第40話 裏技

お世話になった門番兵の正体はモストンの元騎士団団長オニキスだった。


ヘストイアの兵士になったのは、ヘストイアの王女であるミスラを守りたいからだった。


そして彼は今、ミスラ王女を監禁していた魔物たちをその美しい剣裁きでバッサバッサと倒している。


……少し妬ましい。


どうしてこんな華があるのだろうか。そりゃミスラ王女も目をハートにしますよ。剣裁きも美しければ、容姿も生き様も美しい。


嫉妬を抱くのも烏滸がましい気がしてきた。


そんな自分の中の黒い気持ちは置いといて、今の状況を整理する。


魔物の一部が救援を求めに行ったみたいで、オニキスが倒しまくっても窓から続々と加勢がやって来る。


俺もオニキスさんに加勢した方がいいだろうか。そう考え動こうと思ったが、オニキスに先に制止をかけられる。


「リオンくん、ここは俺に任せて、君は諸悪の根源の元へ行って。それが君の目的でしょ?」


ここは俺に任せて? 言ってみたいセリフですね。どこまでもかっこいいです、オニキスさん。


しかし、オニキスさんの言う通りで、俺は諸悪の根源——女王に成りすましているガーゴロンを倒すことが俺の目的であり、あいつを倒すことでこの配下たちの猛攻も収まると思うと行くしかない。


「わかりました。オニキスさん、死なないでくださいよ!」

「ふっ、君もね!」


俺はこの場をオニキスさんに任せ、ウィルと一緒に王の間へと向かう。


今下っている階段の先は、直接王の間へと繋がっている。俺たちは慎重に階段を下っていき、姿がぎりぎり見えないところで止まる。そして様子を見てみると、女王の後ろ姿を確認することができた。同時に、カナリアとライクが女王を守るように近くに立っている姿が見えた。


「これは都合がいいな……」


女王もといガーゴロンは、俺がエルフの森で倒したグェルとは違い、立派なボスキャラだ。そのため戦闘力はそこそこある。なので、近くに強い奴がいてくれればと思っていたのだが、カナリアとライクがいるのは好都合すぎる。


「ところでリオンさん、どうしてオニキスさんの兜を持ってこられたんですか?」


ウィルはきょとんとした顔で、俺が手に持っている兜を指差して訊ねてきた。これは先ほど目の前に飛んできたオニキスさんの兜で、拾ったまま持っていたのだ。


「これは後々使うかもしれないからさ。えっと、今からウィルには魔法——レブロックを使って欲しいんだ」

「レブロック、ですか? 今も使っていますよ?」


レブロックは認識を歪ませる魔法だ。ウィルはこれを自分自身にかけているおかげで、エルフだとバレずに街を闊歩できている。


このレブロックは他者にもかけることができる。つまり、他者に関する認識を歪ませることができるのだ。


しかし、欠点もある。術者は一度に一人にしかかけられない。そのため、違う人にレブロックをかけてしまうと、今ウィルにかかっているレブロックは消えてしまう。そこで、この兜を拝借したのだ。エルフ特有の耳さえ隠せばなんとかバレずに済むだろう。


「ウィルじゃなくて、あの女王にかけて欲しいんだ。今から俺の言う容姿に見えるよう認識を歪ませて欲しい」

「……なるほど。つまりあの方を魔物の姿に見えるようにすることが、リオンさんの目的なのですね?」

「うん。正体を暴くというより、無理やり本当の姿に見えるようにする。強引な裏技だね。……だから、ウィルが俺を信用してくれてないと実行できない案なんだ。……ウィル、やってくれるかな?」

「もちろんです! 私はリオンさんを世界で一番信じていますから!」


ウィルは嬉しい言葉を言ってくれた後に、わずかに見える女王の姿を目がけて魔法を放つ。


「——レブロック!」




* * * * *




結局、彼にワタシの気持ちを伝えることはできなかった。


伝えようとした直前に、モストンの軍がこちらに進行しているという報告が舞い込んできて、そのまま言うタイミングを失ったまま、彼と別れてしまった。


でもそれでよかったのかもしれない。


彼らの絆の深さを目の当たりにして、自分の付け入る隙なんてないんだと思い知られされたのだ。


彼らが結婚していようと、ワタシが介入する余地はあったはず。だってこの世界は一夫多妻だから。多くの人が経済的な理由であったり、そもそも妻同士が上手くいかないといった理由で一夫一妻であるが、いちおう一夫多妻は認められているのだ。


だからワタシも、と思ってしまった。でも彼はそんな器用なことができる人のようには思えなかった。純真に一人の人を愛する、そんな感じ。そしてその相手は既に決まっていた。


どの立場から言っているんだと自分でも思うが、彼女は彼に相応しい相手だった。彼女を救うためになりふり構わず頑張っていた彼。そんな彼が絶対に自分を助けにきてくれると信じて疑っていなかった彼女。二人はお似合いすぎる。もう一人なんていらない。


彼と一緒にいると、心が温かくなった。気づくと甘えたいという欲求が頭を支配していた。


最初は、少し頼りないなあと思った。女であるワタシに護衛を依頼するなんて、と。確かにワタシはそこらへんの男より強い。だからこそだろうか、好きな人はワタシを守ってくれるような屈強な男だと思っていた。


彼は腕っ節は強くなかった。でも心が強かった。一度折れかけてはいたけど、少し支えてあげるとすぐに立ち直った。そして、無謀だと思っていた1000万をたった二日で稼ぎきった。


その姿を見ていて、だんだん彼に惹かれていったのだと思う。彼女の救うために一生懸命なその姿に惚れたのだ。そんな一生懸命になれる彼女がいるから、ワタシは彼を諦めないといけない。なんと皮肉なことだろう。


結局、彼とは契約上の関係。そういえば、予想を遥かに上まる報酬金を彼はワタシにくれた。そして、こうも言った。


「もし、もし助けが必要になった時、その時は俺を頼ってほしい。俺にもまだ返すべき恩は残ってるから」


ワタシが必要なお金は残り55万ゴル。彼はおそらくそれだけの金額を余らせている。だから、ワタシは言えたのだ。「報酬金を追加で55万ゴル欲しい」って。優しい彼は、おそらく快くくれただろう。


でも、ワタシは言えなかった。言ったらワタシたちの関係が完全に失くなると思ったから。この約束がある限り、まだ繋がっていると思えると考えたから。また、がめつい女だと幻滅されたくなかったというのもある。ワタシは今まで努力してきた理由の妹より、最近出会った男のことを優先したのだ。最悪だ。お姉ちゃん失格だ。


そうだ、ワタシはお姉ちゃん失格だ。彼に甘えたいと今も思ってしまっている。こんな戦地で考えることじゃないだろうに。


この仕事を終えたらワタシの旅も終えられる。そしたら、お姉ちゃんをやめよう。甘えさせてくれる人を見つけよう。新しい恋を見つけよう。


一緒に女王様を守っている人なんてどうだろうか。顔はかなりイケてて、魔法も剣術も素晴らしい腕を持っていると聞いた。


顔……どんなだっけ。一度は見たと思うけど、覚えてないや。だからと言って、わざわざ隣を見てまで確認しようとも思わない。


……ん? なんだか上が騒がしい。モストン軍が上から侵入してきたのだろうか。……いや、ありえない。だってこの城の高さは結構あったはず。それによじ登ろうなんてことしていたら、すぐに気づかれてやられてしまう。


でも、一応確認しないといけない。たしか上に繋がる階段が女王様が座っている玉座の裏にあったはずだ。


「——えっ」


振り返ると、そこに座っていたはずの護衛対象である女王様の姿は消えていた。いや、座っている奴はいるのだ。だが、その姿は人間とはかけ離れている。口は耳まで裂けているように大きく開かれ、目は拳くらい大きく、耳も悪魔のように尖っている。肌色は緑で、下半身はムカデのようなものになっている。


——魔物だ。そう思った時、彼が言っていたことを思い出した。彼女が捕まった経緯として、彼が冗談で言った「ヘストイアの女王の正体は魔物だ」という内容を、彼女が善意から兵士に告げ口したためだと。


彼が言っていたことは冗談ではなく本当のことだった。


私は背負っていた大剣を手に取り、女王——いや、魔物と対峙して構える。


「あなた、何をしているのかしら? 私にそのようなものを向けて、そんなこと許されると思っているの?」

「え、え? 一体どうしたの? どうして女王様に剣を向けて……えぇ!?」

「あ、あなたもどうしたの、私を見てそんなに驚いて」


どうやらあの人——たしかライクっていう人も女王の姿が魔物に見えてるみたいだ。私だけの見間違いじゃない、つまり——これが奴の正体!


「この国を騙していた悪い魔物め! ワタシが成敗してやる!」


彼との因縁がある魔物。こいつを倒すことが、今ワタシのやりたいこと。その身と一緒にこの思いを断ち切る!


ワタシはその場を蹴り出し、大剣を構えながら元女王を目がけて駆けていく。


「え、なんで? どうして私の正体がバレてるの? え……いや、ちゃんと人間の手じゃん! なんで、どうして!?」

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