第44話 覚悟

暗闇の中、宿のベッドの上で俺は二つの意味ではめられていた。


俺の身体の上に乗ってきているのはウィルだと思っていたのだが、暗闇に慣れてきた目をこらすと、その正体はカナリアだった。


「ど、どういうこと……?」

「あっ……あ、あんまり動かないで、リオンくん」

「あ、ごめん……じゃなくて、え、ウィルは?」

「ここにいますよ」


ウィルの声は隣から聞こえた。首だけ動かして横を見ると、ウィルの笑顔が目の前にあった。


「申し訳ありません、リオンさん。私が計画したんです」

「ウィルが……? どうして?」

「それは……」

「ありがとう、ウィルちゃん。ここからはワタシが言うよ」


カナリアは深呼吸を一つ入れる。少し動くだけで苦悶の表情を浮かべながら、彼女は俺の目をまっすぐ見て言う。


「ワタシ、リオンくんのことが好き。大好き。……最初は、若いのに金払いのいい人だなくらいにしか思ってなかったけど、ウィルちゃんを大事にしている強い想いを感じたり、その包み込んでくれるような優しい心に気づいたら惹かれてて……ウィルちゃんが羨ましくなってた」

「カナリア……」

「でも、リオンくんはウィルちゃん一筋だろうから、せめて一度、ワタシの身体を……って交渉しようとしたんだよね、えへへ」


それは……あの時か。彼女は追加で55万ゴル欲しいって言ってきたとき、その代わりとして何かを差し出そうとしていた。それが彼女の身体だったのかもしれない。


現実で女性がそのような発想になるかは分からない。しかし、ここは元エロゲの世界だ。それもカナリアはメインヒロインの一人。そういったことに抵抗はないはず。


「そしたらね、ウィルちゃんが提案してくれたの。一緒にリオンくんのお嫁さんになりませんかって。リオンくんは、一度関係を持ったら責任を取ってくれるはずだって。でも、正面からじゃ難しいだろうから……」

「今、こういうことになってるってことだな」


カナリアの言葉の後に続く言葉を俺が代わりに言うと、彼女はこくりと頷いた。


隣を見ると、ウィルが少し申し訳なさそうな顔をしている。でも、二人から後悔は感じられない。


カナリアは勇者ライクと結ばれ、一緒に魔王を討伐する運命にある。それを世界は望んでいるはずだ。しかし、彼女本人が勇者ライクではなく俺を選んでくれたのなら、その運命を彼女に押し付けるのは酷ではないだろうか。


それに、自分のことを想ってくれているのはすごい嬉しい。俺もカナリアに惹かれる部分は多くあった。さすがメインヒロインの一人だ。でも、彼女はライクと結ばれるべきなんだという考えがあったから、その先の気持ちを抱かないようにしていた。


……いいんだろうか。いや、いいだろう。彼女が選んでくれたのなら。既にイレギュラーは発生している。その全ての原因は俺だ。なら、俺が勇者ライクをサポートすればいい。直接は無理だけど、遠くからでも。


俺は確認のため、ウィルに問いかける。


「ウィル。たしかにこの世界は一夫多妻制だけど、本当にカナリアも仲間に入れていいの?」

「はい。元々、エルフである私に結婚という概念はないので、二人目がいることに抵抗はありません。……でも、少し悩んでいました。カナリアさんを受け入れることで、リオンさんが私から離れてしまうのではないかって」

「そんなことはないよ! ウィルは俺にとって大事な人だ。それは未来永劫変わらないよ」

「……ありがとうございます。リオンさんならそう言っていただけると信じてました。カナリアさんは私を二度も助けてくださいました。それに、私を除け者にするようなことはしないと約束してくださいました。なので、私はカナリアさんとも一緒にいたいと思っています」

「……そっか。うん、わかった」


俺はカナリアの方に向き直し、痛みか緊張か、それともそのどちらともかで少し歪んでしまっているその顔に手を添える。カナリアは低身長のため、ギリギリ届いた。


「あはは……ごめんね、リオンくん。急にこんなことになって。それに、こんなブサイクな顔で告白なんかして」

「ううん、綺麗だよ。カナリアの強い気持ちが伝わった。嬉しいよ」

「ほんとう?」

「あぁ。……実は、俺もカナリアに惹かれてたんだ。俺もカナリアのことが好きだ。だから、俺からもお願いするよ。俺とこの先一緒の人生を一緒に歩んでくれませんか?」

「っ……うん! 歩むよ! リオンくんと、ウィルちゃんと一緒に!」


カナリアは笑顔を浮かべ、その瞳からは大粒の涙を流れ始めた。


今すぐ抱きしめたい衝動に駆られるが、俺が動くとカナリアは苦しい思いになるため、なかなか動くことができない。


「あ、あはは。この体勢でお話ししてたの、今思うとおかしいね。でも、たくさん時間経ったから、もう馴染んできたと思うんだ。だから、リオンくん。動くね?」

「無理しないでいいよ、カナリア。まだ痛いんだろ?」

「……えへへ、リオンくんはワタシのことお見通しだね。うん、まだちょっとキツいかな」

「それじゃあ、一旦離れて……」

「それは嫌だ! 初めては1回きりがいい……それに、リオンくんに初めて好きだって言ってもらったこの時を、ワタシの身体に強く刻み込んでほしい。この状態で言われたんだよって……あはは、ちょっと変態さんみたいだね」


カナリアは照れ臭そうに笑うが、その言動全てが愛おしく思える。


「それじゃあ、このまま体勢だけ変えようか。少し動くけど、我慢できる?」

「うん……ワタシ、お姉ちゃんだからね。少しぐらい余裕で我慢できるよ! ……でも、その後はたくさん甘えさせて欲しいな」

「わかった」


俺はカナリアの腰と首裏に手を回して、抱きかかえるようにして体勢を変える。結果、カナリアが下に、俺が上になった。その間、カナリアは苦悶の表情を浮かべていたが、息を整え、次第に穏やかな表情に変わっていく。


「優しくしてね」

「あぁ、もちろん。よく我慢したな。たくさん甘えてくれ」


そして俺は——カナリアの唇に自分の唇を優しく押し付けた。


カナリアとの初めてのキスは、カナリアとの口から息と甘い声が漏れ出ていた。




* * * * *




広いベッドの上で両隣に美少女を侍らせて眠っている俺を客観視し、まるで主人公みたいだなと笑う。最近、自分の非力さを痛感することが多かったから、より笑えてくる。


今思えば、ウィルがこの広いベッドのある部屋を選んだのも、こうなることを望んでたからだろうな。


ただ笑ってばかりはいられない。魔王討伐のことを考えると、勇者パーティーにおいてカナリアの脱退は大きな痛手だ。作中において、カナリアは一番のダメージリソース。呪文は使えないが、ひたすら殴らせておけば高火力を連発して、終盤までレギュラーメンバーだった。


今の勇者パーティーにはガルドがいるらしいが、彼はそこそこ戦える程度で、魔王を倒せる人材ではないはず。でも、もしかしたら他の村の住人も同行しているかもしれない。それこそ師匠なら……カナリアほどではないが、立派なダメージソースになれるはずだ。


ライクと合流できたらいいが……今はまだ会いたくない。自分の感情を優先して悪いが、別れ方が別れ方だったので、やはり顔を合わせづらい。


とりあえず明日はこの街での用事を済ませたら、カナリアの実家へ向かおう。カナリアの妹に薬を渡さないといけないし、親御さんに挨拶もしたい。それに、ライクたちと遭遇する可能性があるしな。


「んぅ……リオンさん、まだ起きておられたんですか?」

「うん。ちょっと考え事をしててね。でも今から寝るところだよ」

「……改めて、勝手なことをして申し訳ありませんでした。リオンさんの話を聞かずに、私たちの事情を優先させて」

「謝らないでよ。俺は幸せだよ。ウィルもカナリアもとてもいい子で美少女なんだから、これで迷惑だって言ってたら全世界の男に殺されるよ」

「……ありがとうございます。カナリアさんとは長いお付き合いをしていきたいと思っていたので、リオンさんが受け入れてくれて嬉しかったです。……でも、私を蔑ろにしないでいただけると、もっと嬉しいです」

「するわけないだろ。おいで」

「はいっ」


ウィルを抱き寄せると、ウィルは俺の胸に顔を擦り付けるように首を動かす。それが愛おしくて、片手で頭を撫でてやる。


すると、今度は俺が後ろから抱きしめられた。その方向にいるのはもちろんカナリアだ。


「ずるい……ワタシも仲間に入れて!」


流石に三人となると、少し暑苦しい。でも、その苦しさもどこか幸福感に満ちていて。俺は考えることをやめて、今のこの状況を楽しむことにした。

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