第46話 勇者様御一行7

「……ワシには、お前さんぐらいの大きさの息子が一人いる。そいつに会ったら伝えてくれないか。ワシ……父さんは、お前のことを恨んでないって。お前は馬鹿じゃないって知ってるからって。そう、伝えてくれ」


立ち止まってくれた少年はワシのそんな言葉を聞くと、何も言わず走り去っていった。


結局、本人の口から確証は取れなかったが、おそらく間違いないだろう。あいつはリオンだ。服装も村を出ていった時は違うし、エルフを連れていたりするが、直感がそう告げている。それに、


「あの短刀……おそらく、そうだろう。ふふ、元気にしてくれているようでよかった。あの子は嫁さんだろうか……いつか、紹介してほしいな。ミリヤと一緒に」


短刀。あれはうちにあった物だ。何せ自分の作品だ。見間違えるはずがない。


でも一応確認しておくべきか。そう思い、飛んでいった短刀をその場から見渡して探すと、少女がそれを持って眺めていた。ライクと一緒にあの魔物を倒した娘だ。


こちらか声をかけて見せてもらおうか、そう思って足を動かそうとしたその時、王の間の扉が勢いよく開かれた。


「女王陛下! こちらか大きな音が聞こえましたが、ご無事で……しょう……へ? な、なんだこれは。これはどういった状況なんだ!? 陛下は……ヒエッ、魔物!?」


入ってきた兵士達は、荒れた部屋を見て激しく戸惑い、女王がいたはずの場所の近くに横たわる化け物を見て短い悲鳴を上げた。


「え、えっと、これはですね……」

「あの魔物は女王に成りすましていた悪い奴です。でも、彼が倒してくれました。詳しいことは彼に聞いてください。報酬等はいらないので、私は退出させてもらいます」」


ライクが兵士達に状況を報告しようとしたのだが、彼女は横から全て報告し、すぐにその場を駆け出す。行く先は開かれた扉ではなく、ワシのいる階段だった。ワシは瞬時に理解した。彼女はあの短刀を誰がどこから放ったのかが分かったのだと、そしてあいつを追いかけるために報酬を捨てて駆け出したのだと。


「お、おい! 待ちなさい!」


兵士達が彼女に制止を促す声をかけるが、彼女の足は止まらない。そのまま階段へとやって来て、一段飛ばしでかけ上げっていく。


彼女はワシの横を通り過ぎる際、ワシを一瞥するだけで、あいつじゃないと分かるや否やそれ以降こちらに興味を示さなくなった。


彼女のその姿勢から、彼女が必死にあいつを追いかけていることが分かった。そして、その必死な表情から、あいつに抱いている想いが伝わってきた。


だから、思わず声をかけてしまった。


「階段を上った先の廊下の奥の壁に、外に繋がる隠し通路がある! それを使えばあいつに追いつけるはずだ! ……あいつをよろしく頼む!」


すると、彼女は一瞬足を止めてこちらを振り返り、「ありがとう!」と短くお礼を言って、再び足を進め始めた。


自分の代わりにあいつを支えてくれれば、なんて思う。


「おい! 貴様は何者だ! どうしてここにいる!」


振り返ると、先ほどやってきた兵士が階段の下にいた。金髪の彼女を追いかけて来たのだろう。


まあライクに説明して貰えばいいだろう、そう思い階段を下りることにした。すると、階段の上から複数の足音が聞こえた。あいつらが帰ってきた……? いや、帰ってくるはずがない。そのような雰囲気はなかった。なら、誰が……?


「落ち着いてください。今は冷静に、状況を整理するべきです」

「あ、貴方様は、ミスラ王女殿下!?」

「オレもいるよ」

「お前は……もしかして、オニキスか!? しかしその顔……見覚えが……いや、それよりも。どうしてお前が殿下と一緒にいるのだ!」

「オニキス様を責めるようなことはやめてください。彼は、私の大事な人ですよ」

「ふふふ、照れるじゃないか」

「えぇ!?」


王女が現れたかと思ったら、その王女の大事な人だという男が現れて……


果たしてこの場の収集はつくのだろうか。自分も一緒に城を抜け出せばよかったと後悔するのだった。


 


* * * * *




ヘストイアから少し離れた小さな里。あたしが生まれ育った村を少し思い出すような、のどかな所にあたしとケンガさんは避難していた。


ライクは戦争に参加することになった。理由は知らないが、どうやら自ら志願したらしい。ケンガさんに聞いても、ニヤニヤするだけで教えてくれない。


そんなライクを心配し、お父さんはヘストイアに残ってしまった。あたしとしてはお父さんが心配だったので、あたしも残りたかったのだが、お父さんが頑なに認めてくれなかった。結局、ケンガさんに引きずられるようにしてこの里に来た。


お父さんは非戦闘員だ。それなのに戦地に残っている。ライクを戦地で見守るというのなら、どっちかというとケンガさんの方が適任のような気がする。しかし、お父さんは残った。いや、お父さんはケンガさんにあたしのことを任せたのだ。


お父さんは勇者であるライクより、娘であるあたしのことを優先してくれたことになる。世界のためとしては間違っているが、親としては大正解な選択だ。あたしは、なんだかんだ、そんなお父さんのことが大好きだ。


だから、あたしは自分の非力さを恨んだ。あたしが強ければ、一人で戦うことができれば、お父さんが戦地に残る必要はなかった。この後悔は今に始まったことじゃない。あの時、村に魔物達が襲撃して来た時、あたしに力があれば、あいつを一人で苦しめることも防げたんじゃないか。それは今日まで何度も考えてきたことだ。でも、結局あたしは変わらなかった。だからお父さんは……。


変わらないといけない。あたしはもうこの世界の住人なのだ。力をつけないといけない。魔法はいくつか覚えたが、どれもそこそこだ。これ以上魔法を鍛えるには、誰かに弟子入りするしかない。けど、今そんな都合のいい相手はいない。しかし、魔法以外で、師匠になり得る人はいる。実際、その人は二人の弟子を持っていた。


「ミリヤ! ここは温泉で有名な場所らしい! 混浴もある……コホン。俺は少し身を清めてくる。なに、すぐに戻ってくるさ。だからミリヤはここにいて——」


彼は何か言っているようだが、あたしはそれを無視して、旅に出てからずっと腰に下げている剣を抜きながら言う。


「ケンガさん。あたしに剣を教えてください」




* * * * *




どうなることかと思ったが、あの後、突然現れた王女ペアがあの場を収めてくれた。


どうやら王女とオニキスという男は女王の正体を知っていたみたいで、それが発覚してからは話は早かった。


半信半疑だった兵士達も、王女が言うので段々信じてくれるようになった。


ワシの身元はライクが証明してくれて、変な嫌疑をかけられることはなく、解放された。


これから、王女達は、女王の正体についての事実を公表し、モストンとの戦争を中止するために動くらしい。そのため、後日、ライクは国から報酬や勲章を授与されることになった。


ひとまず一件落着ということで、ワシはライクと一緒にミリヤたちが避難している里へ向かった。


里に着くと、なぜかケンガがミリヤに剣の指導を行なっていた。あいつが作った剣を素振りしているミリヤを見て、ライクは顔を歪ませる。しかし、すぐに表情を繕い、手を振りながらミリヤに声をかけに行った。


「ミリヤ!」

「あ、お父さんにライク兄ちゃん! 無事だったんだね! ……それにしても、どうしてここに? まだ戦争中だよね……?」

「戦争は終わったよ! 実はヘストイアの女王の正体は魔物で、僕がそいつを倒したんだ!」


最後にあの魔物を倒したのはあの金髪の少女だが……ライクも実際に戦っていたので、嘘ではない。それに、ライクのミリヤに対する気持ちも分かっているので、余計なことは言わないでおく。


「え、もう終わったんだ! よかったぁ」

「おい、なんだよ女王の正体が魔物って。ガルド、詳しい話を聞かせてくれ」

「あぁ」


その後、ワシは城内で起きたことを二人に説明しながら、ヘストイアへの帰路に着いた。ただ、あの場で出会った二人については伏せておいた。


ケンガは、弟子が一国を救ったと知って非常に喜んでいた。今もライクをベタ褒めしている。もう一人の弟子も活躍したのだと喉まで出かかったが、なんとか飲み込んだ。


一方で、ミリヤはライクに「お疲れ様」と言って以降、ワシに仕切りに「大丈夫だった?」「無理してない?」と聞いてきた。愛娘に過度に心配されて内心嬉しいのだが、ライクが睨んでくるので少し勘弁して欲しかった。


ヘストイアに着くと、いつの間に戻ってきたのか、住民達が活動を再開していて、街は完全とは言えないが賑やかさを取り戻していた。


その中でもとびっきり盛り上がっていたのは、ワシ達が初日に訪れた店シャングリラだった。ワシたちはこの店の味を思い出し、その宴に参加することにした。


店に入る。しかし、以前来た時のように店主が出迎えには来てくれなかった。入り口で立ち止まって困惑していると、ワシに匹敵する巨大な体躯を持った男が話しかけてきた。


「おっと、悪いな。今日は祝宴だから店長の出迎えはないらしいんだ。自由に座ってくれれていいとは言ってたがな」

「祝宴? 戦争終結の祝いですかな?」

「それもあるが……ほれ、そこに座っている白髪の女の子。あの子に関する祝いでもあるんだ」


その男が指差すを方向に視線をやる。すると、そこには見覚えのある顔をした少女が、例の金髪少女と一緒に席に座って話をしていた。白髪の少女は確かエルフだったはず、しかしあの少女は……うん? いや確かに耳は長いが、エルフ……? 頭が混乱してきた。


だが、やはりワシはあの娘を知っている。彼女は——城内でリオンと一緒にいた娘だ。それに、金髪少女は二人を追いかけて行ったはず。ということは、ここにリオンがいるということか? 軽く見渡すが、その姿は見当たらない。


「あれ? あそこにいる金髪の女の子、僕と一緒に魔物を倒した子だ」

「わぁ、すごい可愛い子。ライク兄ちゃん、あんな子と一緒にいたんだ。どうして教えてくれなかったの?」

「い、いや。別に隠してたつもりはないんだ。別にやましいことなんて何もないんだよ? ホントだよ! 信じてよミリヤ!」

「え、別にそこまで気にしてないんだけど。……それにしても、その隣にいる白髪の女の子、とても綺麗。守ってあげたいって思っちゃう。……あいつも、あんな子が好きなのかな」

「ミリヤ? どうしたの?」

「ううん、なんでもない。ライク兄ちゃん、あの子に話しかけなくていいの?」

「え、べ、別にいいよ。あの時はたまたま居合わせたから共闘することになっただけで、別に僕は彼女のことはなんとも思ってないしさ!」

「ふーん、そうなんだ」


ライクが少し不憫だと思いながら、このままここに滞在していたら、いずれ鉢合わせしてしまう恐れがあると考えたワシは、三人の体を押しながら店外へ向かう。


「ちょっ、どうしたのお父さん! ここで食べるんじゃないの?」

「どうもワシらの知らない方のお祝いの席でもあるみたいだし、ここは遠慮しておこうじゃないか。邪魔したな」

「あ、あぁ。そこまで気にしなくてもいいけどな。……おっ。お嬢ちゃん、いい剣を持ってるじゃないか。誰が作ったやつなんだ?」

「ほ、ホント!? こ、これはね、あたしの——」

「早く出よう、ミリヤ。ガルドさんの言う通りだ。折角の祝宴を邪魔しちゃいけないよ」

「ち、ちょっと、ライク兄ちゃん!? 今いい話をしてたとことなのに……」


ライクが不機嫌な様子で、話している途中のミリヤの腕を引っ張って無理やり店外へ連れ出した。呆然として二人の姿を見届けている男に、ワシは「すまない」と軽く謝罪し、二人を追いかけて外に出る。


ミリヤの幸せを考えると、どの選択を取るべきか。ワシの悩みは、またあいつのせいで増えてしまったようだ。


けど、どこか自分の顔は笑っているように思えた。

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