してあげられたから良かったけど、好きな人にそんな意地悪したらダメだぞっ」

「相談する気がないなら付き合わないぞ」

「ごめんなさい調子乗りましたお願いですから相談に付き合ってください聞いてくれるだけでもいいのでお願いします」


俺の腕を掴んで拝み倒してくるその姿は、まさに神様に懇願する信徒の姿だった。いや俺、神じゃないから。


一度付き合うと言ったのだから、最後まで付き合うつもりだった俺は「付き合うからさっ」と彼女を自分の腕から剥がす。ただ話題が脱線しそうだったので、ああ言ったまでだ。


「今朝、近くの里に来てただろ? 俺たちもあそこにいたんだ」

「あぁ、そうだったのね。ん? じゃあ、あんたはあいつらじゃなくて、アタシの肩を持つってこと?」

「あの司祭たちは、明らかに胡散臭かったしな。それに、あいつらが捨て台詞を放って去った後に、自分は悪くないのに、里のみんなに真摯に謝罪を入れてるあんたの姿を見てたら、どっちが良い奴かってのは明白だったよ。な?」

「はい。正直、あの方の発言には矛盾する点がございました。ですので、私はあまり、あの方を信頼することはできませんね」


ウィルに同調を求めると、ウィルは司祭の矛盾した発言を理由に、奴は信用できないと言ってくれた。


すると、シルヒはその赤い目を潤わせて、少し涙ぐんだ声を出す。


「わかってくれる人がいたのね! えぇ、そうなのよ! あいつらはエリス様の命だとかなんとか言って、お金を稼ぐことしか考えてないのよ! あいつの体見た? 昔はヒョロヒョロだったのよ? でも今は、ぷってりと太っちゃって! 衆人を騙して得たお金で、あの体が出来あがっちゃってるのよ! 挙句の果てには、あいつらに反発するアタシに対してのお給金は絞りに絞りやがって……あのタヌキ親父! 絶対にいつかあの腹掻っ捌いてやるんだから!」

「えぇっ」


シスターとは思えない過激な発言が飛び出し、ウィルから驚嘆の声が漏れる。


彼女は確かに敬虔なエリス信仰者だ。常に女神エリスを一番に考えている。しかし、こういったシスターらしからぬ過激な言動が目立つ性格をしているのは、原作通りだった。


それにしても、彼女が安価なポテトを頼み、俺たちのステーキを羨ましく見ていた理由はそこにあったんだな。シルヒは神託を受けることができる重要な人物のはずだが、自称神託を受けており、金も持っている司祭の方が教団内での権力は強いってことか。


原作では省略されている設定を脳内で補完しながら、俺は彼女の話を聞き続ける。


「そもそもエリス様はお金なんて必要としていないのよ。だってエリス様は、そんなものなくてもこの世の全てを手に入れることができるのだから! なのに、あいつらはエリス様を利用して……慈愛深きエリス様が許しても、アタシは絶対に許さないんだから!」


ヒートアップして愚痴を吐き続けたシルヒは、そこで水をグイッと飲み干す。


「スッキリしたか?」

「えぇ。……はあ、情けない。アタシは迷える子羊を救う立場であるはずなのに、こんなところで初対面の人に愚痴を吐くなんて」

「まあ、そう自分を卑下するなよ。あんたは神ではなくて、一人の人間なんだからさ」

「えっ……」


話は済んだということなので、これ以上長く関わらまいと、俺たちは席を立つ。


「ここの食事代は俺が払っておくよ。気苦労することはたくさんあると思うけど、腐らずに頑張ってくれ。いつかあんたにも救いはやってくると思うからさ」


シルヒを救うのは女神エリスではなく勇者ライクだ。そして、勇者ライクに救われたシルヒが、魔王を倒すことでこの世界を救うのだ。


ただ原作とは違い、俺がエリス教団を潰すかもしれないが……もしそうなっても、俺がやったのだとエリスにバレなければ、その後にここに訪れたライクが彼女の心をケアすれば大丈夫だろう。ライクという心の支えができることで、彼女は救われるはずだ。


ただまあ、そこは、彼女のチョロインぶりに賭けるしかないところだな。


俺は三人分の食事代と、彼女が追加注文できるよう余分の料金を支払い、店を後にした。











「な、なんなのよあいつ。最初は冷たかったくせに、急に優しくなって……まさか、これがツンデレってやつ!? やっぱりあいつはアタシのこと……!」

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