第41話 短刀
ウィルに頼んで、(俺の口伝えによるものだが)女王が本来の姿に見えるようレブロックをかけてもらうと、俺の記憶に似た姿の魔物が現れた。
第一段階が上手くいったことに安堵していると、カナリアが突然振り返ったので急いで物陰に隠れる。すると、
「この国を騙していた悪い魔物め! ワタシが成敗してやる!」
というカナリアの勇ましい声が聞こえてきた。どうやらカナリアにも女王が
それにしても状況の理解が早いなと思ったが、そういえば以前にウィルが捕まった経緯を話したことを思い出す。あの時は冗談で言ったと話したが、カナリアはそのことを本当のことだと思ってくれたらしい。信じてくれたみたいで、少し嬉しい。
「え、なんで? どうして私の正体がバレてるの? え……いや、ちゃんと人間の手じゃん! なんで、どうして!?」
自分はまだ擬態しているのに、反旗を翻すような行動をするカナリアにガーゴロンは狼狽している。レブロックだが、かけられている対象者自身に認識の歪みは生じないのだ。そのため、ガーゴロンのあの戸惑い様も頷ける。ボスキャラのはずなのに、その姿は少し間抜けに見えてしまう。
カナリアが飛びかかるが、ガーゴロンはその攻撃を避け、戦闘体勢に入る。一方で、ライクは未だ状況が掴めていないようで、立ち止まったままカナリアとガーゴロンを交互に見ている。
「カナリアさんは女王が敵だと認識したみたいですね」
「そうだな。後はライ……あの男も加勢して、二人であいつを倒してくれればいいんだけど」
ガーゴロンとの戦いで共闘した二人の間に強い絆が生まれ、良い関係になってくれれば、なんとかストーリーの軌道修正ができる。この作戦はそれが狙いなのだ。
「私たちは加勢しなくていいのですか?」
「う、うん。ウィルは戦闘用の魔法とか持ってないし、俺も武器を持ってないからね。あ、でも一応短刀を返してもらっていい?」
「あ……少し寂しいですが、この子をお返しします」
ウィルは俺が渡した短刀に愛着が湧いているらしく、寂しそうな顔で俺に短刀を渡してくれた。少し申し訳ない気持ちになったので、代わりに頭を撫でてやると、目を細めて気持ちよさそうな表情に変わる。
「あなたも一緒に戦って! こいつは女王に成りすました魔物なの! この姿こそが本当の姿で、ワタシたちを騙してたの!」
大剣を振り回しながら、カナリアはライクを説得している声が聞こえた。
「き、君も女王の姿が魔物に見えてるのか!?」
「ええ、だから今こうして戦ってるの!」
「クッ……何故かは知りませんが、貴様らには私の本当の姿が見えているようね。その通り! 私はこの国の女王を殺し、その姿を真似てこの国を乗っ取っていた魔物よ!」
「なっ……本当に魔物だったのか!」
遂にガーゴロンが自白してくれたため、ライクも女王の正体は魔物であることを信じてくれて、背負っていた剣を抜き、手に持って構える。その刀身を俺たちは知っていた。
「あ、あれは妖精の剣です! たしかリオンさんが勇者様に渡すよう女王様にお願いしてたはず……まさか、あの方は!」
「あぁ、どうやら勇者みたいだな。あいつにあの剣が渡っていてよかった」
ライクの正体についてはもちろん知っていたけど、ウィルは俺の事情をまだ知らないので、ここは知らなかった体でやり過ごす。
「えっと、カナリアさん! 僕は魔法を使いながらサポートするので、アタッカーをお願いします!」
「了解!」
いつの間に覚えたのか、ライクは火球を飛ばしながらガーゴロンに近づき、隙をついて剣を斬りつける。カナリアも隙を見つけ次第、その大剣をガーゴロンにくらわさせている。即興とは思えないコンビネーションを披露する二人。やはり勇者パーティなのだ。
「クソ……クソクソクソクソ!! いいところだったのに!! あともう少しで周辺国の制圧が完了して、ここら一帯を魔王様のための王国を建国しようとしてたところなのに!! あなたたち、邪魔なのよ!!」
ガーゴロンも負けじと目から光線を出して反撃する。カナリアに向けられたそれは、ライクが放った火球により相殺される。次に、近づいてきたライクを尾で弾こうとすると、カナリアが攻撃を仕掛けて相手の動きを封じる。
「お二人とも息がぴったりですね」
「だな。これなら心配しなくとも勝てるだろ」
二人の激闘ぶりを見て勝利を確信した俺たちがそんな会話をしていると、背後から足音が聞こえた。
「まずい、誰か来たみたいだ。ウィル、とりあえずこの兜を被って」
「はい、わかりました」
何者か知らないが、そいつにウィルがエルフだとバレないよう、耳を隠すために兜を被せようとしたその瞬間、「そこに誰かいるのか?」という懐かしさを覚える声が聞こえ、俺は咄嗟にその兜を——自分の頭に被せた。
「ごめん、ウィル」
「えっ!?」
兜を被って小声で謝る俺に、ウィルは驚愕の声を漏らす。ウィルが驚くのも当然だ。しかし、ここは俺の身バレ防止を優先させてもらった。だって、俺たちの背後に立っているのは——この世界の俺の父さん、ガルドなのだから。
どうしてここにガルドがいるのだろうか。もしかして、生存したことで勇者パーティに加入したのか? それでライクと共にヘストイアへ来て……それでも、城内にいるのは疑問だ。
しかし、乗り気ではなかったが服を買い替えていてよかった。服装が一緒だと顔を隠してもバレる確率は高かっただろう。
「……ん? お、やっぱりいたな。お前らは何者だ。どうしてここにいるんだ」
「…………」
声から身バレするのを防ぐために無言を貫いていると、見かねたウィルが代わりに答えてくれる。
「私たちは、えっと、旅をしている者です。今、この国の女王に成りすましていた魔物と戦っているお二人を応援しています」
「女王が魔物だと……? 悪い、ちょっとワシにも様子を見せてくれ……ら、ライクが戦ってるじゃないか! つまり、ライクが相手しているあの魔物が女王ってことか?」
「はい。勇者様はライクというお名前なのですね」
「あぁ……ん? どうしてライクが勇者ってことを知って……あれ? お前さん、その耳、エルフじゃないか? ワシがこの前エルフの里で世話になった時、お前さんのような耳の女性を多く見かけたぞ」
「その通りです。私はエルフの里出身のエルフ族の一人。名前をウィルと申します」
「……なるほどな。お前さんのお仲間は、あの剣を渡すために、勇者であるライクを探していた。大方、その関係でお前さんもライクのことを知っていたってことか」
「概ねその通りです」
ウィルが
「それで、お前さんが一緒にいるこの兜の人は——」
「ところで、どうしてあなたは三階から現れたのでしょうか? そもそもあなたは何者ですか? 私は教えました、今度はあなたのことを教えてください」
話題が俺に移ろうとしたその瞬間、ウィルはガルドに向けて一気に質問を投げかける。
おそらく、俺の先程からの不審な行動から、俺がガルドに自分の正体を隠していることを察したのだろう。最近は抜けているところや実はエッチな子という印象が強いが、ウィルはできる子なのだ。後でたくさん褒めてあげたい。
ガルドは「確かに自分ばっかり聞いて悪いな」と頭を掻きながら言い、自身のことについて語り始める。
「ワシの名前はガルド。訳あってライク……勇者と一緒に旅をしている。ワシがここに来た理由だが……ワシは戦闘がそんなにできるって訳じゃないから志願兵にはならず、街に残ってライクを見守っていたんだ。それで、外から城の様子を観察していたら、魔物たちが城の上の階の部屋に入っていくのを見たんだよ。ライクが危ないんじゃないかと思って城の中へ行こうとしたんだが、正面からは入れさせてくれなくて……これは内密にして欲しいんだがな、実は城のとある壁から城の最上階に繋がる通路があってな、そこから侵入したんだ」
あぁ……父さん、俺たちその通路知っています。なんなら俺たちもその通路を使って中に侵入しました。
ウィルも少し困った顔をして一瞬俺を見た後、「そうだったんですね……」と返事している。
「よし、ワシの話はしたぞ。改めて、次はそこの兜男についてだが——」
また俺の方に話題が移ろうとしたその瞬間、王の間から凄まじい衝撃音が聞こえた。俺たちは思わず身を乗り出して様子を見る。
室内なのに砂煙のようなものが舞っている。煙が消えてくると、壁に打ち付けられたライクの姿が見えた。カナリアも肩で息をしている。一方で、ガーゴロンは見た感じそこそこのダメージは入っているようだが、不敵な笑みを浮かべている。
「ウフフフフフフフフ。ちょっと危ないと思ったけど、なぁんだ。あなたたち、弱いわね。ううん、強さは認めてあげるわ。でも、準備が足りなかったんじゃないの? 私にそんな小さい火の球がずっと通ると思った? 小娘も、その小さい体、戦う前から疲れが溜まってたみたいねぇ。……舐めるんじゃないわよ。そんな状態で私に勝てると思っていたなんて、笑止千万。穢らわしい。調子に乗ってんじゃないわよ、このクソ蛆虫どもガァ!」
ウーガロンは激昂した様子で、その悍ましく大きな腕を振りかぶり、憔悴しているカナリアを殴りつけようとしている。
「危ない!! ——ッ!? なんで邪魔するんだ!」
ガルドが助けに出ようと走り出すのを俺は手で制止させ、先ほどウィルから返してもらってから隠し持っていた短刀を右手に構える。
「ウィル。
俺が小声かつ早口でそう言うと、なんとか聞き取ってくれたウィルが「はい!」と返事をして、俺に
体の底から力が湧いてくるような感覚を少し懐かしいなと感じながら、俺は右手を振りかぶる。
「え……?」
隣からウィルの戸惑いの声が聞こえたが、俺はそれを無視して——短刀をガーゴロン目がけて思いっきり投げつけた。
「り、リンーーーーー!!」
ウィルは音量は抑えつつも悲痛な声を上げた。リンって……もしかしてあの短刀の名前? 名前をつけるって、どんだけ愛着湧いてたの。
ウィルの想いも虚しく、勢いよく投げられた短刀は風を切りながら飛んでいき、そのままガーゴロンの振り上げられた腕に突き刺さり、そのまま貫通した。短刀が壁にぶつかって勢いを失い、地面に落ちた金属音と、ガーゴロンの腕が落ちた音が辺りに響く。
「グァァァアア!! 私の腕ガァ!! なに、痛い、何が起きたの!?」
ガーゴロンは、突然、自分の腕が吹き飛び、その痛みに苦悶の表情を浮かべながら戸惑いを隠せないでいる。
その隙をカナリアは見逃さなかった。最後の力を振り絞り、自分の体より大きい大剣を無駄のない動きで振りきり——ガーゴロンの体を一刀両断した。
「イヤ……ダ……私はマダ……死にたく、ナイ…………」
下半身と分断されたのにも関わらず、しばらく言葉を発していたガーゴロンだが、遂には力尽きたのか、一切動かなくなった。まだ体が残っているので、完全に息絶えたわけではないが、おそらくもう起きてこないだろう。
「た、倒しました……!」
ウィルが歓喜の声を上げる。俺はこの場で喜びを共有する余裕はないため、ウィルの腕を掴み、すぐさまその場を去ろうとする。
「あ、あの、リンは……」
「……後で必ず回収するから。今は、ごめん」
申し訳ないとは思いつつも、今は身バレする可能性があるので、すぐさまこの場を去りたかった。
「待ってくれ!!」
しかし、ガルドが俺たちを引き止める声が聞こえた。思わず足を止めてしまう。
何を言われるのだろうか。正体を明かせと言われるのだろうか。それとも、一緒に女王の件について説明に回ってほしいと頼まれるのだろうか。どれも勘弁してほしい。
ガルドの言葉を待っていると、ガルドは気持ちを落ち着かせるよう息を吸い込み、口を開いた。
「……ワシには、お前さんぐらいの大きさの息子が一人いる。そいつに会ったら伝えてくれないか。ワシ……父さんは、お前のことを恨んでないって。お前は馬鹿じゃないって知ってるからって。そう、伝えてくれ」
俺はガルドの言葉に返事はせず、ただ小さく頷くだけで、すぐさまその場を後にした。
「あの短刀……おそらく、そうだろう。ふふ、元気にしてくれているようでよかった。あの子は嫁さんだろうか……いつか、紹介してほしいな。ミリヤと一緒に」
「この短刀……もしかして……」
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