第49話 勇者様御一行8

シャングリラという店を出てから、あたしたちは街中をぶらぶらとしていた。


シャングリラ周辺はほとんど変わりなかったので実感がなかったが、そこから少し離れた場所に行くと、さっきまで戦地だったんだと分かるような傷跡が残っていた。


あたしの身体に傷はひとつもない。しかし、心に痛みが走った気がした。さっきシャングリラにいた人たちも、今は現実を忘れたくて騒いでいたのかもしれない。それなら、外部のあたしたちが参加するのは本当に場違いだったかもしれない。お父さんに感謝だ。


結局、他に営業している店はなかった。まあ、シャングリラも営業ではなかったが。


途方に暮れたあたしたちは、一旦、先ほどまで滞在していた里に戻ろうかと考えていた。


その時、兵士をたくさん連れた金髪の男の人に話しかけられた。


どうも、その人はこの国の王女の大事な人らしく、国を救ってくれたライクとその仲間であるあたし達に、城で料理を提供してくれることになった。


応接室に案内され、王女と先ほどの金髪男と一緒に食事を摂った。豪華な食事だったが、多くの兵士たちに囲まれ、監視されていたため、まともに味はわからなかった。


それでも食事にありつけたのは良かった。良いタイミングで声をかけてくれたなと思っていたら、どうやら向こうの本題は食事ではなかったみたいだ。


後日執り行われる勲章授与式の話し合いや、今後の対応の相談をしたいらしい。


あたしがこの場にいて力になれることはないが、行くあてもないため、席に座って黙って話を聞いていた。


話し合いの中で、ライクが志願兵になった理由がわかった。どうやら報酬として大金が手に入る予定だったらしい。その話題が出た時、ライクは困った顔であたしのことをチラチラと見ていた。理由も隠していたことだし、あたしには黙っていたかったのだろう。何故かは分からないが。


話し合いは夜遅くまで行われ、途中で晩御飯もいただき、結果、授与式は明後日執り行われることになった。つまり、明後日まであたしたちはこの国に足止めされることになる。


あたしとしては、あいつがこの国にいないのであれば、早く出立したいところだったのだが。まあでも、この旅の本目的は魔王討伐なわけで、つまりはライクが主役の旅だ。あたしたちはライクの都合に合わせるしかない。


ついつい、大きなため息が漏れてしまう。


思えば、あたしがお兄ちゃんに合わせることなんてなかったなと思う。いや、一度だけあった。お兄ちゃんが入院した時だ。お見舞いに行くために、わざわざ学校からの帰り道、家を通過して通っていた。


あれが最初で最後だったなんて、前世のあたしはわがままだったなと思う。逆にお兄ちゃんは、あたしの都合に合わせてくれていたように思える。


でも、もしあいつがお兄ちゃんなら、今のあたしはお兄ちゃんに振り回されていることになる。もしそうなら、なんだか嬉しくて、そして少し腹が立つ。複雑な気分だが、やはりどこか心は躍っている。


宿泊する場所は国が用意してくれた。ライクはこの国の救世主であり、兵士たちが対王女戦の話を聞きたいと言い出し、城の空室で一泊することとなった。城は宿泊施設ではないため、他に泊まれる部屋もなく、あたしたちは街の宿屋に泊まることになった。あたしとしては、城の中にいると緊張して肩が凝るので助かった。


客室はガラガラだということで、あたしたち三人は、一人一部屋借りて寝ることにした。


お父さんの隣の部屋を借りたのだが、ベッドに腰を下ろすと、すぐにお父さんのいびきが隣から聞こえてきた。今日は戦地にいたし、あたしたちを呼び戻すためにヘストイアと里を往復してくれた。疲れが溜まっていたのだろう。お疲れ様と呟く。


しかし、この宿の壁は結構薄いんだな。まあ、お父さんのいびきくらいは慣れているから寝る分には大丈夫か。そう思った矢先、少し離れたところから、高く、そして甘ったるい声が聞こえてきた。


「えっ……?」


一瞬、女の人の悲鳴が聞こえたのかと思い、身構えた。しかし、その声からは一切の悲壮さを感じられず、むしろ喜んでいるように思えた。


「っ……!!」


声の主の感情を読み取ることができた瞬間、あたしの体温が上昇していくのがわかった。この声は、嬌声だ! どこかの部屋で、女の子が乱れているのだ。


もしかしてケンガさんが、と思ったが、さっき一緒に宿屋にやって来た彼が、女の子を部屋に連れ込める余裕はなかったはずだ。


おそらく、あたしたち以外の他のお客さんだろう。今日、この宿に管理人はいないと聞いた。場所だけ貸してくれている感じだ。そのため、クレームを入れるためには、あたしが直接言うしかない。


「なんなのよ……もう!」


そんなはずができるわけもなく、枕を掴み、ベッドに向かって力強く放り投げる。


耳を塞いでも聞こえてくる声。もっともっとと、せがんでいるようにも聞こえてくる。


「……気持ちよさそう」


ふとそんな感想が口から漏れた。


自分は前世を含めてそういった経験がないため、その感覚を知らない。けど、想像だったらできる。あたしもあんな感じに乱れてしまうのだろうか。


「……っ」


頭をぶんぶん振って、頭の中からイメージをかき消す。だって、想像上の相手が……相手が……あいつだったから。


結局、あたしはその声が収まるまで眠ることはできなかった。




* * * * *




「おーい、起きろミリヤ」

「……んぅ?」


せっかく眠りについていたのに、お父さんに起こされてしまった。


寝惚け眼を擦りながら体を起こすと、今日も今日とて体の大きなお父さんがベッドの横に立っていた。


「お父さん。年頃の娘の部屋に勝手に入らないでよ」

「そうは言っても、こんな時間になっても起きてこないもんだから、こっちは少し心配したんだ。それに、ライクが城で待ってるだろうしな」

「え、あたしどれくらい寝てたんだろう」

「何時に眠りについたのかは知らんが、既に昼前だぞ」


ベッドから降りて、窓から外を眺めると、確かに太陽は上の方まで昇っていた。


昨晩、あの声のせいで眠るのが遅くなったからだ。そういえば、その声の主は既に出て行っているのだろうか。鉢合わせになると、少し気まずい。


既に起きていたケンガさんとも合流して、あたしたちは宿を後にした。他のお客さんと出会うことはなかった。


ケンガさんに、それとなく昨晩のことを聞いてみると、どうも彼も部屋に入った瞬間眠りに落ちたらしい。そのため、声のことは知らなさそうだった。まあ、ケンガさんがもし聞いていたのなら、嬉々としてお父さんにその話題を振っていそうなものだ。旅に出る前は、こんな人だとは思っていなかったのになあ。


城へ向かう途中、道路脇の店から声をかけられた。どこか聞き覚えのある声だったので、振り向いてみると、昨日あたしが持っている剣を褒めてくれた男の人がいた。


「お嬢ちゃん、例の剣の娘じゃないか! まだこの街にいたのかい」

「ちょっとやることがあるの。へえ、おじさんって鍛冶屋だったんだね」

「ふっ、今の俺は武器屋のおじさんだ」

「なにそれ、めんどくさい」

「なんだよお嬢ちゃん、つれねぇな。あいつみたいだ。……ん? なんか、雰囲気も似てる気がしてきたな」


あたしに雰囲気が似ている……なんか、前にも言われたような気がする。そうだ、シャングリラの店長さんが言ってたんだ。あたしに似た雰囲気を持った人がお客さんにいたって。もしかして、同一人物?


「武器屋のおじさん。その人ってどんな人?」

「どんな人かぁ。腕っ節は強くないみたいだが、商売も鍛冶もできる、俺みたいな奴だ! まあ、どちらも俺は負けているんだけどな! ガハハ! あいつは良い武器を作る腕を持っている。だから、お嬢ちゃんの持っている剣を再現してもらおうかと思ったんだが、断られてしまったわ」


武器屋のおじさんが語るその人物像に、あたしは心当たりがあった。商人であり鍛冶屋でもある。それはあたしのお父さんと一緒だ。そしてもう一人、その息子であり、一番弟子でもある男——リオン。


あたしは焦る気持ちを抑えながら、ゆっくりと口を開く。


「その人は、今もこの街にいるの?」

「いいや、今すぐ出発しないといけないって言ってたな。なんでも、一緒にいた女の子に大事な用事があるみたい——うわ!?」


おじさんは短い悲鳴を上げ、あたしに怯えた目を向けてくる。


「一緒にいた女の子……?」

「お、おいミリヤ。落ち着けって」


お父さんが肩にあたしの肩に手を置き、宥めるようにそう言ってくるが、はらわたは沸々と煮えたぎっている。


あいつもこの街にいたんだ。会いたい。そんなキラキラした感情がドロドロした何かに覆われていく。


追いかけて問い詰めてやりたい。しかし、あたしはこの国に明日まで滞在しないといけない。


「なんなのよ、もう!」


あたしは、ぶつける先が不在の怒りを、何で解消すればいいのか悩み、とりあえずお父さんの腹に軽く肘を入れた。





第二章 完

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