第46話 キャラ被り
俺の過去を受け入れてくれた二人としばらく抱擁した後、俺たちは宿場を出た。
俺の旅の目的がライクからの逃走であり、今この街に彼が滞在していることを知っている二人は、周りをキョロキョロ見渡しながら歩く。むしろ目立ってしまうので、普段通りでいいよと笑った。
今日いっぱいまでは街の状況の確認や女王に関する事実の公表に専念し、翌日にガーゴロンを倒したライクに勲章を与える親授式が執り行われるらしい。
つまり、遅くとも明日まではライクはこの街に滞在している。出会わないように注意を怠らないことは重要だが、今まで街中でバッタリ会ったこともないし、下手に警戒するだけ怪しまれて気づかれる可能性がある。いつも通りでいいだろう。
それがフラグになることはなく、俺たちは無事に残りの用事を済ませることができた。
俺は鍛冶屋のおっちゃんのところで剣の購入、そして短刀の修理を済ませた。約束していたため、カナリアの大剣の簡単な手入れも行った。そして、カナリアは薬屋で妹の病気を完治させる薬を購入した。
そういえば、鍛冶屋のおっちゃんは昨日、ある少女が持っている素晴らしい剣に出会ったらしく、それを再現できないかと俺に聞いてきた。そんなに興奮できるほど質の高いものを俺が作り上げることはできないと思い、詳しい話を聞く前に丁重に断った。
ヘストイアに用がなくなった俺たちは、ヒルトンさんに挨拶をして、早速街を出ることにした。目指すはカナリアの故郷だ。
「ヘストイアからはそこまで離れてないんだっけ」
「そうだよ。最後にヘストイアでお金を稼ぎきって、薬を買って、そのまますぐに戻れるようにって考えてたからね」
「なるほどね」
カナリアの言う通り、休憩時間を除いて、一時間ほど歩いたところで里が見えてきた。
「ようこそ! 山奥の里へ! えへへ、小さな里だから立派な名前なんてないんだよね」
恥ずかしそうに笑うカナリアだが、俺は知っている。この里は観光客も訪れるような名湯を持っている。誇れない場所ではないのだ。
でも、来て早々、この里のことを褒めたところでカナリアがそれを真に受け取るかは分からない。なので、ここはカナリアの実家へ伺うことを優先する。
カナリアの家は、それこそ名湯を所有しており、それに併設する宿屋を経営している。しかし、最近のヘストイアの不穏な動きにより観光客は激減。だからこそ、カナリアが出稼ぎに行く必要があったといえる。
結果的に、ヘストイアの沈静化に成功したため、これから次第に観光客は戻ってくるだろう。
さて、いろいろ考えてきたが、俺が今一番考えるべきことについて未だ考えが煮詰まっていない。
俺は今からカナリアの実家にお邪魔する。つまり、カナリアのご両親に会うのだ。カナリアは俺の嫁となったわけで、彼女のご両親に会うということは、それすなわち『ご挨拶』ってやつをしないといけない。
ウィルの場合、先に(一応)親となるエルフの女王に会っており、色々あって俺とウィルは一緒にいるべきだという結果になっていた。それも女王がそうするべきだと、俺たちのこの関係を促していた。言うなれば受動的だったのだ。
しかし、今回は違う。嫁さんの実家に出向き、娘さんをくださいと言う能動的な場面なのだ。それに、一夫多妻制が許されているとはいえ、カナリアは二人目になる。
……考えていると、胃がキリキリしてきた。
しかし、俺のそんな体調などつゆ知らず、カナリアは実家のドアを勢いよく開ける。
「ただいまー! お母さん、ラン! 薬と一緒にワタシの旦那さん連れてきたよ!」
カナリアは帰宅早々、いきなりぶっ飛ばしていった。俺の胃が更に虐められる。
「カナリアちゃん、おかえりなさい! 薬、本当に買ってきてくれたんだね……ごめんね、カナリアちゃん。あなたに頼っちゃって」
「ううん。ワタシはランのお姉ちゃんだから! 妹のために頑張るのは当たり前だよ!」
「ふふ……あなたが本当にいい子に育って、私は嬉しいわ。……それで、さっきお婿さんとか言ってなかった? 聞き間違えよね?」
「合ってるよ! えへへ、紹介するね。ワタシの旦那さんになった、リオンくんだよ!」
俺の心の準備が完了するのを待たず、既に俺のターンになっていた。カナリアに促され、家に入ると、カナリアのお母さんと目が合う。金髪の髪をカナリアと同様サイドテールにしているが、三つ編みにしている点が異なる。そのため、落ち着いた雰囲気を持っているというか、少し大人っぽさを感じ、カナリアが成長するとこんな感じになるのかなと思わされる。
一つ深呼吸をして、暴れまくっている心臓を少しでも落ち着かせ、俺は腹を括り口を開く。
「はじめまして、リオンと申します。突然なことで申し訳ありませんが、この度、娘さんと夫婦の契りを結ばさせていただきました。ご両親への挨拶を前にこのようなことになったこと、深くお詫び——」
「あなたはがカナリアちゃんのお婿さん!? わぁ、本当だったのね! 私、カナリアちゃんの母のネロ。リオンくん、好青年って感じで素敵じゃない! 今日はランちゃんのお薬の獲得と一緒に、二人の門出もお祝いしなくちゃ!」
ハイテンションになり、祝いの準備に取り掛かろうとするカナリアのお母さん——ネロさん。どうやら俺のことを快く受け入れてくれているみたいだ。
俺は彼女の反応にほっと胸を撫で下ろしつつ、もう一つ重要なことを告げるために覚悟を決める。
「あの、すみません。私の他に、もう一人、ご紹介したい人がいるんです。——彼女はウィル。私のもう一人のお嫁さんです」
「はじめまして、カナリアさんのお母様。私、エルフ族のウィルと申します。リオンさんとは一生を誓い合った仲で、カナリアさんとはよき友人といった関係になります」
ウィルを家の中に入るよう促しながらそう言うと、家の中に入ったウィルは挨拶と自己紹介、そして俺たちとの関係を述べた。
ウィルは現在、レブロックの魔法を解いている。カナリアの親族に会う時に身分を偽るようなことはしたくないと、彼女から提案してきた。俺とカナリアはその彼女の意志を尊重した。
しかし、そんな誠意が相手に伝わるかどうかは分からない。俺はネロさんの反応が怖かったが、これが俺の誠意であると自分に言い聞かせ、彼女の目から視線を外さないでいた。
すると、彼女はニコッと笑い、「血は争えないってことね」と呟いた。
「ウィルちゃんはエルフ族で、リオンくんのもう一人のお嫁さん、か。エルフ族がパートナーとして選んだ人だもん、リオンくんは本当に素敵な人なのね。いい人を捕まえたみたいだね、カナリアちゃん。さすが私の娘!」
「えへへ、バッチリだよ! リオンくんは最高の旦那さんなんだから! お父さんにも負けないよ!」
「あら、それは聞き逃せないわね。あの人が最強で最高よ。それだけは譲れないわ」
「いえ、リオンさんがこの世で一番素敵な男性です。私も譲れません」
「やめてよ二人とも……恥ずかしいよ……」
カナリア親娘が自分の旦那が一番なんだと、俺たち本人は気恥ずかしくなる談義を始めたと思ったら、気づいたらウィルも参戦していた。
俺の反応を見て、三人は一斉に笑い始めた。そして三人で和気藹々と楽しく話をし始めた。カナリアとウィルもそうだったが、ネロさんもウィルと打ち解けるまでに時間はかからなかった。
しばらく談笑していたところ、ネロさんが二人を交互に見た後、俺の方を向いて言った。
「ところで、カナリアちゃんもウィルちゃんも小柄だけど、もしかしてリオンくんはそういうタイプが好みなの?」
「えっ。いや、別に見た目で好きになったわけじゃないので……なんとも言えませんね。もちろん、二人の容姿も好きですが」
「リオンさん!」
「リオンくん!」
俺の発言が嬉しかったのか、二人は俺に抱き着いてきた。俺も軽く二人を抱き返す。
この話題はこれで終わったように思えた。しかし、ネロさんの追及は止まらなかった。
「ということは、二人のキャラは被っているってわけだ。ロリ系っていうキャラの枠が!」
「な、なんだって!」
「そんな……キャラ被りだなんて……」
それは、俺も薄らと思っていたことだった。原作において、ウィルはメインヒロインではない。そのため、カナリアとのキャラ被りは考慮されていなかったのだろう。だが、二人を嫁にした結果、こうした問題が浮上してしまったのだ。
ネロさんはどこか楽しそうに、二人の立ち位置を誘導させる。
「さあさ、どちらの真のロリ枠はどちらかな? 身長を比べっこしてみましょう。二人とも、背中を合わせて」
ウィルとカナリアは背中合わせになって並んで立ち、ネロさんは膝を曲げて視線を二人の頭に合わせ、どちらの身長が低いかを判断している。
結果——
「ウィルちゃんのが若干低い! ということで、ウィルちゃんが真のロリ枠だ!」
「やりました! ブイです!」
まさかの非メインヒロインであるウィルに軍配が上がった。彼女はドヤ顔ダブルピースをお披露目している。可愛い。
一方、カナリアは膝をつき、「くっそ〜〜〜!」と床を殴っている。そんなに悔しがることだろうか。
「そういえば、まだお父様にご挨拶できていませんね。ご在宅ではないのでしょうか」
「あぁ……あの人は、当分帰ってきませんよ。向こうの方が忙しいみたいなので」
「向こうの方?」
「お父さんはね、とある国の王様なんだよ! でも、そっちの政務とかは別の奥さんにお願いしてるから、お母さんはこの里に居続けてるんだ!」
「えっ。カナリアのお父さんも、複数の女性と結婚してるの?」
「そうだよ! お父さん、お母さんたち三人に同時に求婚されて、選べないから三人とも幸せにしますって言ったんだって! 漢気あるよね!」
それは漢気があると言えるのだろうか。むしろ優柔不断……いや、俺が言える立場でもないか。あれ? でも王様なら……
「お父さんが王様なら、妹の薬代も出してくれるんじゃないのか?」
「それが難しいのよね。彼、王様と言っても最近それが発覚した感じなのよ。少し前まで自分が王族だと知らなかったのに、いきなり王様になって、それもその国はほぼ壊滅状態にあって。だから今は復興作業とかで手一杯ってわけ。お金も、そこらの貴族の家よりないのよ」
「あぁ……そうだったんですね。事情も知らず、失礼しました」
「ううん、気にしないでいいのよ。私たち、もう家族なんだから」
俺の失言を、ネロさんは笑って許してくれた。それに家族だと言ってくれた。心がじんわりと温かくなる。気付けば、先ほどまでの緊張感は消えていた。
「ふふん、だからワタシは王族の血縁者でもあるわけ! ロリ枠は奪われたけど、王族枠はワタシのものだよ!」
「あっ……たしか、ウィルの親も女王だから、ウィルも王族の血縁者になるのか?」
「ふふ、そうなっちゃいますね」
「うわああああああ! またワタシのキャラが被せられたあああ!」
なんとも不憫なカナリアである。
原作で、ウィルがメインヒロインに成り得なかったのは、本当にメインヒロインを潰しかねないからではないかと思えてきたのだった。
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