第52話 この作戦でいこう

カナリアと分かれて行動することになった俺とウィルは、いつも明るく話してくれるムードメーカーが不在で、二人なのにどこか寂しく感じていた。


そのせいか、ウィルが率先として話題を振ってくれる。俺もそれに乗っかって、なんとか明るい空気を作り上げていた。


それでも埋まらない穴というものはあって、出会ってからまだ短いが、彼女は既に俺たちの中で大きな存在になっていることを実感する。ウィルがヘストイア城に収容されている時も、ひどく寂しく感じたことを思い出す。


こちらに来てから、俺は寂しがり屋になってしまったのかもしれないと思ったが、向こうではいつも楓がいてくれた気がする。楓が中学に上がってから、やけに避けられるようになってしまったし、一緒に外出することも無くなってしまったが、話しかけると話だけは聞いてくれた。


入院時に寂しさを埋めてくれたのも彼女だ。今思えば、前世の俺にとって大きな存在って楓だったのかも……なんて本人に伝えたら、気味悪がられそうだ。でも、兄妹という強い絆は確かにそこにあったと思う。


いつの間にか過去に思いを馳せていたので、気を引き締めなおす。


カナリア不在による影響は、ムードだけではなかった。彼女の火力はやはり相当なもので、そこにウィルの強化魔法を加えるとほぼチートだった。


ウィルの強化魔法は凡人である俺にかけても、大木を軽く切断できるレベルに強化してくれる。


それを生身の時点で最強に近いカナリアにかけたら……そこらへんの雑魚敵は一瞬で散り散りになっていった。


ゲームにおいて、バフ魔法というものは存在したが、攻撃力を若干高めるだけとか、脚を速くするとか、その程度だった。ウィルの強化魔法はそれらを一度に行い、かつ効果も上位互換ときている。


またもや、製作陣がウィルを勇者パーティーに加入させなかった原因が判明した瞬間だった。


カナリアがいない今、俺が前衛に立ってハンパルラへ進行している。やはり若干の遅れが生じているが、そこまで距離はないため、既に日は沈んでしまったが、なんとか今日中に辿り着くことができた。


ハンパルラ。中央にある大きな教会がシンボルの街。女神エリスを信仰する者にとっては聖地とされている。街といっても、ヘストイアほどの規模はない。しかし、そこに住まう者は何故か裕福だという。


ハンパルラはヘストイア国の領地であるため、侵攻の対象にはなっていなかった。だが、それだけが理由ではなく、ハンパルラでも魔物が暗躍しているから、ガーゴロンは手を出さなかったのだ。


この世界の魔物は人間社会を裏で操るのが好きだなと、プレイ時の俺が感想を漏らしていたくらい、そういったエピソードが多いのが『エルドラクエスト』だ。


ハンパルラも例に漏れず、魔物が裏で操っている。具体的には、ハンパルラというよりエリス教団だが。


つまりは、あの司祭に神託を授けているのは女神エリスではなく、その魔物なのである。その魔物を、勇者ライクとシルヒが討ち倒し、エリス教団を浄化させるというのが、シルヒに関するエピソードだ。


そのため、俺が今からしようとしていることは、まさにそのエピソードの勇者役なのだが……少しだけ、変更を加えようと思う。ずばり、シルヒと親しくならないことだ。魔物の討伐は俺とウィル、合流できたらカナリアとだけで行う。シルヒの力は借りず、なんとかこの件を解決したい。そうすることで、なんとかシルヒが勇者パーティーに加わる可能性を残そうという魂胆だ。


これが上手くいくかは分からないが、カナリアの故郷の被害を抑えるために、ここは躊躇うべきではないと判断した。


だが、今日はもう何か活動するには遅いため、宿を取り、晩御飯を食べるために適当な飲食店へと入った。店員さんが出迎えてくれて、二名だと告げると、生憎テーブル席が埋まっているが、カウンター席ならすぐに案内してくれると言われた俺たちは、早目に体を休ませたかったため、カウンター席に通してもらった。


メニュー表を受け取り、目を輝かせてその中身を眺めるウィル。俺はその様子を見て、自然と笑みが溢れた。


旅の楽しみといえば、絶景を見るだとか、その地域の歴史を感じるだとか色々あるが、そんな余裕はない俺たちにとって、食事が唯一の楽しみとなっている。


シャングリラでの食事は特別美味しかった。宴の際は、皿洗いやら雑用を押し付けられてしまったが、また落ち着いたら行きたいと思う。比較するのは申し訳ないが、この店の料理はどんなものかな。


「リオンさん。ご注文、決まりましたか?」

「うん。変わった肉のステーキがあるから、それにしようかなって。ウィルは?」

「私も同じものにしようと思います。ここにはお魚はないのですね……」

「あはは、相当気に入ったんだね。また今度、海に近い街に行った時には、絶対に食べなきゃ」

「はい! えへへ、楽しみです。もちろん、ここのお店のお料理も楽しみです」


意外と食いしん坊なウィルは、頬を緩ませて、これから出会う料理たちに思いを馳せている。


俺は微笑を浮かべながら、注文するために店員さんを呼んだ。すると、来客対応をしていた店員さんが「はーい」と返事をして、こちらに小走りで来てくれた。


二人分のオーダーを伝えると、店員さんは「わかりましたー」と返答した後、「あの」と言葉を続けた。


「お一人なのですが、先ほど来客されたお客様をお隣に案内してもよろしいでしょうか」

「大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。それでは、すぐにご案内します。お料理は少々お待ちくださーい」


適当に入った店だったが、かなり繁盛しているようだ。周りを見渡すと、俺の隣以外に空席は見当たらなかった。


「この店は当たりみたいだよ」

「そのようですね。みなさん、楽しくお食事されています。うぅ、お腹が鳴ってしまいそうです」


ウィルは自身のお腹を押さえて、我慢できないといった表情を浮かべる。普段はあまり我を出さないウィルだが、こと食欲ともう一つの欲に関しては素直なところがある。


先ほど注文を受けてくれた店員さんが、間も無くして戻ってきた。一瞬、もう料理が出来たのかと思ったが、どうやら例のお客さんの案内だった。


「こちらの席になります。ごゆっくりどうぞ」

「ありがとう」


俺の隣の席に案内され、座る人の声に聞き覚えがあった。そうだ、今朝聞いたばかりの声だ。視界の端に赤い髪が映る。冷や汗が出てきた。


「お酒……はこの格好じゃダメか。とりあえず、お水もらえる?」

「わかりました。すぐに持ってきますねー」


お隣のお客さんは自身の格好を理由に、お酒の注文をやめた。それもそうだ。彼女は修道服を着ているのだから。お酒を飲んだらダメなのかは知らないが、変に悪酔いしたらいけないもんな。


俺はなるべくそちらを見ないよう、ウィルの方に若干体の向きを変える。二人で来ているのだから、特段おかしな姿勢ではないだろう。


ウィルと談笑していると、お水を持ってきた店員さんに、お隣さんは追加注文をしていた。


「うぅ……こ、このポテトを一つお願い」

「えっと……以上でよろしかったでしょうか?」

「ええ! これだけでいいわ! いけないかしら!?」

「と、とんでもない! ご注文承りました! 少々お待ちくださーい!」


注文の確認を入れた店員さんに、怒鳴りつけるほどではないが、怒気を含んだ声で返事をしたお隣さんは、逃げるように去っていった店員さんの後ろ姿を見つめながら「あぁ……やってしまった」と後悔を漏らしている。


ウィルもその声に驚き、俺のお隣さんの姿を確認して目を見開いたが、俺が彼女に何のアクションも起こしていないのを見て、そのまま俺と談笑を続けた。


しばらくして、遂に俺たちが注文したステーキが届いた。鉄板の上でジュウジュウと音を立てる分厚い肉からは、食欲をそそるいい香りが漂っている。


「わぁ……とても美味しそうです」

「そうだね、早速いただくとしようか」

「はい!」


俺たちはナイフとフォークを持ち、その肉を堪能しようとしたその時、隣からグゥ〜という可愛い音が聞こえてきた。


あまりにも美味しそうなステーキを前にして、気が緩んでいたのか、つい反射的に音の方に振り向いてしまった。


「美味しそう……」


お隣さん——シルヒが、よだれを垂らしながら俺のステーキを見つめている。彼女は、俺たちより先に届いたポテトを大事そうにちびちびと食べていたのを知っている。


俺はそんな彼女の目の前で、この肉をパクパクと美味しそうに食べるのに気が引けて、つい言ってしまった。


「少し食べますか?」


すると彼女は顔をパァと輝かせた後に、ハッと我に帰ったような素振りを見せ、表情を繕って、


「そ、そうね。いただけるならいただこうかしら。折角のご厚意だしね」


その反応に少しイラッとした俺は、彼女の目の前でステーキを一切れ食べてやった。


「ああああああああああ!! アタシのお肉ちゃんがあああああ!!」

「俺のだよ!」


我が子を目の前で奪われたようなリアクションをするシルヒに、俺はツッコミを口にしてしまう。


なんかもう、グダグダだ。

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