第38話 開戦前日
モストンのヘストイアへの進行を受け、志願兵を含める兵士たちは緊急招集をかけられた。
それはお金を稼ぐために兵士に志願したカナリアも例外ではなく、俺たちはその場で解散することになった。
できることであれば、今のうちにヘストイアから離れたいところではあるのだが、ヒルトンさんとの約束が残っているし、それに、確かめたいことがある。
ライクは既にこの街に辿り着いているのだろうか。それと、ヘストイア女王の正体を見破り、その正体を皆へ知らしめるためのアイテムを入手しているのだろうか。
あのアイテムはこの街の近く……といっても現実には少し離れた塔にあり、塔の攻略する時間も含めれば回収に二日は要する気がする。
となれば、全てのお膳立てが済んでいるライクがこの街にいないと、ヘストイア女王——ガーゴロンを討伐することは不可能なのだ。
そりゃまあ、人間の姿をしたままのガーゴロンを倒すことも可能だが、そんなことをしたらライクは一国の主を殺した重犯罪者だ。魔王を討伐する旅どころじゃない。そのためにもあのアイテムは必要だ。
最悪、モストンがヘストイアを制圧してくれればなと思うのだが、あまり戦力には期待できない。騎士団団長が不在だと聞くし、なんだかんだガーゴロンは魔物の中でも強い。それにカナリアがヘストイア側についちゃってるからなぁ。彼女のお金のこともあるから無責任に止められないし。
「はぁ……」
先のことを考え、俺は深いため息をついてしまう。すると、俺と手を繋いで隣を歩くウィルが心配そうに顔を覗き込んできた。
「リオンさん、大丈夫ですか? 私のために尽力していただいていたので、お疲れですよね」
「ああいや、違うんだ。急に戦争が始まるって聞いて、凄いことになっちゃったなあって思ったらさ、つい出てきただけだよ」
「あぁ、そうですね……カナリアさんも行ってしまいましたし。私、カナリアさんともっとお話がしたかったです」
ウィルにとって、カナリアは二度も自分の命を救ってくれた恩人だ。かなり好印象を抱いてるだろうし、彼女のことだからお礼もしたいのだろう。
「とりあえず、久しぶりに美味しいご飯でも食べに行こうか」
「ご、ご飯ですか!? じ、じゃあ私、またシャングリラに行きたいです!」
「いいね、そうしよう。そうそう、ヒルトンさんもウィルの救出に手伝ってくれたんだよ。そのお礼も兼ねて行こうか」
「はい! たしかこっちの方でしたよね、行きましょうリオンさん!」
俺の手を引っ張るようにして、シャングリラへ急ぐウィル。俺はその様子を見て、手を繋いでいてよかったと思うのであった。
* * * * *
シャングリラの店内に入ると、迎えに来てくれたヒルトンさんが俺たちの顔を見て満面の笑みを浮かべた。
「リオン! ウィル! 無事再会できたんだな!」
「はい。ヒルトンさんのお力添えのおかげです。本当にありがとうございました」
「ヒルトンさん。この度は大変お世話なりました。ありがとうございます」
「いいってことよ! 報酬はもらったしな! Win-Winだ!」
商人マインドというやつだろうか。それでもヒルトンさんは優しいと思う。
「そうだ、リオン。祝いの件だが……」
「あはは、わかってます。今はこんな状況ですもんね。今日は普通にご飯を食べに来ました」
「そうか、悪いな。その代わりと言ってはなんだが、腕を振るって料理作るからよ、なんでも言ってくれ! またカルパッチョにするか?」
「カルパッチョ! 私、また店長さんのカルパッチョをいただきたいです!」
「俺は他の料理も食べてみたいので、別のおすすめお願いします」
「おう! 任せろ、ちょっと待ってろよ!」
注文を聞いたヒルトンさんは、厨房の方へ姿を消していく。さっきの話を聞いた感じ、やっぱりヒルトンさんが料理を作っているみたいだ。商売面においてこの人は凄い才能を持ってるな。
空いている席に座ると、ウィルはそわそわした様子を隠せないでいる。相当楽しみなようだ。そんな姿を見て俺の口元は緩む。平和が帰ってきたなあと実感する。
しばらくして、ヒルトンさんが皿を持ってやって来ると、ウィルの表情はパーッと輝いた。そして実食すると、さらにその輝きは増していく。
俺とヒルトンさんは、ウィルの食べる姿を見てほっこりとしていた。
「そういえば、この前、お前さんたちみたいにカルパッチョを美味そうに食べてくれた四人組の客さんが来てくれたんだよ。その内の紅一点の嬢ちゃんの雰囲気が、どこかリオンに似てたな。容姿は全然似てないんだがな」
「ということは、その方もリオンさんに似て、お優しい方なんですよ」
「ウィルからの信頼が厚すぎて辛い。……それで、どんな人たちだったんですか?」
「うーん、親子二組って感じ? いやでも、親子なのは二人だけっぽかったな。すまん、よく分からねえ。ただ、そのうちの一人の兄ちゃんがな、大金を稼ぐにはどうすればいいですかって聞いてきたもんだから、今度の戦争の兵に志願すればって勧めてやったらやる気になってたな。まだこの街にいるんじゃないか?」
「志願兵に? へえ」
大金稼ぎね。昨日までの俺みたいな目標を掲げてるんだな。その手法を俺は取れないが。
ヒルトンさんとそんな話をしていると、新しいお客さんが入ってきた。ヒルトンさんはその人たちを申し訳なさそうな表情で迎える。
「すまねえ、今日はもう閉店するだ。明日にはここも戦地になるかもしれないからよ、早く店仕舞いして避難しないといけねえんだ」
「うわー、そうか。それなら仕方ねえな。そうだ、戦争といえば、どうもこの国は大金を支払って優秀な兵士を二人雇ったらしいぞ」
「ほう、優秀な兵士か。どんな奴なんだ?」
「あまり詳しくは知らないが、剣術も魔法も使える男と、大剣を振り回す女らしいぞ」
大剣……カナリアのことだろう。どうやら無事に志願兵になれたらしい。しかし、大金が支払われるとは。ライクが
「剣術も魔法も使える男か……それが今さっき話してた兄ちゃんだったら面白いな」
「あはは、まさかそんなわけないじゃないですか」
「もしそうだとしたら、ヒルトンさんはヘストイアに英雄を派遣した人になりますね」
「おっ! だとしたらオレも国から紹介料として報酬貰わないとな!」
そう言って、俺たちは笑い合った。
* * * * *
「え、マジ?」
城門前広場で、志願兵含む兵士たちが集まり、街の人たちから激励を受けるイベントがあると聞き、俺たちもカナリアを応援しに行こうとウィルに言われ、俺たちはその会場へと来ていた。
「いいかお前たち。愚かにもモストンの軍が我々を目指して進行している。ここに、女王陛下のお言葉を預かってきた……正義は我々にあり! モストンの野郎どもを返り討ちにしてくれる! 気張れ! 全力を賭して、この国を、女王陛下をお守りするのだ!」
兵士たちの前に立ち、彼らの士気を上げるような言葉をかけている男は、おそらくヘストイアの軍のお偉いさんだろう。そんなヘストイア側のトップの隣に立っていたのが、先ほどまで俺たちと一緒にいたカナリアと……俺のよく知る幼馴染、この世界の勇者、ライクだった。
え、なんで
これ、モストンの敗戦が決定しました。どうしよう。
* * * * *
完全にヘストイアを立ち去るわけにはいかなくなったため、俺たちは今晩もヘストイアに泊まることになった。
しかし、どこの宿屋も明日に備えて避難するため休業で、なかなか泊まるところを見つけることができなかった。唯一、何もサービスはできないけど、場所だけなら提供してやると言ってくれた宿場を見つけ、俺たち以外誰もいない宿に泊まることができた。
明日はいよいよ開戦だ。色々考えないといけないが、まずは体を休めないといけない。俺がベッドに入ると、すぐにウィルもベッドに入ってきて、そのままキスしてきた。
「リオンさん……お約束、覚えてくれていますか?」
「あ、当たり前だろ、うん」
「よかったです。……リオンさん、私、リオンさんが欲しいです。リオンさんの愛を、私にください」
結局、休まらない夜の時間を過ごすことになりました。でも、俺も嬉しいからOKです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます