第51話 自作自演

シルヒが里を去ったのを確認した後に、俺たちは宿を出て、少し離れたカナリアの家へ向かった。


「おはようございまーす」

「おはようございます」


挨拶をしながらドアを開けると、ネロさんが笑顔で迎えてくれた。


「あら、おはよう。昨晩はお楽しみだったかしら?」


これまたRPGで典型的な質問だなあと思いながら、俺は愛想笑いを返す。


「先ほど、変な人たちが里に来ていたみたいですが」

「あぁ、あれね。なんかよく分からないけど、嫌な予感がしたから私たちは出なかったのよ。実際、家の中からこっそり見ていたけど、あの赤髪のシスターちゃんと揉めていたし」


なんというか、ネロさんからは年の功とは違った、修羅場に対する経験が豊富な感じがする。もしかしたら、昔、旅をしていたとか?


「あ、お食事の準備ですか? 私もお手伝いいたします」

「あら、助かる! カナリアは家事はてんでできないのよねー。本人は食べる専門って言ってたわ」


それは俺もそうなので、ここは苦笑するしかなかった。


「カナリアはどこにいるんですか?」

「ランちゃんの様子を見てるわ。あの子、病み上がりなのにはしゃぎ過ぎたみたいで、ちょっとだけ熱が出ちゃったのよ。あぁでも安心して。ただ体力がないくせに動きまくったからで、少し休んだら熱も引くだろうから」

「そうですか……それなら安心、なのかな?」


久しぶりにベッドの上での生活から解放されて、はしゃいでしまっていたのだろう。その気持ち、俺にはよく分かった。入院している間、窓から見える外の景色がどれだけ恋しかったか。見舞いに来てくれる楓が自由に出入りする姿にさえ嫉妬してしまった。


過去に少し思いを馳せていると、奥の部屋からカナリアが出てきた。


「お母さん、やっとラン寝ついてくれたよー。あっ、リオンくん! ウィルちゃん! おはよ!」

「おはよう」

「おはようございます」


俺たちに気づいたカナリアは挨拶してくると、笑顔を浮かべてこちらへ駆け寄ってきた。目の前まで来ると、えへへとはにかみを見せてくる。


「寝る場所は違ったけど、朝から我が家にリオンくんがいるって、なんかいいね!」


そんなカナリアの発言に、ウィルはうんうんと頷く。


「ランはもう大丈夫なの?」

「うん! これぐらいの熱なんて平気だーってなかなか寝ようとしなかったんだけど、やっとさっき寝ついてくれたんだぁ。けど、今日一日寝てたら回復するはずだよ」


先ほどのネロさんの説明と同じだ。まあ、あれだけ必死にランの命を救おうとしていたカナリアが大丈夫だというのなら、大丈夫なのだろう。


「そういえば、さっき里に来てた人たちってなんだったんだろう。リオンくんは何か知ってる?」

「あぁ……女神エリスの信徒だよ。ただ、少しきな臭い連中だったけどね」

「女神エリス……ワタシ、あんまりそういうのに興味ないから詳しくないけど、たしかここから少し行ったところにあるハンパルラに、大きな教会があったはずだよね?」

「そうね。あの人たちは、そこから来たんだと思うよ」


ネロさんが肯定すると、カナリアは腕を組んでうーんと悩ましげな表情を浮かべる。


「旅をしている間に小耳に挟んだんだけど、あそこの人たちってなんか胡散臭いんだよね。ある人は賞賛の声をあげていて、また別の人は侮蔑の声を漏らしててさ。なんか実態が掴めなくて、気持ち悪いなって思っちゃった」


カナリアがそう思ってしまうのは仕方がない気がする。そういった団体は、傍から見ると少し気味が悪いものだ。


「でも共通した意見があってね。あいつらに反感を買われると、碌なことにならないってさ」

「反感……? あの、先ほど、代表のような方が『女神エリス様はこの里に愛想を尽かすだろう』って仰っていましたが……」

「えっ。リオンくん、本当?」

「本当。正直、ちょっとまずいかも」


この里の懐柔に失敗した奴らは、既にこの里に敵意を向けているかもしれない。


そもそも、このようなイベントは原作にはなかった。たしかに主人公ライクがこの里を訪れることはあったが、奴らがこの里に来るようなことはなかった。


よく考えれば、ヘストイアの女王ガーゴロンを討伐したところまでは一緒だが、日程がずれているのかもしれない。原作において、ガーゴロンを討ち倒すのは、もう少し早かったのかもしれない。ゲーム中に日付システムはなかったので、はっきりとは分からないが、ヘストイアでのエピソード進行が遅れたことにより、奴らがこの里に訪れる機会を与えてしまったのかもしれない。


全ては推測でしかないが、一つだけわかっていることがある。それは、俺というイレギュラーな存在が原因で、この里に厄災を招いてしまったということだ。


どうかその厄災が不発で終わってくれればと願っていた矢先、里の住人らしき若い男性が家のドアを勢いよく開けて入ってきた。


「ネロさん! うちの温泉の湯が出なくなっちまった! あんたのところは大丈夫か!?」

「えっ! す、すぐに確認するね」


男性の様子に釣られて、ネロさんも慌てて温泉施設の方へ移動する。俺たちは顔を見合わせ、自然とネロさんを追いかけた。


俺たちも昨日に入った温泉。そこは、近くの山から湧いている天然温泉を引いてきて利用している。源泉垂れ流しが素晴らしい温泉だったのだが、今はその流れが止まってしまっていた。


ネロさんは困惑しながらも、全ての部屋を確認したが、どの部屋の温泉の湯も止まってしまっていた。


「うちも同じなんだ。くそ、本当にこの里には不幸な空気が蔓延しているっていうのか!?」


男性がそう叫んだのを聞いて、俺は恐れていた事態が起きてしまったのだと悟った。


「ネロさん。ここの温泉はどこから引いているんですか?」

「えっと、近くの山に源泉が湧いてて、そこからだったかな」

「でしたら、おそらくそちらに問題が発生しているはずです。例えば、お湯をこちらに運ぶための設備が壊されているとか」

「おいおい、兄ちゃん。どうしてそんなことが分かるんだ? もしかして、おめえが犯人ってわけじゃねえだろうな?」

「やめて、リオンくんは違うわ。彼はうちのカナリアの旦那さんよ」

「か、カナリアちゃんの旦那!? ……それなら、まあ、そんなことはしねえか。しかし、カナリアちゃんに旦那か……いつの間に……クソッ」


ネロさんが俺を庇ってくれたことに心がほっこりする。しかし、疑いは晴れたはずなのに、男性からギロッと睨まれてしまい、少し萎縮してしまう。


しかし、今、俺がやるべきことは残っている。俺は男性から目を背けつつ、ネロさんに話をする。


「ネロさん。昨日、突然お家に訪問させていただいてなんですが、私はすぐに旅立とうと思います」

「ハンパルラに行くんでしょ?」

「……お見通しなんですね」

「親は子供のことなら、なんでもお見通しよっ。それは娘の旦那に対しても一緒。あなたはもう私の息子なんだから。だから、無理はしないでね」

「はい! ありがとうございます」


ずっとここにいたい。そう思えるような温かい場所。だからこそ、俺はハンパルラに向かわないといけない。


おそらく、この騒動は奴らの仕業だ。奴は言っていた。「いずれ観光資源も潰える」と。まさに、奴の言っていたことが起きてしまったのだ。


設備を修理して、再び温泉に入れるようになっても、奴らはまた同じことをしてくるだろう。解決方法は二つ。奴らに献金を捧げるか……奴らを潰すかだ。


もちろん後者を取る。しかし、この、奴ら——エリス教団を潰すエピソードというのは、原作にもある。もちろん、潰すのは主人公ライクだ。


躊躇いたいところではあるが、ライクがいつそれを実行するのかは分からないし、何より、俺の大事な人の大事な人たちを苦しめる奴らを、この手で懲らしめたいというエゴを抑えきれない。


「リオンくん」


決意を固めていると、眉根を下げたカナリアが、寂しそうな声で名前を呼んできた。


「設備の修理って力仕事だと思うんだ。本当は、リオンくんと離れ離れになるのは嫌だけど、この里のことも大好きだからさ。ワタシ、ここに残って修理を手伝うよ。でもでも、終わったらすぐに合流するからね! それまでは、ウィルちゃんが独占してていいよ」

「ふふ、リオンさんを独占しちゃいます。カナリアさん、無茶はされないでくださいね」

「へへ、何言ってるのさ。無茶をするのはリオンくんの方でしょ! だから、ウィルちゃんがしっかり監視してないとね!」

「否定できない」

「ふふ、そうでしたね。はい、しっかり見張っています。だから、心配しないでください」

「うん! えへへ……やっぱり、寂しいな」


少し目を潤わせるカナリアを、衝動的に抱きしめた。ウィルも仲間に入ってきた。腕の中で、カナリアが「えへへ」とはにかんだのが見えた。


ネロさんの「あらあら」という声と、男性の舌打ちが聞こえたが、俺たちはそれらを無視して、この愛くるしい女の子をしばらく抱きしめていた。

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