第43話 祝宴
ヒルトンさんの誘導に従い、街の片隅にある古屋の中にあった地下へ繋がる階段を下りていくと、そこには予想以上に広いスペースが広がっていた。
地下室にはヒルトンさんだけではなく、階段から離れたところに多くの町の人が滞在している。
「なにここ……」
「すごいですね……」
「流石に広すぎるでしょ……」
俺たち三人はその光景にただただ呆然とする。だって、城下街の地下にこんな広いスペースがあるとは思うわけがない。
ヒルトンさんは俺たちの反応を見て、満足そうに笑う。
「ガハハ。すっごいだろ! これはな、街のみんなで作った国非公認の地下シェルターなんだ。この国が戦争をおっ始めるようになって、いつこの地が戦場になってもおかしくないと思った俺たちは、国に隠れて避難場所を作ってったってわけよ。まさか地下にいるとは思わないだろ?」
「なるほど……」
「悪いな、ここのことを教えてやらなくて。オレだけの場所じゃないからよ、勝手に教えるわけにはいかなかったんだ」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。でも、いいんですか? 結局俺たちを案内しちゃってますけど」
「うーん、まあいいだろ。ちょっと外の様子を覗きに行ったら、お前たちがボケッと立ってるんだから、見捨てるわけにはいかなかったしよ」
やっぱりヒルトンさんは優しい。漢だなあ。
「それで、今はどんな状況なんだ?」
「あぁ、それがですね……」
俺は城内で起きたことをヒルトンさんに話した。前に「女王の正体は魔物である」という話をしていたので、ヒルトンさんは「あれ本当だったのか」と驚愕していたが、案外この話をすんなりと飲み込んでくれた。
「それで、その女王の本当の姿ってのはライクって奴以外に誰か見たのか?」
「えっと、ライクの知人が一人……」
「それと、国の兵士が何人か見てるよ。女王を倒した後、ワタシたちの戦闘で発生した音を聞いて駆けつけてきた兵士たちが、女王の姿を確認してるはず」
どうやら、あの戦闘後に兵士たちが駆けつけに来たらしい。そりゃあんだけ激しい音を出せば来るだろうが、少し遅かったなあと思ってしまう。勇者パーティとボスを戦わせたいこの世界のイタズラなのではないかと疑ってしまう。
そういえば、ウィルにレブロックをまだかけていない。ガーゴロンの姿はもう消えたみたいだから、今のうちにかけ直すようウィルにお願いする。いま近くにいる人が全員ウィルの正体を知っている人だけで助かった。
ヒルトンさんはカナリアの言葉を受け、ほっと胸を撫で下ろす。
「それならこの戦争もすぐに終結しそうだな。戦争を仕掛けた国のトップが魔物で、それも死んだんだ。戦う理由はもうないはずだ」
「そうですね。おそらく今頃、兵士たちは事実の伝達に翻弄しているかと」
「はぁ〜。意外な結末だったなあ。おっし、リオン。他の奴らに同じ説明をしに行くぞ。オレだけだと馬鹿言ってんじゃねえって言われっからな」
「あ、はい。わかりました」
他の街の人に、先ほどした説明と同じ内容のことを話すために、俺はヒルトンさんに従い、シェルターの奥へ移動することにする。すると、ウィルが「あの」と声をかけてきた。
「私、カナリアさんとお話ししたいことがありますので、少し席を外してもよろしいでしょうか」
一体何の話をするのだろうか。カナリア本人も心当たりがないのか、首を傾げている。
だが、ここで詳しいことを言わないということは、おそらくあまり聴かれたくない秘密の話なのかもしれない。ガールズトークには無闇に男が足を踏み入れるべきではない。ここは何も聞かないでおこう。
「うん、いいよ。説明は俺だけで十分だろうしね」
「ありがとうございます。それでは、カナリアさん。あちらでお話しいたしましょう」
「え、あ、うん。わかった」
困惑したままのカナリアを連れて、ウィルが誰もいないスペースへと移動する。やはり秘密の会話をするのだろう。聞かなくて正解だった。
それから、ヒルトンさんが主導しながら、俺は街の人たちに事のあらましを説明した。多くの人が信じられないと言った表情をしていたが、ヒルトンさんが太鼓判を押すと、段々信じてくれる人が増えていった。この街全体においてもヒルトンさんの信用は高いようだ。改めて尊敬する。
しかし、その説明中にカナリアの「えぇぇぇ!?」という驚愕した声がフィルター中に響き渡ったのだが、一体何の話をしていたのだろうか。あの時、何の話をするのか聞いとけばよかったと少し後悔した。
* * * * *
あれからしばらくして、外から音が全く聞こえなくなったため、俺とヒルトンさんで外の様子を見に行った。すると、街のどこからも戦闘しているような音が聞こえなかったため、少し歩き回ってみるとヘストイア兵を見つけ、状況を伺うと戦争が終結したことを聞かされた。理由については後日改めて発表すると言われたが、俺たちは知っているので潔く引き下がった。
地下シェルターに戻り、無事に戦争が終わったことを皆に報告すると、歓喜の声が上がった。そして、ぞろぞろと地上へ上がっていき、各自、自分の元の居場所へと戻っていった。
カナリアを含めた俺たちも地上へ戻り、行く場所もないのでヒルトンさんについて行くことにした。
その道中で、街の状態を確認した。一部は酷い有様だったが、大方の場所は少し崩れている程度で、復興にそこまで時間はかからないかもしれない。「火を放たれなくてよかった」とヒルトンさんは苦笑顔で漏らしていた。
シャングリラは目立った損傷はなかった。一安心ですねとヒルトンさんに伝えようとしたが、彼は急いで中に入っていった。俺たちも後に続くと、店内の物品等を確認する彼の姿があった。
「こういう時に一番怖いのは火事場泥棒だから、中を確認するまで安心できねえんだよ」
と彼は言う。結局、中も荒らされたりしておらず、それを確認できたところでヒルトンさんはやっと安堵のため息をついた。
それから、食材があるということで、戦争終結とウィルの奪還成功を祝した宴会が開かれることになった。
俺たちも簡単な手伝いをして、支度が終わった頃には料理の匂いに釣られてきたのか、街の人たちが集まってきていた。静かだったヘストイアに活気が蘇ってくる。
「あ、あの、リオンさん」
賑やかになっていく様子を感慨深く眺めていたら、短刀を両手に持ったウィルが声をかけてきた。
「リオンさん、この子を修理してもらえないでしょうか? 刃こぼれしてしまっていて、可哀想なんです」
「あぁ……そうだな。そのままだと俺も罪悪感あるし……おっ」
軽く店内を見渡すと、集まった人の中に鍛冶屋のおっちゃんがいたので、俺は話しかけることにした。
「鍛冶屋のおっちゃん」
「お、宴会の主役じゃねえか。どうした?」
「戦争終結の祝いでもあるんですけどね。あの、まだ在庫あったりしますか? 剣を無くしてしまったので、新しく買いたいんですけど。それと、短刀を修理したいなと」
「あー、在庫は今の所ないぞ。お前が全部売っぱらっちまったからな。明日、作ってやるからウチに来い。ついでに鍛冶場も貸してやる」
「本当ですか!? ありがとうございます! それじゃあ、明日伺いますね」
「おう。とりあえず、今日はパーッと楽しもうぜ」
そうですねと笑い、鍛冶場のおっちゃんの元から離れ、ウィルとカナリアのところに合流する。
「修理させてくれるって。明日までこの街に滞在することになったけど」
「ありがとうございます、リオンさん。この子も喜んでます」
そう言って、ウィルは愛しい我が子を見るような目で短刀を見つめる。口角も上がっており、喜んでいることが表情から伝わってくる。
短刀の件を終えた俺はカナリアの方に向き直し、持ち歩いていた55万ゴルを彼女に差し出す。
「忘れる前に、これ。本当にカナリアにはお世話になったよ」
「う、うん。こちらこそありがとね!」
「それで、さっき言ってたやつだけどさ、やっぱりこれは護衛依頼の追加報酬金として——」
「うん! それでいいよ! 本当にありがとね! えへへ、美味しい仕事になっちゃった」
先ほど会話した時に感じた雰囲気から、この交渉は長引くと思っていたのだが、何故か急にすんなりとカナリアが引いてくれたため、俺はしばらく呆然とした。しかし、これ以上拗れても面倒なので、すぐに表情を切り替え、話を進める。
「それで、カナリアは貯まったお金で薬を買いに行くんだよな?」
「うん! 実はこの街に腕利きの薬屋さんがいて、その人が販売していることは確認済みなんだ。今日行くのも迷惑だろうから、明日くらいに伺おうかなって思ってる。だからワタシもこの街にもう一泊かな!」
そう言って、カナリアはウィルと目を合わせ、二人はニコッと笑い合う。いつの間にそんなに仲良くなったのだろう。先ほどのガールズトークでかなり打ち解け合ったのだろうか。
二人の親密具合に驚いていると、厨房からヒルトンさんが顔だけ出して、声を張り上げる。
「おーい! リオン! ちょっと厨房に来て手伝ってくれ!」
「え? 一応、俺って主役なんじゃ」
「バカ! 主役は救出されたウィルとこの国を救ったカナリアだ! お前さんは宴でもサポート役なんだよ!」
「そんな……酷い……」
俺はいくら頑張っても主人公にはなれないらしい。
ウィルとカナリアに激励をもらいつつ、俺は項垂れながら厨房へと向かった。
* * * * *
祝宴を終え、シャングリラを出た俺たちは宿泊する宿へと来ていた。
宴に来ていた人の中に宿場のオーナーがいたため話は早く、今日は他の客がいないし、宴の主役だからと格安で自由に部屋を選んでいいと言われた。
それならばと、珍しくウィルが率先的にいつもより少し大きなベッドのある部屋を選んだ。正直、体はもうクタクタだ。今日ぐらい、これくらいの贅沢が丁度いいかもしれない。
もちろんカナリアとは別室だ。俺たちの部屋の前で別れ、部屋に入った俺はベッドへ飛び込もうとする。しかし、ウィルにそれを止められてしまった。
「リオンさん、お疲れだとは思うのですが、先に水浴びに行きませんか?」
あまりベッドを汚したくないし、今寝転んだらそのまま眠りに落ちしてしまいそうだったので、俺はその意見に賛成した。
そしてウィルと水浴びに行き、部屋に戻って、やっと体をふかふかのベッドに預けることができた。
「あぁぁぁぁ〜〜〜」
一気に疲労感が体を襲ってきて、腑抜けた声が漏れ出てしまう。ウィルの前ではかっこいいところを見せたいという気持ちはあるが、今日ばかりはその余裕はなかった。
「かなりお疲れのようですね、リオンさん。そのまま寝転びになっててください。灯は私が消しますね」
「あぁ、ありがとう。そうさせてもらうよ」
俺は仰向けになって、ゆっくりと瞼を閉じ、寝る体勢に入った。
何かの音がしたと同時に、視界が暗くなる。灯りを消したのであろうウィルが、ベッドに入ってくる。そして、俺の身体を触り始めた。
「リオンさんは今日はお疲れでしょうから、その体勢のままでいてください。私が全部いたしますので」
「……ん?」
あれ? ウィルさん、今日もされるんですか? てっきり今日はこのまま寝ると思ってました。
結構俺の体を気遣ってくれる感じがあったからこそ、今日はないと思っていたが、それでもするということは、もしかしたら生命力の補充が間に合ってないのかもしれない。それならば、俺も受け入れるしかない。
ゴソゴソと下の方から音がする。灯りが消されて部屋が真っ暗なため、目を開けても何も見えない。音と感触だけ、というのもなかなか刺激的で、少し眠気が冴えてくる。
ベッドが軋む。そろそろかと思い、少し身構える。そして、あの感触がやってきた。
「……っ……いっ……っ」
しかし、どこかいつもと様子が違った。ここまではスムーズな運びだったのだが、急に動きが遅くなった。なんだか抵抗感があるし、それに漏れてる声がウィルのより少し高い気がする。
暗闇に慣れてきた目をしかめて、目の前にある顔を確かめる。
「……え、ええっ!?」
「あ……バレちゃった、えへへ」
俺の身体の上にいたのはウィルではなかった。暗闇の中でも、その金色の髪は光り輝いて見える。
——照れ臭そうな表情を浮かべたカナリアが、そこにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます