第三章

第50話 二人目のメインヒロイン

カナリアが買ってきた薬を飲んでからというもの、カナリアの妹、ランは前まで本当に病人だったのかというくらい元気になった。


俺たちは彼女が病に伏せている時を見ていないので、本気で疑ってしまうレベルだ。まあ、カナリアが必死に薬代を稼いでいた姿を知っているので、そんな疑義も一瞬でどこかに消え去っていくのだが。


ライクたちがこの里に用事はないだろうから、ここに来る可能性は極めて低い。そのため、のんびりしていてもいいのだが、彼らが滞在しているヘストイアからこの里はそう遠くない位置にある。あまり余裕があるとは言えない。それに、この里は小さいため、ヘストイアのようにすれ違いなんて発生しにくいだろう。


次はどこへ行こうか。そう考えているうちに、俺たちは一晩をこの里で過ごした。カナリアの実家は温泉と一緒に宿泊施設も経営しているため、カナリアは実家の方で寝て、俺とウィルだけそこの一室をお借りした。


俺を独占する状態となったウィルが、その夜にどれぐらい乱れたかは想像に容易い。お昼もしたのになあと思いつつ、自分の体力の強化具合にも驚く一夜だった。


そして朝を迎えた俺たちは、外の騒がしさで目が覚めた。


「どうしたんでしょう?」


ウィルは耳だけ外に向け、俺の胸の中でそう呟く。


「観光客が戻ってきた……ってのは、少し早すぎるよね」

「そうですね。昨日の今日で、こんなにも早く戻ってくるとは思えません」


考えていても分からないので、とりあえずベッドから降りて、窓から外の様子を眺める。


外には里の住人たちがちらほら見える中、その中心に性別ごとに同じ服を着た団体が立っていた。


それらの服装は、黒色の、まさに教会から来ましたと言わんばかりのものだった。そのため、彼らが何者かはすぐに分かった。


その団体の先頭に立つ、恰幅の良い男が声高らかに話し始める。


「あぁ、なんて可哀想な里なんだ。不幸な空気が充満している。このままでは、ここに住まう民たちが幸せになることなんてない。今は観光客が離れているだけかもしれませんが、遂には観光資源が潰れてしまい、次第にこの里はなくなってしまうでしょう」


すごい言い草だ。急に里を訪れて、こんなことを言われては、俺だって腹が立つ。それがこの里の住人だと、もっと苛立っているはずだ。


「なんだお前たち! うちにケチつけやがって!」

「たしかに今はしけてるが、次第にお客さんも戻ってくるんだよ!」

「この里から出ていけ!」


予想通り、住人たちは彼らに各々で非難轟々の言葉をぶつけている。


しかし、彼らは不敵な笑みを浮かべるだけで、住人たちの口撃に動じた素振りを一切見せない。


「ふふふ、あなたたちがお怒りになるのも、この里に嫌な空気が充満しているからです。でも、主はあなた方を御守りくださいます。そう、女神エリス様ならあなた方をこの地獄から救い出せるのです」


男がそう言うと、周りのお仲間たちが一斉に拍手をし始めた。奇妙な光景だ。


しかし、さっきまで牙を見せていた住人たちが、次第に彼らに興味を示す表情になっていく。


「女神エリス様は慈悲深きお方。この世界に住まう生き物全てに祝福を授けてくださいます。しかし、エリス様といえどその力は有限。そのため、祝福を授ける方にも制限がかかります。——ですので」


男はニヤリと笑い、後ろの者に合図すると、木箱を持った少女が前に出てきた。


「エリス様にいくらかお金を捧げることで、優先的に祝福を授かる権利を得ることができます。これは救いです。あなた方の幸福を、今、お金を出すだけで手にすることができるのです。あぁ、なんて慈悲深きお方」


胡散臭い話だ。どうして女神がお金などを必要とするのか。どうせ、そのお金が入るのは男たちの懐だ。


しかし、住人たちは男の話を突っぱねることなく、ざわざわと周りと相談し始めた。中には、焦った様子で家の中に戻っていく人もいる。


非常にまずい。その住人たちの中にカナリアたちはいないみたいだが、この里の人たちを見捨てるわけにはいかない。


でも、俺は動けないでいる。何故か。それは、俺はあの団体を知っているから。原作に登場していたあの団体。歯向かうのが怖いとかではない。あの団体に、いるのだ。——二人目のメインヒロインが。


「あんたたち、何やってんのよ!」


里の入口から現れた少女。彼らと同じ黒の修道服を纏い、フードからは、肩の辺りで二つに結んだ腰まである長い赤髪が出ており、瞳も綺麗な紅蓮色だ。身長は女性の平均的なそれ。


そう、彼女こそが『エルドラクエスト』の二人目のメインヒロイン、シルヒだ。パーティーではヒーラー役を担っていた。


そして、ファンが彼女につけたあだ名は——気づいたら落ちてたヒロイン。つまり、彼女はチョロインなのだ。


勇者のパーティーの一員となり、将来的に魔王を倒して世界を救う彼女たちに、この世界においてイレギュラーである俺はなるべく関わりたくない。実際、カナリアを嫁にするというイレギュラーを起こしてしまっている。相手がチョロインであれば、その可能性はカナリアの時より遥かに高いだろう。


別に自惚れているわけではない。これはリスクヘッジだ。そう自分に言い聞かせないと、ナルシストみたいで恥ずかしくなってくる。


思考を、目の前の様子の観察に戻す。


恰幅のいい男——奴は司祭だろう。司祭はシルヒの登場により、苦い顔を浮かべる。


「シルヒ。どうしてお前がここにいるんだ。お前には留守番を頼んだはずだぞ」

「あんたたちが遠征するって言うから、そんなの怪しいと思ってわざわざ着いてきたのよ! そしたら、ほら、予想通り。何も知らない人たちからお金を騙し取るようなことをして、エリス様に申し訳ないと思わないの?」

「お前がエリス様を語るな!」

「なに? エリス様から神託を授かったアタシに文句があるの?」

「チッ……神託を授かったのはお前だけじゃない。ワタシだって、エリス様からお言葉を頂いている。そのお言葉に従って、こうして動いているのではないか」

「あら、あんたとアタシが信奉するお方は同じ方だったはずだけど、どうしてこうも噛み合わないのかしら」


シルヒの猛攻に、司祭は苦虫を噛み潰したような顔をしている。


そんな二人のやり取りを見て、先ほどまでお金を献上しかねなかった住人たちも、司祭たちを改めて嫌疑的な目で見ている。


そんな住人たちの視線に気づいた司祭は、激昂して唾を吐きながら怒鳴りつける。


「お前たち、なんだその目は! ふんっ、お前たちにエリス様の祝福など贅沢だったということだな。こんな野蛮な者たちには、エリス様も愛想がつくでしょう。さあ、皆さん。もうこの里に希望はありません。帰りましょう」


司祭はお仲間を連れて、ぞろぞろと里から出て行った。その後ろ姿を、住人たちは心配そうな表情で見送っている。


「あれ? 女神様はどなたにでも祝福を与えてくれると仰っていましたよね? なのに、愛想がつくとはどういうことでしょうか」

「まあ、冷静に考えると疑問に思うよな」


はたから見れば、なんで馬鹿げたことを言っているんだと切り捨てることができる。しかし、本当に困窮している者にとっては、突然差し込んできた救済の光に見えてしまうのだろう。


奴らが去った後、シルヒは里中を周り、住人たちに頭を下げながら、エリス様の本当の教えを説いている。


そんな彼女の対応を、住人たちは困惑した表情で受けていた。


どちらが真摯な女神信奉者か。それは明白なのだが、真実に気づける者は意外と少ないのだ。俺も、原作をプレイしているから分かっているだけだしな。


彼女が去ったら、カナリアの元へ向かおう。そうウィルに告げると、ウィルは何も言わずに頷いてくれた。

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