第39話 開戦

朝目が覚めて、昨晩、満足気な表情を浮かべたウィルに腕枕をしながら考えていたことを整理する。


ウィルは禁欲が続くとその反動がすごい……ではなく、本日開戦となる戦争で、勇者ライクヒロインカナリア魔物側ヘストイアについてしまっていること。ヘストイアが下手しなくても勝ってしまうこと。そうなってしまうと、魔物を手助けしたどころか、カナリアは順当に報酬を貰い、ライクとカナリアの恋愛フラグが成立しないこと、これが一番問題だ。


ライクとカナリアは仲間となり、魔王軍討伐の旅を共にしなければいけない。そのためにも、二人が恋愛関係になることが重要なのだ。


最悪、恋愛関係とはいかなくても、二人の間に強い絆が生まれればいい。そう考えた俺は、一つの案を思いついた。そのために必要なアイテムがあるが、それについても対策を考えている。


焦る必要はないが、失敗は許されない。今日の作戦は大胆かつ慎重にだな。


「んっ……あ、リオンさん。おはようございます」

「おはよう、ウィル」


整理がついたところで、丁度ウィルの目が覚めた。違いに挨拶を交わすと、どちらかともなく自然と唇を寄せ合い、そして抱きしめ合う。


「えへへ……目が覚めたらリオンさんが隣にいることが本当に幸せなことなのだと、ここ数日で実感いたしました」

「俺もだよ」


そう言って、抱きしめる力を強める。細くも柔らかいその肌が気持ちいい。ずっとこうしていたいと思わされる。しかし、今日はやらなければいけないことがある。気持ちを切り替え、ウィルの体から離れる。


「さて、準備しないとな」

「リオンさん、本日はどうされるのですか? 昨日、この街に残った理由はいったい……?」

「ウィル。この国の女王が魔物だって前に話したよね」

「あ、はい。それを私が国の兵士様にお話したことで、リオンさんに多大なご迷惑を……」

「き、気にしないで。もう終わったことなんだから。……それで、その話ってまだ信じてる?」

「はい。もちろんです。私はリオンさんが仰ることは全て信じます」


真っ直ぐな目で見つめられてそう言われ、俺は嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。


「まあ、その話に関することなんだけど……俺たちで女王を討伐しよう」

「私たちで、ですか?」

「うん……と言っても、実際は俺たちは戦わないんだけど。戦時の混乱中に乗じてなら、女王の元に近づけると思うんだ。そこで、女王の正体を衆目の下に晒す」

「正体を知った方達に戦ってもらうってことですか?」

「うん、完全に他人頼みだけど。……あと、ウィルが俺のことを信じてくれないと実行できないんだけど、それは、うん、大丈夫でそうだね」

「はい。ご安心ください、リオンさん。私は心の底からリオンさんを信頼し、愛しております」


期待していた以上の返しをくれるウィルが非常に愛おしく、ついまた抱きしめてしまう。先程離れたばかりなのにと自嘲しながら、俺たちは互いの温もりを感じ合った。




* * * * *




宿を出て、商魂逞しい人がまだ店を開けていたので、なんとかパンを調達をすることができ、俺たちはそれを食しながら城の方へと向かう。目的地は城門ではなく向かって右の側面の近くの家。家主は避難しているため誰もいない。俺たちは失礼しますと言って中に入る。


「い、いいんでしょうか、勝手にお邪魔して」

「緊急事態だ、少しだけお世話になろう」


作中の主人公は勝手に侵入しつつ、家財を荒らしていくのだ。これくらいは許してほしい。


息を潜めてしばらく待機していると、家の外が騒がしくなってきた。どうやらモストンの軍隊がヘストイアに着いたようだ。開戦だ。


「すごい声ですね……」

「あぁ。だけど、おかげで俺たちは大胆に動ける。——よし、行こう」


家を出て、すぐさま近くの城の壁に駆け寄る。石を積み重ねられてできた壁であるが、実はある一部だけ手で押すと——このように横にズレて穴が現れる仕掛けになっている。


「リ、リオンさん凄いです。道が現れました。女王様の正体といい、リオンさんはどうしてこのようなことを知っているのですか?」

「……えっと、この穴についても噂で聞いたんだ。城には非常事態用の脱出経路があるって」

「……そうですか。いつか、リオンさんの旅の目的と一緒に、教えてくださる時が来るのを、私はいつまでもお待ちしております。さあ、今は急がないとですよね?」


そう言って、ウィルは穴の中へと入っていく。俺はウィルの気遣いに申し訳なくなりつつ、ありがとうと小さく言い、彼女の後を追いかけた。





* * * * *




なぜ俺がこの脱出経路を知っているのかというと、それはもちろん作中で利用されていたからだ。目的も一緒で、女王に警戒されて正面から侵入できなくなった主人公らは、この経路を使って女王の間まで向かい、例のアイテムを使って女王の正体を明かしたのだ。


その道中、この国の王女様に会っていたのを思い出した。王女様は女王の正体に気づいており、女王の配下である魔物たちに部屋に監禁されている。生かしているのは利用価値があるからだった気がする。まあ、国のトップに成りすましておいて、おいそれと国の重要人物は殺せないのだろう。怪しまれるような行動はしない、なかなか狡猾なやつだ。


穴を抜けて、俺たちは城の三階の廊下に出てきた。三階は女王の間の上に当たる。そして、先述の女王が監禁されている部屋がある階だ。


主人公は女王の間へ行く前に王女を助けている。しかし、今ここにいるのは俺だ、主人公ライクではない。つまり、俺が助けないと王女は助からないかもしれない。


正直、愛剣を失って武器はウィルに渡した短刀しかないのだが、なんとか配下である魔物くらいは倒せないだろうか。ウィルと歩調を合わせて、ゆっくりと廊下を進んでいく。そろそろ王女が監禁されているなのだが、なぜかドアが開いている。どうしてだろうと疑問に思ったその時、部屋から兜が一つ吹き飛んできた。


「うわぁ!?」

「きゃっ!」


俺たちは突然の出来事に短い悲鳴をあげてしまう。


目の前に落ちた兜を拾い上げてよく見てみると、どこか見覚えがある。


「あれ? どうして君たちがここにいるの?」


聞いたことのある声が部屋から聞こえてきた。部屋の中を覗くと、甲冑を着た兵士が、王女を守るように背にして、魔物と対峙していた。その顔は見たこないが、サラサラの金髪を靡かせた好青年だった。


「その声……もしかして、兵士様ですか?」

「あぁ、そうだよ。王女様を守るために見参したってわけ……よっと!」


兵士は俺たちと話をしながら、攻撃を仕掛けてきた魔物に反撃する。その剣捌きは見事なもので、俺の目からしても只者じゃないことがわかる。


「あなた様は……もしかして、モストン国の騎士団の団長様ではありませんか!?」


次に彼の正体について言及したのは、彼の背中に隠れて怯えていた王女様だ。今は彼の顔を見て目をハートにしている。


「あはは、数年前に一度お会いしただけの私を覚えていてくださっていたとは、嬉しい限りです。そうです、私はモストンの騎士団団長……でした。それは今や昔の称号。私は、あなた、ミスラ王女を守るためにこの国の兵士となったのです」

「団長様……!」

「どうか、私のことはオニキスとお呼びください」

「オニキス様……!」


どうやら彼……オニキスは騎士団団長という座を捨てて、他国の王女を守るために、その国の兵士になっていたらしい。それも王女にそのことは伝えず、ただ守る仕事に徹していたと。そして、彼は女王に対して不満を持っていた、つまりこの状況を知っていたのだろう。だから今、こうして俺みたいに混乱に乗じて救いにきたのだろう。


「リオンくん……君の勇姿を見て、俺も勇気を出すことができた。こうしてミスラ王女を守ることができているのも、君のおかげだよ。ありがとう」

「あ、はい」


突然の主人公ヒーロー登場に俺はひどく困惑していた。


彼は作中では描かれないモブ中のモブだ。それなのにも関わらず、一国の王女を守るイケメン騎士というポジションを演じている。今の二人を切り出して見ると、それはもう物語の主人公とヒロインの二人でしかないのだ。


一方で俺はどうだろうか。自分の延命を優先して、ストーリーをかき乱して、挙句の果てにはその混乱を収束させるために行うことは他人任せ。


俺、勇者じゃないからさ。原作では既に死んでるモブだからさ。持ってるのはウィルへの愛と他人任せにする勇気だけなの。友達いっぱいだね。


「リオンさん。私はリオンさんの方が素敵だと思っていますよ」

「うん、ありがとうね、ウィル」


今はウィルの優しさだけが救いだけど、何故それをこのタイミングで言ってくれたのかを考えると、更に気落ちしそうだったのでやめた。それも優しさなんだろうけどね、時には優しさも鋭いナイフになるんだよ。

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