第45話 贖罪
カナリアが人生を共にするパートナーの一人に加わった日の翌朝、俺たちは昨晩激しい運動を行ったベッドに腰を掛け、話をしていた。
話題は——俺の過去と旅の目的。ガーゴロン討伐後、城を抜け出した際に話すと言ったが今の今まで流れてしまっていたのだ。
俺の両隣にウィルとカナリアは座り、二人とも俺の顔を真剣な目で見つめてくる。内容的に状況的にも少し喋りづらいのだが、話すと約束したので、俺は意を決して口を開く。
「俺は十歳の頃に道端で倒れていたところをある男に拾われて、そのままその人の家族になったんだ。その人は、二人も知っている人だよ」
「城内で一緒になった体の大きな方ですか?」
「ワタシに城の抜け道を教えてくれた人?」
二人の問いに、俺は頷いて返す。
「あの人……父さんは、記憶も身寄りもない俺を家族として迎え入れてくれたんだ」
「リオンさん、十歳より前の記憶がないんですか?」
「……うん。父さんに拾われた時が一番古い記憶になるかな」
この世界の記憶においては、だけどと心の中で付け足す。
「それで父さんと、父さんの一人娘との生活が始まったんだ。家があった村の人たちも、俺を温かく受け入れてくれたよ。その村で一緒に育ったのが、ライク。勇者だよ」
「ライク……もしかして、ワタシが一緒にガーゴロンを倒した人?」
カナリアはライクの名前を聞いて、彼のことを思い出すまで少し時間を要した感じだった。彼に関してその程度しか興味がなかったのかと思うと、既に正規ルートからは外れていたのだなと内心で苦笑する。
「そうだよ」
「へぇ、あの人って勇者だったんだ。確かにそこそこ強かったかな」
「リオンさんと勇者様が、小さい頃からのお知り合いだったことは承知しました。しかし、リオンさんはどうも勇者様を避けているように思います。私の気のせいでしょうか?」
「ううん、その通りだよ。俺はライクを避けてる。それこそが、俺の旅の目的なんだ。俺の旅の目的、それはただのライクからの逃亡なんだよ」
こんなことを言って、俺はてっきり二人から、どうしてそんなことになったのかと問い詰められるものだと思っていた。しかし、二人は表情を変えずに俺が話すのを待ってくれている。
胸がじわっと温かくなるのを感じながら、俺は話を続ける。
「俺は……時々、いつ聞いたのか分からない話を思い出すことがあるんだ。この街に来たときは、『ヘストイアの女王の正体は魔物だ』って話を思い出した」
「だから、リオンくんはそのことを知ってたんだ」
「うん。他には、エルフの里を訪れた際は、『勇者には妖精の剣が必要だ』って話を思い出したよ」
「リオンさんが妖精の剣の譲渡を辞退されたのには、そのような理由があったんですね。その話というのは、失われた記憶に関係するのでしょうか?」
「わからない。如何せん、忘れちゃってるからね。けど、大事な時にふと頭の中に流れ込まれたように思い出すんだ」
もちろん、忘却の記憶を思い出したというのは全て嘘だ。記憶は記憶でも、前世の記憶を思い出しているだけに過ぎない。だけど、前世の記憶など疑われようもないし、忘却した記憶など詰められても曖昧にできる。これが、転生を隠すために考えた俺の
「それで、村にいた時、あることを思い出したんだ。『勇者が齢十八を迎えた時、魔王軍が村を攻めてくる』って。同時に、『村の仲間が自分の身代わりとなり、絶望した勇者は覚醒する』ということを思い出した」
「魔王軍が村を……でも、村に住んでいたリオンさんは生きていますし、お父様も……ということは、リオンさん」
「そう。ウィルの予想通り、俺は魔王軍の攻撃に対して対策をしたんだ。とは言っても、ライクがその時に戦えるよう、鍛錬するように誘導しただけ、だけどね」
「だけ、ではないと思います。リオンさんはエルフの森で魔物を倒してくださいました。リオンさんも勇者様と一緒に鍛錬されていたのではないでしょうか」
「あはは、ウィルには何でもお見通しだね」
「り、リオンさんのことだけです」
そう言って照れ臭く笑うウィルの頭を撫でてやると、ウィルは俺の体にその頭を預けるように傾けた。反対側から服の裾をちょんちょんと引っ張られたので、カナリアの頭も撫でてやると、目を細めて満足げな表情を浮かべた。
しばらくそうした後、姿勢を元に戻して、話を続ける。
「鍛錬した甲斐あって、俺たちは魔王軍を退けることができた。ほとんどライクがやってくれたんだけどね」
「流石です、リオンさん!」
「でも、それじゃあ勇者が覚醒する機会ってのが失われたんじゃないの?」
「その通りなんだよ、カナリア。だから、俺はある行動に出たんだ。——俺の妹であり、ライクの想い人でもあるミリヤって
この話をすると決めた時に悩んだのだが、ミリヤを人質に取った際、ウィルに渡した短刀を彼女の首筋に当てていたことは黙っておくことにした。ウィルは短刀に愛着を持っている。この事実を話すことで、傷ついてしまうのではないかと考えたからだ。
二人は俺の話を聞いて、何も言葉を発さず、思案顔になって俯いていた。
この話をすることで、彼女たちは俺のことを幻滅するのではないかという危惧はあった。当然だ。世界の平和を優先し、親友を裏切って妹に刃を向けた男だ。どんなに善行を重ねてきても、思い直すのには十分なエピソードのはず。
だけど、幻滅してもらっても構わないなんて言葉をかける余裕も勇気も、俺にはなかった。彼女たちは自分達の人生をかけて俺に気持ちをぶつけてくれた。それに応えるために必要なこととして、俺ができることはここまでだった。
重苦しい空気が俺たちの間に漂っている。その空気を打ち払ったのは、ウィルだった。
「私は、リオンさんのしたことは間違いではないと思います。確かに村の人たちはリオンさんを裏切り者だと思っているかもしれませんが、中にはリオンさんのことを分かってくれている人もいると思うんです。……お城から脱出する際、お父様はリオンさんに仰っていました。恨んでなんかいないって」
ウィルも、あの言葉が俺に向けられた言葉だと分かったみたいだ。いやもしかしたら、あの時から分かっていたかもしれない。
ウィルの言葉を受けて、カナリアがそれを肯定するように話をつなげる。
「確かに、ワタシに抜け道を教えてくれた時、最後に『あいつをよろしく頼む』って言われたよ。あの時は意味が分からなかったけど、あれはお父さんからリオンくんのことを託されたってことだったんだね」
父さん、そんなことをカナリアに言っていたのか。父さんは意外にも、あの一瞬で俺の正体を見破り、そして人間関係を見抜いたってことか。意外と親というものは、子供のことを見ているものなんだなと実感する。
「だから、自分のことをどうか責めないでください。もし悩んでしまった時には、私を、私たちを頼ってください。頼りないかもしれませんが、いつまでもリオンさんのお側にいますので」
「そうだよ、リオンくん! ワタシはお姉さんだからね! たまには甘えさせて欲しいけど……甘えさせるのは得意なんだから! だから、いつでもカナリアお姉ちゃんの胸に飛び込んできてもいいよ」
そう言って身を寄せてくれる二人に、俺は声を振るわせながら「ありがとう」と呟くように言い、二人を抱きしめた。
この世界の秩序を乱しているのは、明らかに俺だ。そんな俺がこんなに幸せでいいのだろうかと思ってしまう。でも、もう後戻りはできない。俺はこの幸せを享受しながら、この世界の平和について考えていこう。
「ところで、リオンくんの妹さんって義理なんだね。仲良かったの?」
「うーん……どうだろう。悪くはなかったと思うけど、良くもなかった気がする。あ、でも最後に初めてお兄ちゃんって呼んでくれたな」
「最後? 最後って、魔王軍の襲撃後、リオンくんが村を出た時?」
「うん。ライクの攻撃をモロに喰らって、結構なダメージ受けてさ。村を出てからしばらく行ったところで倒れちゃって、もうダメかと思ったその時、追いかけてきたミリヤが治癒魔法をかけてくれたんだ。そして、父さんみたいに、考えがあってあんなことをしたんだろって言ってくれてさ。俺の行方は黙ってくれるってことも言ってくれて、その別れ際にお兄ちゃんって呼んでくれたんだよ。……ん? どうしたの二人とも、そんな顔して」
「いやだって……ねえ? ウィルちゃん。これは……」
「そうですね。ふふ、リオンさんは罪深いお方ですね」
その会話は二人の間では通じ合っていたようだが、俺には理解することができなかった。
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